第32話 ―ポキッキーが食べたい/前編―
ラヅさんたちの舞台を観たあと、やる気が出てシナリオや原稿に意欲的に取り組めるようになった。
どちらも〆切が決まっているわけではないけど、一冊目が話題の内に早く進めた方がいいし……何より……
イケメンキラキラ舞台で上がりきったこのテンションのまま!
このやる気を大事に!
勢いに乗って描き上げてしまいたい!!!
そういうわけで、ここ数日睡眠時間だけはしっかり確保して、朝から晩まで机に向かっていた。
*
「はぁ~……ポキッキーが食べたい」
「ポキッキー……ですか?」
夕食も済んで、そろそろアーシャが帰る時間。
この後も私は作業を続ける予定なので、アーシャの入れてくれたお茶のポットと……この横にお菓子があればな、と。
ついつい元の世界で食べ慣れていたお菓子の商品名を呟いてしまった。
「うん。元の世界で原稿中によく食べていたお菓子があって……ケーキや水菓子みたいなものじゃなくて、もっと気軽につまめるお菓子なんだけどね」
「お菓子! どんなお菓子なんですか? 異世界のお菓子、気になります!」
アーシャの言葉に、隣の机で書類を整理していたナダールも興味深そうに顔を上げる。
お茶の時間に出されるお菓子は、アーシャが買ってくることもあれば、ナダールが用意することもあり、二人とも私と一緒に美味しそうに食べているからそれなりにお菓子が好きみたいだ。
「えっと……すごく細い……このペンよりも細い、プレッツェルって通じる? クッキーのようなビスケットのような、シンプルな焼き菓子なんだけど」
「プレッツェル……パン屋さんで売られていますがもっと太いものです」
「多分それかな? 違うかもしれないけど。とにかく細長い棒状の焼き菓子にチョコレートをコーティングしてあるお菓子。絵に描くと……大きさもこんな感じで、持ち手のここにはチョコがかかってないからチョコで手が汚れなくて持ちやすいんだ」
手元の紙に、実寸大でポキッキーの絵を描いてみる。
原稿中、週に二箱、多い時は七箱食べていたから、かなり正確に描けている気がする。
……まぁ、めちゃくちゃシンプルな棒状のお菓子だから上手い下手はあまりないだろうけど。
「焼き菓子にチョコレートですか……この国ではあまり見かけないですね~」
「そうですね。チョコレートはチョコレートだけで味わうのが一般的です。しかし、手が汚れないというのはとてもいいですね」
二人とも興味深そうに私が描いたポキッキーの絵を覗き込む。
そうなんだよね。
お茶の時間や、アーシャの実家のお店で出されるお菓子、スーイさんが差し入れにくれるお菓子、ラヅさんがデザートに出してくれたお菓子……どれも私の口に合うお菓子ではあったけど、「お菓子」というよりは「スイーツ」とか「デザート」って感じの手の込んだ豪華なお菓子が多かった。
見た目も美しい、クリームやスポンジやフルーツが何層にもなったケーキ。
色とりどりのマカロン風のクリームサンド。
デパ地下で売っていそうな濃厚チョコレート。
バターがたっぷり使われているサクサクのアップルパイやカスタードパイ。
マドレーヌのような焼き菓子はだいたいフルーツやナッツが入っているか、フルーツソースを塗ってあって……一回プレーンが食べたいって我儘言ってアーシャの知り合いのお菓子屋さんに作ってもらったんだよね。美味しかったな~。
あと、お城の食事のデザートに出てくるフルーツゼリーやパンナコッタも美味しいし……たまに出てくるライスプディングには慣れないけど。
少し文化の違いは感じるものの、基本的にどのお菓子もとても美味しい。
美味しいんだけど……救世主だから良い物を出してくれているんだろうけど……贅沢なことをいって申し訳ないんだけど……。
豪華すぎる。
もっと作業中に気張らず、気軽に、ぽいぽいっと口に入れたい。
元の世界のコンビニに置いている二〇〇円も出せば買えるような……そこそこ美味しくて数が入っていて、ちょこちょこ食べられて手が汚れなくて小出しにできて……そんなお菓子が……できれば食感が良くて疲労に効くチョコレートのお菓子が……
つまり、ポキッキーを食べながら作業がしたい!
