第3話
異世界へ無意味に召喚されてしまって一週間。
とりあえず、世話係にメイドと執事を宛がわれて、お城の中の一室で生活することになった。
高級なクラシックホテルのスイートルームみたいな部屋で、ベッドルームとリビングルームとシャワールームまであり、なかなか快適ではある。
欲しい物も言えば揃えてもらえるし、料理も口に合う。服もブラウスとロングスカートのような、着慣れている服に近い物を用意してもらえた。
衣食住に不満はない。家事もしてもらえてラッキーだ。
あとは……
「そうか、この世界に漫画はないか……」
必要な物を揃えたり、生きていくためにこの世界の常識やルール、簡単な法律や世界情勢を教えてもらったりしたあと、私が気になるのはもちろん「漫画」についてだ。
「はい、ミヤコ様。絵と文字が並んで書かれている物語の本というと、こちらの絵本が主流です」
メイドのアーシャが、元の世界の絵本とあまり変わらないようなハードカバーの薄い本を一冊、リビングのローテーブルに置く。
私より五歳年下らしいアーシャは、ふわふわ可愛らしい金色の巻き毛に大きな目とふっくらした唇の天使のような女の子で、元の世界の感覚で言いうと北欧辺りの人種に見える。話しやすくよく気が付く良い子で、どうやら頭も良いらしい。
色々な質問に的確に答えてくれて助かっている。
「これは大人も読むの? 娯楽用?」
「読みます。子供向けは絵が多めで、大人向けは少し字が多いです。そうですね……学びが多い絵本もありますが、主に娯楽用です。仕事の後に家で読んだり、休日にカフェで読んだりします」
アーシャが見せてくれた絵本は、元の世界で言うB5サイズくらいで、半分はイラスト、残りは台詞や物語が文字で書かれている、まさに絵本だった。
絵の部分は水彩画なのか、柔らかいタッチでデフォルメは少ない。
「アーシャも持ってる?」
「私の場合は姉が本好きで、週に三冊ほど買って来るんです。それを借りて読むので自分ではあまり買いません。同年代の友人たちは……絵本だけなら月に二~三冊くらいでしょうか? 絵本より小説が好きな人も多いので」
「小説……文字だけの本もあるんだ」
「はい。文字だけの本もありますし、絵だけの本もあります」
今日は「本について教えて」と事前に言っておいたからか、アーシャが先ほど部屋に運んできた木箱の中からは様々な本が出てきてローテーブルに積みあがっていった。
どれも流行の本や定番人気の本らしい。
「小説、画集、これはレシピ本? 写真はなさそうかな……印刷はかなり精度が高いけど……」
内容はともかく、文庫本やハードカバーなど、どれも元の世界の本の装丁と近いように思えた。
ただ一つ、違和感がある。
「片面にしか印刷しないの……?」
「え? 片面……いんさつ?」
絵本も小説も、画集も、テキスト風の本も全て、印刷が片面だった。
「……えっと……紙の裏にも書くということですか? しないですね。読みにくそうですし……技術的にはできそうですが……申し訳ございません、詳しくなくて」
アーシャが不思議そうに首を捻る。
今まで全く考えたことも無かったという顔だ。印刷技術の問題なのか、文化なのか……そういうことなら仕方がない。
「片面印刷で文字は横書きか……見開きにできないしコマの向きも考えないと」
両面印刷で縦向きに文字を入れる漫画に慣れているけど、海外向けの宣伝漫画を描いたこともあるし、なんとかなるはずだ。
「コマの向き?」
「ん、ちょっとね。私も本を描いてみようと思って。そうだ、これ見てくれる?」
昨日、頼んでおいた紙やペンが届いたので早速描いてみた絵をアーシャに見せる。
ケント紙風の紙に鉛筆と万年筆のようなペンで描いたものだ。
連載していた漫画原稿はフルデジタルだったけど、美大生時代や美大受験の時に死ぬほど手描きで描いていたお陰で……あの地獄のような日々のお陰で……アナログも苦手ではない。
「女の子と男の子の絵ですね。ミヤコ様が描かれたのですか? とてもお上手ですね!」
一枚目は劇画タッチ。等身は正しく、顔立ちもあまりデフォルメせずに気を付けた。
服装もこの世界の人たちの服を参考に、女の子にはメイド服、男の子には執事服を着せている。
