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第28話

【第28話】




 先代の救世主、サルヴァトーレさんの話を聞いてから、あんなにやる気だった漫画制作も、舞台用のシナリオも、気持ちが乗らない。

 だってさ~……

 私にサルヴァトーレさんほどの情熱は無いし、サルヴァトーレさんほど大きなことができるとも思えない。


「漫画を描くのもイケメンも恋愛コンテンツも好きだけど……」


 私の「好き」って好きなだけというか……それで人を幸せにしたいとか幸せになって欲しいとか、そんな高尚な気持ちじゃない。

 大好きだけど……。


「うーん……もっと読んでもらえるように? この世界の人が喜ぶように?? この世界の役に立つように???」


 でもそれってどんな漫画?

 机の上の真っ白な紙を眺めて、今日何度目ともわからないため息をついていると、流石に心配してくれたのか、ナダールが自分用の事務机から立ち上がった。


「ミヤコ様、もしよろしければ気分転換をしませんか?」


 気分転換、ねぇ……。

 元の世界でも煮詰まった時、スランプの時は気分転換をしていたけど、あんまりしたいことも思いつかないんだよね。

 だって大好きな恋愛ドラマも恋愛リアリティーショーもこの世界には無い。

 美味しい物を食べるとか可愛い服を買いに行くとか?

 ……悪くはないけど、一緒に食べに行くアイドルオタク仲間も、可愛い服を着ていくアイドルのコンサートもないから……美味しい物と可愛い物は好きだけど……楽しみが半減と言うか……楽しいとは思うけど。


「昨日からラヅが主演の舞台が国立劇場で始まっていて……初日、二日目の席は取れませんでしたが、明日なら席が確保できます。いかがでしょう?」

「舞台か……」

「シナリオの原案を書いて頂くにしても、この世界の舞台を知って頂いていた方がいいでしょうし、私が言うのもなんですがラヅの劇団の舞台はなかなか楽しいですよ」


 ナダールの言う通り、舞台がどれくらいの規模で上映時間がどれくらいかもよくわかっていないし、ノリというか雰囲気? そういうのも知っておくべきだよね。

 ラヅさんの演劇への情熱とか、国立劇場っていう公的な場所での公演とか……ちょっと堅そうで真面目そうで、楽しめるかは心配ではあるけど。

 まぁ、ラヅさんは元の世界で大ファンのアイドルに似たイケメンだから目の保養にはなるし。


「それもそうだよね……うん。ぜひ」

「では、明日の昼の回で席をとります」

「よろしく。観劇って何かマナーとか必要なものとかある?」

「そうですね……場内では演出に魔法を使うので、魔法の発動や魔法器具の持ち込みは不可、ミヤコ様にかかっている翻訳魔法のようにすでに発動されている魔法は大丈夫です」

「なるほど」


 携帯電話、スマートフォンの使用はNGみたいなものか。

 これはこの世界ならではだよね。

 私には関係なさそうだけど。


「あとは、舞台に物を投げる行為は禁止されています。俳優に渡したいものがあれば、受付で渡せます。それと、演者への声掛けはできますが、客同士でのおしゃべりはマナー違反です」

「うんうん。元の世界もそういうルールだった」

 

 これはわかる。

 私だって観劇経験は多い。

 ただ、私が行ったことのある舞台は、イケメン俳優がイケメンであることを盛大に生かして楽しい気分にさせてくれるアイドル寄りの舞台や、漫画家という立場のお陰で各所からチケットをもらいやすい「2.5次元」と呼ばれているような漫画原作の華やかな舞台。

 あんまり真面目……何が真面目かっていうと答えにくいけど、オペラとか歌舞伎とか昔ながらの真面目っぽい舞台は行ったことがない。

 だから、観劇自体は慣れているけどちょっと緊張する。

 細かいマナーとかルールとか聞いておけたら安心なんだけど……


「他はあまり思いつきませんが……演者や周囲の人の迷惑になるようなことをしなければ大丈夫かと思います」


 意外とふわっとしているんだな~。

 あまり騒いだり変なことしたりする人がいないってこと?

 異世界から来ているんだから、なんとなくその場の雰囲気で合わせるって難しいんだけど……。


「当日、私が変なことしていたらすぐに注意してね?」

「はい。それと、念のため、周囲と区切られているバルコニー席を抑えるようにします」


 バルコニーか。

 そういうのがあるってヨーロッパのなんとか座みたいな荘厳な劇場っぽいよね?