「ミヤコ様、知り合いのお菓子屋さんに相談してみましょうか?」
「うーん……作ってもらえたら嬉しいけど……ご迷惑じゃない?」
以前も我儘は聞いてもらったけど、今回は入れてるものを抜くのとは違う、一から作ることになるお菓子だから……かなりの手間だよね?
「お菓子屋さんも、異世界のお菓子を知れるのは嬉しいと思いますよ。それに、もし売れそうなら商品化しても良いって言えば大喜びだと」
「商品化、か……」
ポキッキーという名前は商標登録されてそうだけど……プレッツェルにチョコをかけたお菓子って他にもある気がするから大丈夫……かな?
異世界なんだから元の世界の法の外ではあるけど……。
いいよね?
詳しいレシピなんて元々知らないから、全く同じ味になるわけはないし……。
食べたくて仕方が無いし。
「……詳しいレシピは解らないけど、いいかな?」
「はい! その代わり、全く同じものにならないかもしれませんが……」
「大丈夫。じゃあ、私が覚えている限りの味とか硬さとか、ここに書き込むね。それと、ポキッキーは商品名になるから……チョコプレッツェルみたいな呼び方で」
「わかりました!」
あの味と全く同じものが食べたいというよりは、あんな感じで気軽に食べたいって言うのが一番だから、味にはあまり期待せずに……焼き菓子にチョコがかかっていれば不味くはならないだろうし。
原稿のお供に気軽に食べられたらなんでもいいや。
そんな気持ちでアーシャにポキッキーの絵に味などのメモを付けた紙を渡した。
*
ポキッキーの話をしてから五日後。
「ミヤコ様、先日お話されていたチョコプレッツェル。お菓子屋さんが届けてくれました!」
お茶の時間にアーシャが取り出したのは、よく買って来てくれるお菓子屋さん「エンリコ・ヘンリー・ハイリミヒ」のロゴが入った箱。
普段チョコレートが入っている平らな箱で、元の世界でポキッキーが入っている箱よりも薄くて大きい。
「色々な生地や色々なチョコレートで試して、まだ試作段階ですがこれが一番美味しいと思えたので……とのことです」
このお店、名前の通り三人の菓子職人が協力してお菓子を作っている、この国で一番店舗数が多いお菓子屋さんらしい。三人の中のハイリミヒさんがアーシャの友達のお兄さんで、気安く相談ができるとは聞いていたけど……こんなに早く色々試してくれたなんて。
「やっぱり手間かけさせちゃったね。しっかりお礼しておいてくれる?」
「はい! でも、ハイリミヒさんもやりがいがあったし自分では思いつかないお菓子をしれて嬉しいと言っていました!」
「それなら良かった。じゃあ、早速いただこうか」
机からソファに移動して、向かいにはアーシャとナダールも腰掛ける。
お茶もアーシャが用意してくれて……いよいよだ。
「では、開けます」
「おー!」
アーシャが蓋を取ると、箱の中には見た目だけなら元の世界のポキッキーにかなり近いお菓子が入っていた。
「クッキー生地やビスケット生地は絵の細さに合わせるとあまりに折れやすく、ミヤコ様のおっしゃるようにプレッツェルの生地を調整して使用しているそうです」
「じゃあ、まさにチョコプレッツェルだね。でも……」
お菓子の見た目は確かに近い。
でも……
「過剰包装過ぎない?」
「そうですか? チョコレート菓子ならこれくらいは当然かと思いますが」
一本ずつ蝋引きの紙に挟まれているというか、仕切られていると言うか……がさっとまとめて入れちゃえばいいのに。
今は冬の初めくらいの気温だから、チョコが溶けるようリスクは低そうだし。
「とりあえず、一本いただいてみるね?」
「はい、どうぞ!」
仕切りをかき分けながら一本手に取ってみる。
持った感じ、やや生地が太いかな?
