第30話
「た、っ、た、楽しかった……っ!」
ラヅさんたちの舞台の幕が下りた瞬間、隣に座るナダールの方を向いて、「楽しかった」の言葉では到底納まりきらない爆発的な感情を何とか無理やり一言に凝縮して伝えると、視線の先のナダールが満足そうに頷いた。
「異世界の方の感覚でも楽しいと思って頂けるなんて、ラヅたちも喜びます」
異世界の感覚でも、と言うか……この舞台、元の世界の感覚にめちゃくちゃ合っていたと思う。
元の世界の中でもかなり現代的な感覚と言うか……。
だってさぁ……なんか色々思う所があるんだけど……冷静に考えたいことがあるんだけど……けど……
「始まる前は、もっと退屈な舞台だと思っていたんだけど、すごく……すごく楽しかった! お話も単純で分かりやすいけど感動するところやスカっとするところがあって、アクションもかっこよくて、歌やダンスが楽しくて……楽しい! この世界の舞台、すごく!」
あまりにも楽しすぎて、頭の中は「楽しい」で埋め尽くされている。
もっとしっかりと考察して賢い感想を言いたいんだけど、興奮しきった頭では「楽しい」しか出てこない。
だって……楽しかった。
とにかく楽しかった。
こんな楽しいイケメンコンテンツ、久しぶり過ぎて、もう……楽しかった!!!!
「えぇ、そうでしょう。ラヅたちの舞台は客を楽しませることだけを考えて考えて考えて作っていますから」
「本当ですね~。ハンドマウンドの舞台は久しぶりに観ましたけど、やっぱり楽しいですね! 近代舞台の元祖って感じがします」
私たちの後ろに座っていたアーシャも、私ほど興奮してはいないけど楽しそうな笑顔を浮かべている。
まだアーシャの感想を詳しく理解できるほど頭は働いていないんだけど……近代舞台?
「近代? こういう舞台ってこの国のスタンダードじゃないの?」
「スタンダードですよ~。でも、スタンダードになったのはここ一〇年くらいでしょうか? 昔はもっと演出が地味で、音楽やダンスとお芝居は切り離されていて、退屈な舞台が多かったと聞いています」
「へ~……」
元の世界と比べても近代的な感覚だけど、この世界の中でもそうなのか。
でも、音楽とお芝居の融合は……オペラとか? 昔からあったはず。
似たような舞台に行きついていたとしても、成り立ちは違うんだ。
「えぇ、そうなんです! この舞台のように、キャラクターの個性を生かし、音楽やダンスと芝居が組み合わされた近代舞台はラヅたちが始めたもので、あまりにもエンターテイメントとして完成されていたため、他の劇団も追随したんです。ミヤコ様、よろしければ今から控室に行ってこの舞台の成り立ちやこだわりをラヅ本人から聞いてみませんか?」
ナダールも舞台の熱量に押されているのか普段よりテンションが高い。
この世界の舞台については、実際見てみるとめちゃくちゃ興味が湧いた。
本人による解説なんて最高の贅沢だと思う。
今後のためにも、そういう話は聞いておいた方が良いとも思う。
ラヅさんについても、一目見た時からカッコイイと思ってはいたけど、舞台を見て一層魅力的に思った。
だけど……いや、だからこそ……
「ナダール、とても嬉しい申し出だけど、この興奮のままラヅさんたちに会ったら私の心臓が持たないから遠慮しておく」
心臓が持たないか、鼻血を出して倒れるか、頭の方がパーンってなるか、何とか意識を保てたとしてもテンパっておかしなことしか口走れないか……絶対に時間がたってから後悔することにしかならないと目に見えている。
それともう一つ。
「それと……この興奮が冷めないうちに、早く帰ってシナリオや漫画が描きたい!」
私の言葉にナダールとアーシャが一瞬目を瞬かせた後、嬉しそうに深く頷いた。
「それは、早く帰った方がいいですね!」
*
「こちらが先ほど観た舞台の原作の絵本です」
馬車でお城に戻ってくる間に頭は結構冷静になってきていて、「どんな原作からあの舞台になったのか参考に知りたい」とナダールに提案すると、お城の自室に戻ってすぐ、ナダールが本棚から一冊の本を出してローテーブルに置いた。
「本当だ、『五本の剣』ってタイトル。でも……この表紙の人が主人公だよね? ラヅさんの演じていた役?」
ナダールの置いた絵本は、最初の頃に私が「定番人気の本や流行の本が知りたい」と言った時にアーシャが揃えてくれたものの中にあったようで、言われてみれば表紙は見覚えがある。
ただ、表紙の人物は美形ではあるもののラヅさんとはかけ離れた屈強なムキムキ。服装もラヅさんが着ていたようなスマートでキラキラな丈の長いスーツではなくて、もっと武骨な鎧を身に着けていて、この表紙と今日のラヅさんが全然結びつかなかった。
「大筋のストーリーは同じですが、キャラクターの解釈を現代的に改変しています。特に原作中でカッコイイと形容される勇者の外見は、一五〇年以上前……つまり戦時中の価値観でいうカッコイイ男なので、現代の美醜とは感覚が異なります」
「戦時中は、強そうなムキムキ男性がモテモテだったらしいんですが、現代では女性と同じくエルフ系のシュっとした男子がモテますね~」
なるほど。
時代によって価値観とか美醜の感覚も変わるよね。
私のいた国だって、現代と一五〇年前なら美形の定義はかなり異なると思う。
「それと、原作の中では一の剣の勇者も、二の剣の勇者も、三の剣、四の剣、五の剣の勇者も、全て同じような外見で同じように心優しく勇敢であるという描かれ方ですが、似たようなキャラクター五人では観ている方も退屈だし、役者も個性を出せませんよね? そこでラヅが、キャラクターに個性を付け加えたんです」
「へー……うん。本当だ。絵本だとみんな似たようなキャラクターで、並ばれると髪型と剣の形の違いでしか見分けがつかないね」
「服装も、全員が同じ鎧なので、舞台だと地味になります。そこで、キャラクターに合わせて色を設定し、華やかにしています」
「あ、呼び名も? 原作では『一の剣の勇者』としか言われていないけど、舞台ではホワイトとかレッドとか色名で呼んでいたよね?」
「そうです。原作のままだと堅苦しいですし、無個性な感じがするので。名前や解りやすい性格があると、人間味が出て観客に愛されるキャラクターになります。……幅広い観客の好みにも対応できますし」
あ、確かに!
