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幕間 ー名付けの話ー

 ナダールの家に行った翌日。

 朝からスピンオフのシナリオを考えているような……考えていないような……一応机に向かっているだけで昼食の時間になった。


――コンコン


 扉に着いたノッカーの音が室内に響き、扉の外から女性の声が聞こえる。


「昼食をお持ちいたしました」

「はーい!」


 アーシャがドアを開けて、お城の給仕担当のメイドさんがワゴンで運んできてくれた昼食を受け取ると、銀色の大きな蓋がされていても微かにトマトの匂いが漂って来た。


「今日はトマト煮込みですね~」


 ワゴンからリビングのローテーブルへと並べられた昼食は、細かく切った根菜と大きな鶏肉のトマト煮込み、フォカッチャ風のパンと葉野菜と豆のサラダ、フルーツの盛り合わせも付いている。


「おいしそう! じゃあ早速……いただきます」


 ソファに移動した私がフォークを持ってから、ナダールとアーシャも同じテーブルにつき、ワゴンで一緒に運ばれてきた賄を食べ始める。

 最初のころの二人は、遠慮して後で食べたり別のテーブルで食べたりしていたけど、皆で食べる方が美味しいし、気を使って欲しくなくて、だんだんとこのスタイルになっていった。

 ちなみに、賄もメニューはほとんど同じで、ちょっと肉の形が不格好だったり、フルーツの種類が違ったりする。たまにメインが全然違う時もあるけど、基本は同じだ。


「ん、この国のトマト料理って美味しいよね」


 全体的に優しい味付けで普通に美味しいけど、トマト料理は特に美味しい。

 

「トマトはサルヴァトーレ様が一番こだわって品種改良したり丁寧にレシピを伝えたりしたとラヅから聞いています」

「やっぱりそうか~。イタリアの人だもんね。サルヴァトーレ様に感謝しないと」

「そうですね! 昨日のシローニャ……えっと、マルゲリータでしたっけ? あれもトマトの味が濃くて美味しかったですし」


 アーシャがラヅさんのピザを思い出しているのか、この料理ではならないようなうっとりとした表情を浮かべながらフォカッチャを噛みしめる。

 気持ちは解る。

 記憶の中の味を思い出すだけで……はぁ……美味しかったな……。


「美味しかったねマルゲリータ……。あれってこの国でも人気料理なんでしょう?」

「はい! サルヴァトーレの専門店なら必ずシローニャがあります」

「人気が出るのが早かったメニューだと聞いています。国中にすぐに広まったと」

「そっか~。急に流行るなんてシローニャさん本人はともかく、同じ名前の人はみんな吃驚しただろうね」


 サルヴァトーレさんが素敵な女性の名前をどんどん料理につけていったってきいたけど、事情を知らない人はきっと驚くよね。

 シローニャがどれくらい一般的な名前かは知らないけど、なんとなくそんなことを口にすると……あれ? 二人がフォークを持つ手を止めて不思議そうに首を傾げている。

 ……説明下手だったかな?


「同じ名前……?」

「えっと、 ほら、サルヴァトーレさんが出会ったシローニャさん以外のシローニャさんは、急に自分の名前の料理が広まったらビックリしそうだなって」


 私の言葉にまだ二人が返事を考えているようで……うーん。何かこの世界の常識と違うんだな?

 どの部分だろう?

 私も悩んでいると、アーシャが何かに気づいたように声を上げた。


「……あ、ミヤコ様! もしかしてミヤコ様の世界では、同じ名前を付けて良いんですか?」


 同じ名前……?

 そこか!


「……あ! この国、同じ名の人っていないの!?」

「はい。すでに同じ名前の人がいると、出生届を受け付けてもらえません」

「そっか。そうなんだ……全員違う名前なんだ」


 納得した。

 納得したけど……確か人口は約一億人でしょ?

 一億種類も名前、あるの?


