第27話
「じゃあ、サルヴァトーレさんと仲良くなった切っ掛けもナンパですか?」
私の問いかけに、照れた笑顔のままラヅさんが頷いた。
「はい。最初は普通に客と店主と言う関係で……今もそうですが、救世主様は国賓扱いなので、一般市民が気軽に会える人ではありませんでした。しかしサルヴァトーレは『トラットリア』という救世主が作る異世界料理食堂を開き、自ら店頭に立って食事を提供していたんです」
「食堂ってことは気軽なお店ですか?」
「はい。庶民が通いやすい気軽な食堂です。値段は安いのに美味しくて、珍しい料理も多くて、一瞬で人気店になりました。元々この国の料理はシンプルな味と見た目のものが多かったので、サルヴァトーレの作る料理はどれもインパクトがあって感動的だったんです」
「そこまでは異世界からの救世主っぽいですよね」
以前アーシャたちが街で教えてくれた通りだ。
でも、最初から人気だったのに、帰るのに二〇年かかっているんだよね……。
「俺もすぐに異世界料理の大ファンになってしまって、国立劇場からサルヴァトーレの店が近いのを良いことに、ほぼ毎日通っていたんです。国が用意した百人は入れる大きな店だったのに、いつも満席でとても賑わっていたんですよ」
「そんな大きなお店、サルヴァトーレさん一人でやっていたんじゃないですよね?」
「はい。沢山の料理人を雇って、料理を教えて、ある程度経験を積ませたら他の場所で店を出させていました。給仕や掃除は専門のスタッフがいましたし、かなり大きな商いでしたね」
のれん分けとかチェーン店みたいな感じ?
そうやって料理が広まっていったんだ。
「ある程度料理人が育ってきたころから、サルヴァトーレが給仕に出てくることも増えて、客に『どれが気に入った?』『この料理はこう食べると美味いよ』『僕のママが良く作ってくれた料理なんだ。こんな歌を歌いながらね』なんて楽しく声をかけるんですよ。みんな驚いていましたね。救世主様がこんな気さくに話しかけてくれると思わなかったので」
「ラヅ、私が幼い頃によく歌ってくれていた歌は、サルヴァトーレ様から教わった歌が多かったんじゃないですか?」
「そうそう。子守唄とか。女の子への愛を捧げる歌とか。沢山教わったな……あいつ結構上手かったんですよ」
「へ~……」
そうか。自分から気さくに話しかけていかないと、この世界に馴染めないよね。
これはちょっと参考になる。
……歌はあまり得意ではないけど。
「そこで、先ほども言ったように素敵な女の子がいるとサルヴァトーレは『この料理を君に捧げるよ』とか『君に食べてもらえて嬉しいな』なんて声をかけるんですが……」
思い出を楽しそうに語っていたラヅさんの表情が微かに曇る。
なんとなくだけど、この先は想像がつく。
「素敵な女の子の横にはだいたい俺がいるんですよね」
「あー……」
やっぱり。
二人とも素敵な女の子が好きなんだったらそうなるよね。
「最初は男なんて眼中になかったみたいなんですが、だんだんサルヴァトーレが気に入る女の子は俺の連ればかりだって気づいたみたいで……ある日、声をかけられたんです」
それはサルヴァトーレさん、心中複雑だよね。
自分の気に入った子が全部他の男の連れで、しかも毎回のように違う子なんでしょう?
自分にも分けてくれとか、素敵な子をとっかえひっかえなんてひどい奴だとか思うよね。
「すごく嬉しそうに、『いつも素敵な子を連れてきてくれてありがとう』って」
「……え!?」
「ね? 驚きますよね? 俺も、嫉妬すると思ったんですよ。でも、そんなことを言われて……めちゃくちゃ驚きました」
何その思考?
女好きなのに? え?
驚くし不思議……!
「あいつは心の底から女の子が好きなんですよ。素敵な子が見られたらいい、素敵な子に料理を食べてもらえたらいい、素敵な子が料理で笑顔になってくれたらいい……って。自分のために女の子が好きなんじゃなくて、女の子が好きだから、女の子に幸せでいて欲しいっていう。もう、一瞬でサルヴァトーレのことが大好きになりました」
それは……女好きって聞いたからもっとひどい男かと思ったけど……それは良い女好きだ。
しかもちょっと救世主っぽい。
私もイケメン好きだけど、全然違う「好き」だ……!
