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第24話


 出版社で舞台の話をした三日後の夕方。


「着きました。ここが私とラヅが暮らす家です」


 所謂タクシーのような業者の馬車でナダールとアーシャと共にやってきたのは、お城から十五分ほどの場所にある、ナダールの家だ。


「これ全部じゃなくて、このドアから次のドアまでの部分がってことだよね?」


 目の前には横に長い二階建てのレンガ造りの洋館。

 お屋敷と呼ぶような煌びやかな感じではなく、シンプルで装飾が少ない建物で、私たちが立っている真ん中のドアの右にも左にも、七~八メートル間隔で二つずつドアがついているから、アパートとか長屋とか……何かしらの集合住宅みたいだ。

 周囲には同じ形の洋館がいくつも並んでいて、町全体が住宅地として整備されている印象を受ける。


「そうです。王都周辺は居住を希望する者が多いので、大きな家を建てにくいので、このように一つの建物を一家族分ずつ区切ったアパートという住宅が多いです」

「このドアの中、二階もナダールの家? 二人暮らしだったら広い方?」

「二階も我が家です。一階と二階で別の家族が住むタイプもあるので、王都の中ではやや広い方ですが、平均的の範囲内かと。アーシャさんのお家の方が大きいですよ。王都内で一軒家ですから」

「六人暮らしの実家なので、あれでも手狭ですよ。それにナダールさんのご実家はこのアパート一棟よりも大きいじゃないですか~!」

「私の実家は地方なので……」


 アパート以外の一軒家もあるんだ。その辺りも気にはなるけど……

 

「ねぇ、これは何? こっちのコレも!」


 見た目はやはり一〇〇年ちょっと前くらいのヨーロッパみたいな雰囲気で、建物自体はなんとなく構造が理解できる。

 ただ、すべての家の前に置いてある大きな木箱や、ナダールが触れているドアについている石は何?

 あと、アパートの一番端に置いてある金属っぽい箱も!

 お店に行くことは増えてきたけど、この世界の人の一般的な家庭の一般的な暮らしを見るのは初めてで、家の中に入る前から気になることだらけだ。

 

「その大きな箱は郵便や宅配商品を入れてもらう箱です。薄い郵便物は隙間から入れて、大きなものはふたを開けて入れます。取っ手に魔法石がついていて、物を入れると家主でないと開けられません」

「宅配ボックス……」

「えぇ、そのように呼ばれています」


 元の世界の私のマンションにもある便利設備がここにも……見た目、めちゃくちゃシンプルなただの木箱なのに!


「そして、こちらのドアについた魔法石は……」


――ガチャ


 内側から鍵が開く音がして、重厚な木製の扉が開いた。


「いらっしゃいませ、ヤダ様」

「あ、こ、こんばんは……!」


 ラヅさん!

 あぁ、今日もラヅさんの笑顔は眩しい……長袖のシャツに作業着みたいなズボンだけど、アイドルの舞台衣装に見えてくる……。

 でも、特に声をかけたりノックをしたりしていないのにラヅさんが出てきたと言うことは……


「この石に触れている間、家の中に置いてある石へ声を転送してくれます。帰宅や来客を報せるためのものです」

「インターフォンか……あ、ずっと気になってたけど電話もこういう仕組み?」

「電話? あぁ、そうですね。この石はセットになっている石としか話せませんが、電話は番号を振り分けられているすべての魔法石に声を送れます」

「なるほど。電話線が無いから不思議だったけどそういうことか。じゃあアレって持ち運べたりしないの?」


 元の世界の仕組みの電話よりも、この世界の仕組みの電話の方が携帯電話に向きそうなのに。

 そもそも、電気を使ってないから「電話」はおかしいんだろうけど……翻訳魔法、この辺り柔軟に訳してくれてるよね。


「持ち運べなくはないですが……精密魔法機器なので壊れるのが心配であまり動かさないのと、電話の場合大きな魔法石を使用しないといけないので重量が……五〇キロ以上になります。しかし、軽量魔法や魔法式の簡略化で小型化や携帯式にできないか開発が進んでいる分野です」

「そうか……そうだよね」


 私のアイデアで携帯電話を発明! ……なんてできればこの国の発展のお手伝いになるかと思ったけど、そんなに簡単には行かないよね。

 というか、この魔法石ってどういう仕組みなんだろう?