「ファミリーネームは同じこともありますが、ファーストネームは必ず違います。だって、同じ名前が複数人いると、個人が識別できなくて混乱しませんか?」


 アーシャが不思議そうに首を捻り、ナダールも想像がつかないのか少し驚いたように口を開いた。


「同じ名前がいるなんて不思議です。役所の書類や様々な本人確認など、どうするんですか? あ、ファミリーネームが違えば良いということでしょうか?」

「ううん。同姓同名って言って、ファミリーネームも同じ場合もあるよ。……いや、だって、住所や生年月日が違えば別人っていうか……最近はマイナンバーって国民に番号が付けられていたけど……いや、わかるでしょ?」

「では、同じ住所や同じ生年月日の場合は別の名前しか付けられないと言うことでしょうか?」

「そういうルールはないけど……」


 私の言葉に二人は納得できないようで、やはり不思議そうなまま首を傾げる。


「うーん……?」

「私からしたら、皆が付けたくなるような素敵な名前を、一人にしかつけられないのはかわいそうだなって思うけど?」

「人気の……名前?」


 あ、そうか。同じ名前を付けられない国なら、人気の名前なんて概念はないか。


「ほら、すごく良い意味の名前はみんな付けたくならない?」

「意味、ですか……?」


 あれ? 意外と名付けに関する文化が違う?


「幸せになって欲しいから、幸せって意味の名前とか、美人になって欲しいから美しいって意味や美しいお花の名前にするとか、健康になりますようにとか賢くなれますようにとか……私のいた国なら、親が子どもの将来を願って名前に意味を込めるんだけど」

「特に意味のある言葉は使いませんね」

「うーん……幸せや健康はともかく、美人とか賢くというのは……どんな子に育つか解らないのに名前に意味がついていると、そうじゃなかった時に気まずそうですよね」


 アーシャ、痛いとこつくなぁ……従兄弟の太士くん、ガリガリに細くて……別に体格をさしてつけられた名前ってことでもないはずだけど。あれはちょっと気まずい。


「じゃあ、この国ではどうやって名付けるの?」

「基本的には呼びやすい音の響きや、ファミリーネームと合わせた時のリズム感ですね」

「私の『アーシャ』と姉の『ナリーヒャ』は両親が生まれてきた私たちの顔を見て直感的に呼びかけた名前と聞いています」

「私の『ナダール』は生まれる前から決まっていたそうです。兄が『ミゲール』姉が『ハツール』なので、音を合わせたかったんだと思います」

「あ、多少は名前の流行ってありますよね? 昔は二文字や三文字の名前が多かったけど、その後は一〇文字くらいの長い名前が流行って、最近は長音の入った名前が多いとか」

「あぁ、そうですね。役所が名前で管理しだしたのが戦後少ししてからと聞いているので……先に生まれた人たちが呼びやすい二~三文字を付けていったというのもありますが」

「一度使われた名前って永遠に使えないの? その……縁起が悪いけど、亡くなったらもう使えるとか」


 永久欠番方式だと、時代が進むごとに長い名前になっていっちゃうよね……それはそれで管理が大変そう。


「亡くなった人の名前が使えるようになるのは……没後一〇年くらいでしたっけ?」

「正確な数字は忘れましたが、それくらいですね」

「あぁ、付けられるんだ」

「はい。そういえば最近では、先祖の名前を他の一族に付けられたくないから、没後に名前を予約する制度が検討されていますね」

「なるほどね~唯一無二の名前だと、他人に名乗られるのはちょっと嫌かもね」

「それができるようになれば、ウチの店の創業者さんの名前なんかはキープしたいんですが……現状、知らない人に使われちゃっているんです……っと、ごちそう様でした!」


 しゃべりながらも一番早く皿を空にしたアーシャが、ため息をつきつつ食後のお茶を淹れにキッチンへと向かった。


「……さきほど、ミヤコ様の国では名前に意味があるとおっしゃっていましたが、ミヤコ様のお名前にはどんな意味が込められているんですか?」

「あ! 私もソレ気になります!」


 ナダールの問いに、アーシャもキッチンから顔だけ向けて声を上げる。

 私の名前か……


「宮子は神主……って通じる? 神官でもいいのかな? そういう意味の言葉で、神様に祝福してもらえますようにとか、神様に恥じないちゃんとした人になりますようにって願いが込められているんだ」