チョコの厚さも。
ただ、期間限定やデパート用とかで太めのポキッキーもあったから、そんなに違和感はない。
あとは、手作りだからか、真っすぐではあるけど少しだけ歪んでいるところもあるけど、これもそんなに気にならないかな。
持ちやすい。
気軽に食べやすそう。
あとは味……
「いただきます」
――ポキッ!
お!
この食感!
サクじゃなくて、ポキって折れる感じ! この小気味いい食感はかなりポキッキー!
そしてチョコの風味が口に広がって、でもチョコの甘さがくどくならないように生地が抑えてくれて……生地の風味、香ばしさ、チョコの濃厚な甘さ、コク……美味しい……すごく美味しい。
「美味しい……」
「よかった! 私たちもお味見させて頂いていいですか?」
「うん、いいよ。どんどん食べて」
「では、遠慮なくいただきまーす!」
「いただきます」
興味深そうに眺めていたアーシャとナダールもすぐに手を伸ばし、ポキッキーを一口食べる。
――ポキッ
――ポキッ
「ん、美味しいですね! 食感が楽しいです」
「チョコレートは濃厚であれば濃厚なほど良いと思っていましたが……このような生地と組み合わせる方がくどさが抑えられ、食べやすくなりますね。とても美味しいです」
二人ともかなり気に入ったようで表情が明るい。
うん。美味しいよね。
実際チョコ菓子を食べ慣れている私でも、かなり美味しく感じる。
元の世界のコンビニ菓子よりかなり美味しい……久しぶりに食べるからかな……?
いや、これは多分……
「すごく美味しいけど、かなりいい材料使ってくれてるよね? チョコも、時々食べさせてもらう美味しいチョコの味だし、生地の部分も良いバター使ってるなって感じがする」
工場で大量生産するものと違って、お菓子屋さんが手作業で作ってくれるからなんだろうけど……正直、もっと安価な材料で良いのに。
「いえ、ミヤコ様が気兼ねなくたくさん食べたいとおっしゃっていたので、なるべく材料費は抑えるように伝えました。ただ、小麦粉もバターもこの国の特産なので元々質が良いというのはあります」
「お城の周辺は都会ですが、少し外れれば農地が多く、農業が盛んなんです。国王様が大地の神の末裔と言うこともあり、大地の恵みが豊かなので」
「あ……そっか。言われてみたら、毎日食べているパンや牛乳、野菜も美味しいよね」
素材の平均値が高いから、勝手に美味しくなってしまうのか。
すごいな。こんな美味しいデパ地下レベルの味がそこそこの材料費でできるなんて。
「ちなみにこれ、試作だからお高いと思うけど、今後定期的に買わせてもらうとおいくらかな?」
「えっと確か……」
アーシャが箱についていたらしいメモを広げる。
「この箱に二〇本入っているんですが、これで銀貨四〇枚ですね」
えーっと、銀貨一枚が一〇〇円の感覚だから……ん? 四〇〇〇円?
「あ、そ、そうか……細長い形って作りにくいよね? それに私のためだけに作ってもらうとなると大量生産しにくいし、手間賃かかるよね……」
それにしても四〇〇〇円か……漫画のお金も国からの生活費もあるけど……ちょっと贅沢過ぎるな……。
「あ、いえ、形は上手く型を作ったりチョコを浸す専用トレイのようなものを作ったりして手間ではないようです。すでに商品化する気になっていて……商品として店頭に並べる場合の価格が本来なら五〇枚のところをミヤコ様のみ四〇枚でどうですかという打診です。……ロイヤリティ料の代わりと言いたいようですね」
「大量生産で……一箱五〇枚?」
あれ?
そんなかかる?
大量生産と言っても、工場で作るのと手作業で違うから?
それにしても……?
パスタ一皿銀貨一〇枚なのに、ポキッキー一箱が銀貨五〇枚? 五倍?
……専門家が作ってくれた品物に「高すぎ!」という文句を言うのはとても失礼なことだってわかっているんだけど……。
高すぎる。
なんで?
読んで頂きありがとうございます!