 ついつい興味深く眺めて考え込んでいると、ラヅさんがどこか懐かしそうに笑った。


「ふふっ。異世界から来られるとこちらの暮らしが色々と気になると思いますが、立ち話もなんですし、どうぞ中へ」

「あ! はい。お邪魔します……」


 しかも今日の本題はラヅさんだ。

 サルヴァトーレさんのことを教えてもらうために時間を作ってもらって、「折角ならサルヴァトーレ直伝の料理を振る舞いたいので」と自宅に呼んでもらったんだから、さっさと本題に入らないと。


「一階は靴のままで、上着はそちらにかけてくださいね」


 お城の私の部屋も、寝室以外は靴だし、入り口に似た形のコートハンガーがある。

 一般家庭もそうなんだ。


「一般の家庭は初めてですか? 一階はシャワールームやトイレ、キッチンと、リビング、物置になっています。サルヴァトーレは『元の世界の家とあまり変わらない』と言っていました」


 そんな説明をしながら廊下を進むラヅさんについていく。

 確かに、私の感覚からすると「少し昔のヨーロッパの家」ではあるけど、普通といえば普通。


「そうですね。大きな違いはないように見えます」


 いくつかドアを横目に見て、一番奥の開いたままのドアをくぐると、そこは広いリビングダイニングだった。

 八人掛けのダイニングテーブルと、六人は座れるL字型の布張りのソファとローテーブル。

 ダイニングテーブルの奥には半開きのドアがあって、そこから煮込み料理のような匂いがするからキッチンなんだろう。

 白い壁に焦げ茶色で統一された家具ばかりのそこは、外観よりも現代的に感じる。

 テレビやエアコンが無くて、電話の形がレトロだけど、現代のリビングダイニングとそう変わりはない。

 そして、ここ……


「広い……!」

「ラヅの劇団仲間がよく集まるので、リビングが広い家を借りているんです。二階の一室も、舞台稽古が忙しい時期に劇団仲間を泊められるようにゲストルームにしています」

「そうなんだ。なんか、ナダールの家って言うか、劇団の家みたいだね?」

「ほぼそうですね。私も最初は一人暮らしの予定だったのですが……」

「はは、俺は本当に良い孫を持ったよ。料理の仕上げをしてくるからテーブルで待っていてください」


 ため息を吐いたナダールの肩をポンポンと叩いてから、ラヅさんはダイニングテーブルの奥のドアへと消えていった。


「……どうぞ、おかけください」

「う、うん」


 またため息をついたナダールに促されるがままダイニングテーブルにつくと、いつもの真面目な顔に戻ったナダールが説明を再開した。


「先ほどもお話ししましたが、王都の城の近くは人気の土地で、なかなか住めないんです。それに治安の悪い頃に王家の安全を考えて作られた法律も残っているので、この辺りに住むには審査や許可が必要なんです」

「審査?」

「はい。王家と交流があるか、王家の側にいて安全か、国に利益があるかなどを確認されます」

「ふーん」


 ちょっと横暴な気もするけど、土地は王家の持ち物だってきいたしそういうこともあるか。


「ラヅは許可がとれなくて以前は王都の隣町に住んでいたのですが、私が城に就職して、王都の居住権が得られたので『国立劇場に通いやすい場所に住みたいからナダールの同居人ってことにしてくれない?』と頼まれまして。本当は実家を出て趣味の本に囲まれた静かな一人暮らしと思っていましたが……ラヅも劇団員たちも困っているし、家賃はラヅ持ちですし、家事もラヅが料理、劇団の他のスタッフが宿代代わりに掃除やゴミ出しをしてくれるので……こうなりました」

「書庫も借りてるって言ってなかったっけ? そっちに住めば?」

「あちらは水場やベッドの無い倉庫部屋ですね。生活はできないんです」


 審査があるくらいだからそうか、住む場所は一つしか取れないよね。

 ため息もついていたけど、何だかんだ言ってナダールの口調は少し楽しそうだ。


「そうやって劇団の人と触れ合っているから、劇団のことに詳しいんだ」

「はい。劇団員と食事をすることも多いので自然と仲良くなりました。みんなラヅの料理が目当てで……」

「そう、サルヴァトーレには負けるけどね?」


 いつの間にか両手に大きなお皿を持ったラヅさんが、私たちの後ろに立っていた。


「ラヅさん!」

「まずは焼きたてのこいつをどうぞ」


 大きなダイニングテーブルの真ん中に、踊るような優雅な動きで二枚の皿が置かれた。

 生地とチーズが焼けた香ばしい匂い、トマトの豊潤で爽やかな香り、ふと香る燻製の匂い……丸いお皿と同じ大きさ、同じ形のこれは……。


「あ! こ、これ!」

「サルヴァトーレ……ヤダ様の世界ではpizzaですよね?」


 薄い生地のイタリア風のピザが二枚、湯気を立てていた。






読んで頂きありがとうございます!

続きは1週間程度で更新予定です。

読んで頂けると嬉しいです!!

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