「それは素敵ですね! そういう意味なら、意味のある名前も素敵かも」

「ご両親の愛情や誠実さを感じますね」

「ちなみに、弟は成男って名前で……成長して成功する男って意味だよ」


 他にも「平成に生まれた長男」って意味でもあるんだけど、年号の説明が上手くできる気がしないので省略しておこう。


「色んな意味の付け方があるのですね。私がミヤコ様の世界の親だと、意味を考えすぎてなかなか決められなさそうです」


 意味だけじゃなく画数とかも考えないといけないんだけど……これも、漢字の話からしないといけなくて、説明が難しいから省略しておこう。


「おまたせしました~」


 説明をしながらちょうど食べ終わった頃、アーシャが熱々のお茶が入ったポットとカップが乗ったトレイを持って戻ってきた。


「はい、どうぞ。……異世界のお名前といえば、サルヴァトーレ様ってファミリーネームが伝わってないですよね」


 私にカップを差し出し、ソファに座りなおしたアーシャが首を傾げる。

 このポットの大きさと座り方から言って、まだまだゆっくりおしゃべりするつもりだな。

 私も今日は作業する気にならないし大賛成だけど。


「確かラヅに聞いたのは……あえてファミリーネームを明かさなかったそうです。みんなに親しみを込めてファーストネームで呼ばれたかったからだとか」

「そうか。私も二人以外にも名前で呼んでもらおうかな。もしくは、あだ名とか」


 元の世界でも名前で呼び合う方が親密な関係になりやすいよね。

 もちろん、仲良くなっても苗字呼びの場合もあるけど。

 あとはあだ名。

 学生時代には「ミヤ」とか「ミヤココ」とか呼ばれてたな~。

 あだ名の付け方って時代や地域性でるよね?

 中学では「~ッチ」が流行っていたし、高校は苗字と名前からとる「ヤダミヤ」みたいな付け方が流行っていた。

 この世界のあだ名ってどんな感じで付けるのかな?

 ナダールとアーシャにもあだ名ってある?

 ちょっとワクワクしながら返事を待っていると、ナダールが首を傾げながらアーシャからカップを受け取った。


「あだ名……二つ名みたいなものですか?」

「二つ名……?」


 そうと言えば……そうかな?


「例えば足が速いエドガーさんを俊足のエドガーと呼ぶような」

「あ、それはちょっと違うかな……ほら、ミヤコをミヤって呼ぶような感じ。長い名前だと呼びにくいから短く略すとかしない?」

「略す? 略すと別人の名前になってしまいませんか?」


 ん?

まぁ、違う人の名前になる場合もあるけど……いや、あぁ……あー……そうか。


「……じゃあ、逆に親しい感じを出すために少し変えてミヤッチとかミヤヤとかミヤリンとか……ってのもないよね?」

「親しくなると敬称を変えると言うことはありますが……名前自体を変えてしまうと、別人と思ってしまいます」

「そうですよね~! 親戚にミヤリンさんがいるので、そちらの顔ばかり浮かびます。ミヤコ様とは認識できないですね」


 自分のお茶も注ぎ終えたアーシャが、カップを傾けながら不思議そうな顔をする。

 なるほどね~。

 同じ名前を付けないと徹底している世界なら、そういう感覚になるのも頷ける。

 名前が識別番号みたいなものだもんね?


 あだ名で呼び合って距離を詰められないのは残念だけど仕方が無いか。

 そうなると、親密になれる呼び方って、呼び捨てにしてもらうとか「様」を「さん」や「ちゃん」に変えてもらうことだろうけど……。


 以前アーシャが言っていたっけ。

 立場的にお城付きのメイドだから私に「様」を付けないと上司に怒られるとかなんとか……。


 うん。詰んだな、この方向。


「そうだミヤコ様! 親戚で思い出したのですが、今度うちの実家にもぜひ遊びに来てください! ナダールさんのお家に入った話をしたら、両親も祖父母も他の親戚もぜひ我が家でもおもてなししたいって盛り上がってしまって」


 アーシャがお茶のカップを持ったまま屈託のない笑顔を向けてくる。

 社交辞令ではなさそうだ。


「いいの? 行きたい!」

「ぜひ! 姉の本のコレクションや私の服とコスメのコレクションもお見せしたいですし、ミヤコ様には逆に珍しいと思うので、この国の家庭料理を振る舞いますよ 」

「あ、そういえばラヅもまだまだ披露できていない異世界料理が沢山あるのでぜひと言っていました。我が家にもまたどうぞ」

「うん。そっちもぜひ行かせて頂くね!」


 同じテーブル、同じお茶、柔らかい笑顔に嬉しいお誘い。

 この世界に来てすぐは、この二人とこんな距離感ではなかったな。


 呼び方は堅苦しい「ミヤコ様」のままだけど、確実に二人との仲は親密になれているから……まぁいいか。



読んで頂きありがとうございます!


仕事と確定申告の用意のため、

続きは、1~2週間程度で更新予定です。

少し間が空くかもしれませんが、なるべく早く投稿します!

読んで頂けると嬉しいです!!

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