ラヅさんが最高にイケメンで集客力が高いとは思うけど、人の好みって色々あるもんね?
似たようなタイプの役者さんだとそのタイプが好きな人しか集まらないだろうし、役者さん同士でファンの取り合いにもなりそう。
でも、今日の舞台だとラヅさん以外の四人はクール系、爽やか系、男らしい系、かわいい系……これだけ網羅すればかなり幅広い客層を取り込める!
「そして、それぞれのキャラクターの個性が出る曲とダンスを間に挟めば、観客も飽きませんし、演じている役者の特技や魅力が活かせるので劇団自体にファンが付きやすくなります。ダンスが得意な役者もいれば、歌が得意な役者もいますので」
そう。そうだった。
キャラクターによってエレガントなダンスだったり、ノリノリの歌だったり、アクロバットみたいなものや楽器の演奏もあった。
それぞれの役者の個性……それぞれのイケメンのかっこよさを際立たせる演出だったな。
「歌や踊りと舞台を組み合わせたのも、ラヅさんなんだっけ?」
「はい、そうです。元々この国の舞台は、原作の絵本をより分かりやすく臨場感が出るように人間が演じるというのが主で、とくに音楽などもつかず、ただただ原作通りのストーリーと台詞で演技をしていくと言うものがほとんどでした。今も多少は劇団が残っていますが……公演数は少ないですね」
「そうですよね~。私の姉なんかは絵本マニアなので『絵本の世界を舞台で完全に再現できるわけがないんだから、原作通りにやるって言うなら原作を読むわ』というタイプで、旧制舞台は絶対に観に行かないですね」
あ、旧制舞台として昔ながらの舞台もまだ残ってはいるんだ。
それにしても、ナリーヒャさん痛いとこつくよね。
私の漫画がアニメ化した時思い出すな~。
ストーリーや絵柄はかなり原作に忠実だったけど、アニメらしいオシャレな演出を多用してくれたおかげで好評だったんだよね。話よりも絵が話題の私の漫画に合わせて、絵がより良い感じに見えるように音楽とか止め絵とかグラフィックとか……漫画ではできない、アニメに合った演出をしてくれていた。
元々ストーリーより絵や画面の演出が上手い「オシャレ漫画」って言われていたけど、その地位を確実にしてくれたのはアニメ化だったと思う。
私は自分の漫画が舞台化したことは無いけど、舞台でもそうだよね。
同じ話でも本に合った演出、舞台に合った演出は違う。
ラヅさんがやっているのってそういうことだよね?
……かなりの大幅改変だけど。
「なんか、話を聞けば聞くほどラヅさんってすごくない? 演技も歌もダンスもできて、舞台のプロデュースもできちゃうの? いくら長生きしているっていっても、すごすぎない?」
自分がイケメンで自分の魅力を魅せるのが上手い人だとは感じていたけど……それだけじゃないよね?
長年の経験? でも、経験だけで新しいことはできないだろうし……?
「歌やダンスと同じで、舞台のノウハウを必死に勉強したらしいですよ」
「え、でも……この形の舞台をやり始めたのはラヅさんなんだよね? 勉強って……?」
どこでするの?
あ、サルヴァトーレさんに教えてもらったとか?
五〇年前のイタリアから来た人だから……その頃ってすでに音楽でも舞台でも映画でも現代の私が見ても面白いような作品がたくさんあったはず。
その話を聞いて、色々勉強……いや、でも……うーん。
それにしてはもうちょっと現代的な感性だよね……。
「この国では近代舞台と呼んでいますが、他の国ではもう少し前から上演されていた形式なんです。確かサルヴァトーレ様が元の世界に帰られてすぐと言っていたので……今から二〇年ほど前でしょうか。ラヅが外国に五年ほど舞台の勉強に行き、そこでノウハウを学んできたのだと聞いています」
「そうか、ラヅさん半分エルフだもんね。エルフの国?」
エルフって見た目がいいから、美しさを魅せるのは上手そう。なるほど。
……と、勝手に納得していたのに、ナダールが首を横に振る。
「いえ、エルフの国ではありません」
この世界で私が知っている国なんて、この国とエルフの国とドワーフの国と、あともう一つしかない。
エルフの国じゃないとしたら残りは二択だけど……?
「ラヅが舞台の勉強に行っていたのは……魔族の国です」
魔族……?
魔族がこのキラキラ舞台の原点……?
魔族ってあれだよね? ゴブリンとか……オークとか……オーガーとかがキラキラ舞台を……?
…………………………?
申し訳ないけど、私の中の乏しい「魔族」のイメージでは、全く想像がつかなかった。
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