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第33話 ―ポキッキーが食べたい/後編―



 うーん。

 この世界に来てから自分でお菓子を買っていないから気づかなかったけど、この国ってお菓子が高価なのか……。


「ちなみに……この前、このお店で買ってきてくれたクリームを挟んだお菓子、あれっていくら?」

「一個銀貨二枚です」


 マカロンみたいなお菓子は二〇〇円。

 高くない。

 元の世界の有名パティスリーと同じくらい美味しかったし、結構大きめだったから安いくらいだ。


「昨日のケーキは?」

「一切れ銀貨三枚と銅貨五〇枚ですね」


 ブドウのショートケーキ風が三五〇円。

 これも高くないし、味や凝ったデコレーションを考えると安いくらいだと思う。


「この国の子どもの毎日のお菓子って……?」

「お店で売っている一袋銀貨一枚程度のクッキーやジャムサンドビスケット、キャンディ、ナッツやドライフルーツなんかが多いと思います。大人も気軽な間食に食べますよ」


 一〇〇円の袋菓子。

 そういうのもあるんだよね?

 それなのに……


「……ポキッキー、高くない?」


 二〇本で五〇〇〇円……一本二五〇円。

 一本の値段で、元の世界なら一箱余裕で買えるよ?

 作ってくれたものの値段にケチを付けたくないけど……他のお菓子と比べて高くない?

 疑問しかなくて二本目に手を伸ばせないでいると、アーシャとナダールが少し残念そうな笑顔で口を開いた。


「チョコレートを使用していますから……他のお菓子と比べるとどうしても高価になってしまいますね~」 

「これでも安価な方です。プレッツェルのお陰でチョコレートの量が減っているので」

「チョコ……? チョコがすごく高価なの?」

「はい。時々お出ししているチョコレートは一粒銀貨六枚~七枚程度です」


 一粒六〇〇円~七〇〇円……高価ではあるけど、元の世界でも高級チョコレート専門店なら見かけた値段だし、一粒一〇〇〇円だってあったと思う。

 だから驚くほど高価ではないけど……。


「……もっと安いチョコってないの? 味が落ちてもいいから」

「安いチョコ……」


 アーシャが首を捻りながらナダールをチラっと見るけど、ナダールも首を横に振るだけだ。

 元の世界なら、特別な高級チョコレートと、気軽に食べられる安価な大量生産チョコレートがあったけど……?


「チョコの原材料がこの国では取れないんです。なので、どうしても高価になってしまって……」

「高価だったら尚更、薄めるって言い方にすると感じ悪いけど……そういうの無いの?」


 元の世界の大量生産チョコも、色々入れて伸ばしているのあるよね?

 違う? あれ?

 ……カカオ豆からできてるのは解っているけど……詳しい作り方ってどうするんだっけ?


「貴重なチョコレートなので、チョコレートの風味を損なうような混ぜ物は……実際、そういう商品も出たことがありますが、すぐに消えていきました」

「チョコはチョコでしっかり味わいたいですよね~。でも、こちらのポキッキーはいいですね! チョコはチョコで濃厚なままかさ増やしって感じで。きっと人気が出ると思います!」

「そっか……」


 チョコ自体が高価なんだったらどうしようもないよね……。

 割引してもらって一箱四〇〇〇円……。

 うーん……。

 とりあえずもう一本


――ポキッ


 うん。

 美味しい。

 濃厚なチョコレートも風味豊かな生地も美味しい。

 すごく美味しい。

 美味しすぎる……高級な味すぎる。


「あ、二人もどんどん食べて」

「やった! では遠慮なくいただきます!」

「私ももう少し……」


 美味しくて気軽にリズムよく食べられるポキッキー風のお菓子は、三人で食べると二〇本なんてあっと言う間で、食べ終わるまでの時間に今後買うか買わないかの答えは出なかった。



      *



 ポキッキーを作ってもらってから約一ケ月。


「ミヤコ様。こちら、ハイリミヒさんからお礼とのことです」

「え……? 買ってないのにこんなにもらえないよ」


 アーシャが今日のおやつのケーキと共に、ポキッキー……この国ではチョコプレッツェルとして売り出されたお菓子の箱を五つも積んだ。

 結局あの後、「折角作ってもらったしすごく美味しいけど、そんなに高価だと思うと気兼ねなく食べられないから……試作品代は払うし、商品化は任せるけど、私は当分遠慮するよ」と伝えて、ポキッキーは買っていなかった。


「それを言うなら、ハイリミヒさんも『とても売れているのにお礼をしないわけにはいきません!』ですよ」

「……売れてるんだ?」

「はい。大人気です」

「高いのに?」


 私が買わないけど、商品化されたのも、二〇本入り銀貨五〇枚という予定通りの値段になったことも聞いている。

 改めて考えても高いよね?