 楽しみではあるけど、堅苦しい舞台だったら途中で寝ないか心配かも……。



   * 



 翌日の昼過ぎ、いつもの出版社からほど近い場所で馬車を降り、大きな石造りの建物を見上げる。


「こちらがハンシェント王国国立劇場です」

「へ~! 立派な劇場……!」

 

 この辺りのビルよりもお城に似た雰囲気で、豪華な装飾や彫刻がたくさんだし、入り口までの幅が広くて長い階段にも、所々に銅像のようなものが置かれていて……いかにも文化施設って感じがする。


「入り口の係員にこちらのチケットを一人一枚渡します。半分は回収され、残り半分は戻ってきますのでしっかりお持ちください」


 入場の仕組みは元の世界とほぼ同じだ。

 そして、手配してもらったチケットで足を踏み入れた劇場内部も、普通に立派。普通に劇場。劇場らしい劇場だった。

 予想通り、ヨーロッパの有名ななんとか座みたいな豪華で大きくて、舞台が見やすく音の反響が良い、なかなかしっかしたつくり。客席は……二〇〇〇~二五〇〇ってとこかな。


「二階席はこちらの螺旋階段で半券を見せて上がります」


 手元のチケットの半券は、劇団名らしい「ハンドマウンド」というロゴと演目名の文字、席番号の数字だけのシンプルな紙きれだし、入場の時に渡されたパンフレットはペラ紙一枚であまりテンションが上がらないけど……用意された二階正面のバルコニー席に座ると、近い位置のシャンデリアや緞帳の降りた大きな舞台、開演前のざわめきが聞こえる客席がよく見えて……なかなかの高揚感だった。

 内容は解らないけど、この「現場感」、いいな……うん。楽しくなってきた!

 この椅子も椅子っていうかソファみたいだし、ミニテーブルがあるのは特別席だから?

 VIP気分だよね!

 あたりを見渡していると、付き添いのナダールが少し自慢げに口を開く。


「こちらの特別席だけでなく、一般席も広さや席の間隔が異なるだけで同じような豪華な造りです。この劇場は、国内で一番歴史があり、設備も整っているんです」

「確かに、装飾とか豪華だし、広いし……良い劇場だと思う」

「王家が建てた劇場で、こちらの使用許可が出ると言うだけでもすごいことなんです。現在劇団では三つ、楽団は四つしか公演許可が出ていません」

「つまりラヅさんの劇団って……この国のトップスリーってこと?」

「何をもってトップというか難しい所ではありますが、動員数や売り上げで言えばトップスリーに必ず入ります」

「本当に、人気なんだね……」


 客席もどんどん埋まるし、この日のチケットは完売らしい。

 そして埋まっていく客席につくのは……


「お客さん、確かに中間層が多いのかな。オシャレした大人の女性がメイン?」

「そうですね。ラヅを筆頭にこの劇団は女性に人気がある俳優が多数所属しています。そして、チケットが安くはないので、若者よりはしっかり稼ぎのある年代が多くなります」

「……チケットってちなみにいくら?」


 今日はラヅさんが無料で融通してくれたから値段を聞くのは野暮だけど、どれくらいのお金を払って観る舞台かは知っておきたい。


「このバルコニー席は特別席なので金貨三枚。一階席は列によりますが金貨一~二枚ほどです。こちらの劇場を使用して一日に二回上演する場合はどこの劇団もだいたいこの値段です」


 元の世界より少し高い様な同じくらいのような……?

 なんとなく来ている人の格好もオシャレで品が良いと言うか……いや、でもこれは解らないな。

 富裕層だから着飾っているのか、舞台だから着飾っているのか。

 出版社の社長さんも、「次にラヅ様が来られる日は必ず事前に教えてください。美容院に行って服も新調します」とか言っていたし。どこの世界でも推しを観に行くときはオシャレするものだと思う。


「そろそろ上演時間ですね。先日もお伝えしましたが、上演中に会話をすることはマナー違反ですが、この席なら小声で少し話すくらいは大丈夫だと思います。些細な疑問などはメモを取って頂ければ後程回答させて頂きますし、あとは……」


 ナダールが何か言い忘れは無いかと考えている様子に、今日は私たちの後ろについて大人しくしているアーシャが口を開く。


「演者に声をかけたり拍手をしたりするタイミングがありますよね? あらかじめお伝えするのは難しいと思うので……私やナダールさんがやっていたら真似をしてください。絶対にしないといけないわけではありませんが」

「そういうのもあるんだ。うん。注意しておく」


 そんな会話をしていると、ふっと場内が暗くなり、若い男性の声が劇場内に響いた。


「まもなく、劇団ハンドマウンド定期公演、『五本の剣』を上演いたします。皆様、お早めにお席におつきください」


 私の好きな感じの舞台かは解らないけど、折角なんだから楽しまないとね。

 ……最悪たいくつだったらラヅさんの顔だけ一生懸命みて癒されよう。


「ただいまより、上演いたします。三、二、一」

 

 カウントダウンと共に、重厚なビロード風の緞帳がゆっくりと上がった。



読んで頂きありがとうございます!

続きは1週間程度で更新予定です。

読んで頂けると嬉しいです!!

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