「この絵で絵本ってどう思う? 読み易い?」
「はい。写実的でわかりやすいと思います。この女の子の服は私の着ているものと同じですよね? 細部まで丁寧に描かれていて、解りやすいし、このような精密な絵は高価な大人用絵本でも充分通用すると思います」
良かった。劇画タッチはリアルだから、文化が違っても解ってもらえると思ったんだ。
これで一応漫画は描けそう。
でも、できれば私は……。
「じゃあ、こっちの絵は……どう思う?」
もう一枚。
今度は少女漫画雑誌で連載していた時のタッチの絵を見せてみた。
絵が上手いのを売りにしていたから大きくデフォルメしている絵ではないけど、目は大きく、全体的にキラキラで、動きも大げさで、服とか体の描き方も、描写が正しくないところはある。
より可愛く見えることに注力した絵だ。
「……これ」
「……これ?」
絵を持ったアーシャが紙に顔を近づけたり、離したり、じっくりじっくりと見た後、勢いよく顔を上げた。
「か、かわいいです!」
「あ、本当? この絵柄……」
「このスカート! どうやってこんなにヒラヒラになるんですか? このヒダの入り方ですか? 服に模様が入っているのも素敵!これは服に絵を描いているんですか? かわいい……! 靴の形も……わぁ……素敵……!」
服?
よくあるチェックのプリーツスカートとブレザーの制服姿の女の子なんだけど。
模様ってチェックのこと? あと、靴下のワンポイントのハートやブレザーのテキトーなエンブレムとか?
「この世界の服は、模様が入ることは無いの?」
「無いです! 元々模様のある獣の毛皮はありますけど、高価ですし、こんなにかわいい模様にはなりません。ボタンやリボンを付けることはありますが、服から浮きますし……この、一か所だけ模様が描かれているの、かわいいな……洗ったらとれちゃいそうだけど、やってみたい……」
描かれている? そう思うということは……
「刺繍ってわかる?」
「ししゅう……?」
「あ、うん。何でもない」
言われてみれば、アーシャのメイド服にも私の着ている服にも、刺繍や柄はなく、大きなプリーツも入っていない。
メイド服の袖にはたっぷりのフリルがついていたり、私がもらったブラウスには花の形を模した金色のボタンが付けられていたりして、「かわいい」と思ったからあまり気にしていなかったけど、この世界と元の世界では服の技術がかなり違う……?
服に限らない。
元の世界と文化が異なることが沢山あるはず。
だけど……
「この絵柄やこういう服で絵本っておかしいかな?」
私の問いに、アーシャは目を輝かせながら答えてくれた。
「ちょっと不思議だけど、そこが良いと思います! だって、こんなの見たこと無くてワクワクしますよ! もっと見たいですし、この絵一枚だけでも飾って楽しみたいです! 持って帰っていいですか!?」
「そう……うん、いいよ」
「ありがとうございます!」
よくしゃべる子ではあったけど、常に敬語を崩さずメイドとしての態度をとっていたアーシャが、若い女の子らしくキラキラと目を輝かせて私の絵を見てくれている。
あぁ、だめ。表情がにやける。
自分の絵で目を輝かせる女の子を見て嬉しくならない漫画家なんていないんだから。
嬉しい。
そして、ちょっと自信が湧いてきた。
「よし……じゃあ一回目はスタンダードな少女漫画で勝負しようかな」
元の世界に戻るために私がこの国に貢献できそうことと言えば、国民に楽しんでもらえる本を作ることぐらいだ。
この国の人のためというなら、解りやすい劇画タッチで、お城や鎧の出てくる作品を描くべきなのかもしれない。
でも、アーシャの言葉で少し自信がついた。
「まずは描きたいものを描いて、それでだめなら、その時はまた考えよう!」
時間もたっぷりあるし。
「この絵が沢山見られるんですね……とても楽しみです! 私にお手伝いできることがあれば何でもお申し付けくださいね」
身近にファンがいるとモチベーションも上がる。
こうして私は、異世界でド定番少女漫画の制作に取り掛かった。
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