「それですっかり意気投合して、一緒に酒を飲んだり、料理を教えてもらったり、二人で一緒にナンパしたり、ダブルデートしたり、俺が素敵な女の子を集めてサルヴァトーレが料理を作ってパーティーを開いたり……まぁ、他にも色々と」
その「色々」ってぼかした部分、かな~~~り遊んでいたんだろうな。
根幹に女の子へのリスペクトがあるんだろうけど。
「こんな話をすると遊んでばかりに聞こえますが、サルヴァトーレはどれもとても真剣に取り組んでいたんですよ。例えば、ナンパの時に立ち話よりも軽くお茶や食事が楽しめる方が女の子が喜ぶだろうといって、気軽に出入りができるカフェテリアを作ったり」
あ、それまでカフェってなかったんだ?
街を歩いていると沢山見かけるのに。
「女の子へ会いに行くときにお土産があった方が喜ぶだろうからとオシャレなスイーツ店を作ったり、連れていけば愛の本気度が伝わるからと高級リストランテを作ったり、良い雰囲気になった時にゆっくり口説き落とすためのバーを作ったり……どの店も大繁盛しましたし、今でも残っています」
どれも「あるな」と思って見ていた。
見た目がかわいいケーキや焼き菓子は時々アーシャが買ってきてくれるし、高級店や大衆食堂やバーも、「この世界にもいろんなタイプの飲食店があるんだな~和食は無いか」くらいに思っていたけど……全部サルヴァトーレさんが作ったんだ。
それだけ色々作ったら、感謝する人は多そうだし、雇用が生まれたりもするし、この国の人にかなり感謝されるよね。
「でも、そんなに色々お店を作ったら、今までにあった他のお店の人が怒ったんじゃないですか?」
「それはほとんどなかったと思いますよ。客層が違うんですよね……サルヴァトーレが来る前の街の食堂と言えば、食事を楽しむと言うよりも栄養を補給するためだけの事務的な店しかありませんでしたし、酒場は治安が悪かった。だからサルヴァトーレは、誰でも気軽に食事とお酒を楽しめるお店を作りたかったと言っていました。国が後ろ盾だから、初めての店でも国民も来やすいし、悪さもしにくいだろうと」
確かに得体の知れない料理を口にするのは怖いけど、「国」がサポートしているならチャレンジしやすいか。
上手くやったな~サルヴァトーレさん。
感心していると、ナダールがワインを自分のグラスにつぎ足しながら「それに」と続ける。
「既存の店にも希望があればレシピを教えたり修行に来てもらったり、経営の相談にも乗っていたらしいですよ」
「そうそう。家庭で美味しい料理が作れるように料理教室なんかも開いていたな……主に女の子相手に」
えぇ……! 他の店や家庭でも作れちゃったら、自分の店のお商売は不利になるのに……救世主って立場だからできるのかもしれないけど、おおらかと言うか優しいと言うか……。
つまり、そんな人だったから……
「女の子がきっかけだったとしても、自分のお店だけでなくそうやってどんどん美味しい料理を広めていったから元の世界に帰れたんですね」
私もこの世界で儲けようとか商売しようという気持ちではないけど……そこまで惜しみなく無償の愛のような行動ができるかな……。
「はい。それに、女の子が喜ぶ料理を作るために、農家に野菜の育て方を指導したり、国に土壌の改良を頼んだり、オーブンや調理器具を作らせたり、材料の保存が効くように缶詰という方法を提案したり、新鮮な素材を手に入れるために流通や市場の仕組みを整えたり……あぁ、この酒もですよ。うちの実家まで出向いて、女の子が飲みやすく料理に合う酒を何種類も教えてくれて」
確かにこのワイン、すごく飲みやすいし、ナダールが実家の酒ですって言いながらアマレットやカンパリみたいなお酒を持ってきてくれていた。
言われてみれば、全部イタリアで飲まれているお酒だ……!
「サルヴァトーレが元の世界に帰れたのは、この国全ての都市に店を作って美味しい料理を広めたからだと言われています。しかし俺は、それだけじゃないと思っています。農業や工業、あらゆる産業の発展、そしてたくさんの人を愛して沢山の人に愛されていたからだと……俺は思いますよ」
そうか……ただ料理が上手かっただけじゃないんだ。
もっとこの国の人に寄り添って、この国の人に喜んでもらわないといけないってことだよね。
……。
…………。
……え、無理じゃない?
漫画でどうしろと?
読んで頂きありがとうございます!
ブクマ、評価、励みになります。
続きは1週間程度で更新予定です。
読んで頂けると嬉しいです!!