 この国の人だって、普段はもっと安いお菓子を食べているのに。


「高価と言えば高価ですが……庶民からすれば、チョコレートだけを買うよりも、量で考えれば安価ですから。四本で銀貨一〇枚の少量パックも出て、これが大ヒットらしいですよ」


 一粒六〇〇円のチョコレートに比べれば、安価か……。


「私も噂は聞いています。庶民のちょっとした贅沢やホームパーティーで大人気だと。今までチョコレートをあまり口にしなかった人たちにも売れているそうですね」

「この軽い食感と濃厚だけど食べやすい味が手に取りやすいんですよね!」

「そう……まぁ、喜んでもらえているならよかった」


 折角試行錯誤して作ってもらったのに私が買わなくて申し訳なかったから、お菓子屋さんにメリットがあったなら良かった。

 ……私はやっぱり買う気にならないけど。


「それと、ハイリミヒさんが言うには王族など上流階級のお茶会でも人気だそうです」

「王族の?」


 高価ではあっても、王族が食べるには安っぽくない?

 ここの王族、めちゃくちゃお金持ちらしいし。


「チョコレートだと指が汚れますが、これなら指が汚れないので、エレガントに振る舞えると喜ばれているみたいですよ~」


 あぁ、そうか。

 それはポキッキーの理点だよね。


「そういえば、劇団のメンバーにも人気ですよ。本番前にメイクをした後でも手が汚れないし口を大きく開けなくてもいいから食べやすいと。それに、救世主様直伝異世界菓子ということでも話題ですね」

「そうそう! サルヴァトーレ様のこともあって、異世界の方が美味しい物が多いというイメージ、ありますもんね~」

「真似する店も出てきそうですが……菓子屋最大手のエンリコ・ヘンリー・ハイリミヒが最初に作ってしまっては、他店は無理でしょうね」

「あ、このお店って最大手なんだ? 一番美味しいってこと?」


 美味しいなと思っていたけど……そんなところに作ってもらっていたなんて、申し訳ないような……よく売れているなら正解だったような……。


「はい! 一番美味しいです! 得意分野が異なる三人のパティシエが集まってできたお店なので、あらゆるお菓子が専門店レベルに美味しいし、お菓子のジャンルの垣根を越えて独創的なお菓子を生み出せるのも強みなんです」

「それに、工場の規模も店舗の数も一番ですよね。だからこちらのチョコプレッツェルも大量生産でコストを下げ……ミヤコ様は驚かれてましたが、これでも他店で作るよりはずっと安価だと思います」 


 これでも安価、か……このお店の他のお菓子は安く感じるしそうなんだろうな。


「それにしても、ものすごく売れていますね。工場フル稼働なのではないですか?」

「えぇ、スタッフの方も毎日遅くまで頑張っているみたいで、嬉しい悲鳴だとおっしゃっていました」

「え、そんなに売れてるの?」


 人気なら良かったとは思うけど、ナダールの目から見ても解るほど売れてるの?

 ……あ、そういえば。

 商工ギルドの新聞でヒット商品の動向がみれるって言ってたっけ?


「えっと、ギルドの新聞では確かこの一ヶ月で二〇本入りが三十万箱、四本入りは五〇万箱売れたと」

「合計八〇万箱!? それって大ヒットなんじゃないの? 今もどんどん作ってるんだよね? 本より売れるんじゃ……!」


 手作りのケーキ屋さんみたいなものだと思っていたのに……!

 想像以上の大量生産だ。


「お菓子は同じ人が何度も買う場合がありますので……定番の安価な菓子も、毎月これくらい売れるものもありますよ」


 それにしても……いや、でも、元の世界のポキッキーが一ヶ月に何箱売れてたか知らないからなぁ……。

 お菓子ってそんなに売れるんだ……。

 なんか、元の世界のお菓子を紹介しまくって国民の方々に食べてもらって、それで帰る方が早そう……?

 

「確かに本よりも多くの国民が触れる機会があるとは思いますが、本のように深い感動はな……あ! でも、食べた瞬間の幸福度って大きいですね~」

「……」


 サルヴァトーレさんだって食べ物に関することで元の世界に帰ったんだし……。


「……とりあえず、これは仕上げないとね」


 もやもやするものを抱えながらも、描きかけの原稿に向かった。



 折角五箱ももらったポッキー風のお菓子は、やっぱりビビってしまって一週間に一箱くらいしか食べる気にならなかった。


読んで頂きありがとうございます!

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