第23話
「……うち、というのは?」
ラヅさんが首を傾げると、ナダールがいつも私にするように、横からそっと声をかける。
「ラヅ、彼女は同僚のアーシャ・ロックガーデンさんです」
「あぁ、ロックガーデンの! 俺の今日のジャケットもそちらのオーダーメイドです。スポンサーになって頂けるなら願っても無いお話ですが……」
「単刀直入に言えば、ラヅの劇団のスポンサー料はかなり高額です。使う劇場が大きく、出ていく金額も入ってくる金額も大きいのでどうしても他より高くなってしまうんです」
ナダールたちの少し申し訳なさそうな返事に、アーシャは腹をくくったように力強く頷いた。
「知っています。何度か劇団のスポンサーができないか社内で話が出て、でも費用対効果が見込めないので二の足を踏んでいました。しかし、今回の公演はミヤコ様の漫画の舞台化ですよね? だったら……」
あ。
そうか。
二次元が三次元、いや、2.5次元になる時は必要な物がある……
「衣装にうちのお服を使いませんか? 出版社から権利もとっている、再現度の高いお服です!」
バン! と音が響く勢いでアーシャがどこから取り出したのか、異世界服の説明と絵が描かれたチラシを机に置く。
いつもそのチラシ持ち歩いているの?
商魂たくましいな……でも、この提案は納得だよね。
柄物の服が無いこの世界では、アーシャの店の服を使うのが一番原作の再現度が高い。
ただ、あのスカートはすでによく売れているみたいだから今更宣伝しなくても良いんじゃないかと思うけど。
これじゃあ、助かるのは劇団だけで、アーシャの店はスポンサー料に見合う儲けって……ある?
「さきほど男性読者が増えているとおっしゃっていましたよね? 今は女性向けのスカートだけですが、同じ生地の男性向けのスラックスも作って……その発売に合わせて、同じ服を着た主人公の舞台が上演されたらこれ以上ない宣伝になると思うんです!」
「!?」
なるほど!
若い男性が増えていて、そこを強化しようって言っていたのにも繋がる!
「あ、でも、まだ本社に確認しないと、私の思い付きだけですが……製造ラインも年間の広告予算も組みなおさないといけなくなりますし」
「解りました。実現すればとても嬉しい申し出です。衣装係が服の再現が難しそうだと言っていたので、スポンサーが無理でも、衣装の発注ができればとても助かります」
「他社との兼ね合いもあるのでスポンサー料を下げることは難しいのですが、お服を衣装として特別発注し、買い取ることで還元することもできると思います」
おぉ……私の漫画でいろんな産業が結びついていく!
なんか、ちょっと役に立てている感。
「男性向けのお服を作る場合、また出版社様にも追加の権利料をお支払いしますので……この辺りも含め、社内で話し合って書面にしてきますね!」
「ほぅ、これはなかなか楽しみな話になってきましたな!」
「こんなに盛り上げていただいて……編集部の方でも何かできないか検討します!」
出版社の人たちものってきたし、これでまた新たな読者を取り込めるから、もうそろそろ元の世界に帰れるんじゃない?
「では、来週あたり、私とアーシャさんの書類を持ってもう一度このお話を詰められたらと思います」
「社内でしっかり話し合ってきます!」
「お待ちしています!」
やる気に満ちた声を掛け合って、スーイさんとサンダーさん、まだ放心状態の社長さんに一礼して、会議室を後にした。
「本当はゆっくりとお話したいのですが、稽古を抜けてきたので劇場に戻らないといけなくて」
出版社の駐車場に出ると、ラヅさんが申し訳なさそうに声をかけてきた。
そうか、ここでお別れか。
残念だけどその一〇倍はほっとした。
「近いうちに機会を頂けると嬉しいです。舞台や稽古もぜひ見て頂きたいですし」
「あ、はい。ぜひ……!」
さっきまで、私よりもヤバそうな社長さんがいてくれたからヤバくならなくてすんでいたけど、人数が減って、皆に向けてではなく私に向けて声をかけられるって言うのが……ヤバい。
推しに似たイケメン、いや、このレベルのイケメンなら、推しに似てなくてもヤバい。
最近満たされていなかった心のトキメキが、萌が、尊いが、エモいが……溢れそう。
「救世主様のお力になれるかもしれない話もありますので」
「……え?」
「それではまた」
本当に時間が無かったんだろう。
ラヅさんは煌めく笑顔を浮かべて優雅に一礼した後、長い脚で劇場に向かって走って行った。
それを引き留めるのは申し訳ないけど、最後、なんか引っかかること言ってなかった?
「あっ! ……ナダール、ラヅさんが言っていたのって?」
「はい、実は、ずっとミヤコ様をラヅに会わせたいと思っていたんです。ミヤコ様がお好きな芸能人に似ているから、舞台化の提案をしたいから、そして……」
いつも真剣な顔だけど、更に眼光を鋭くしたナダールがゆっくりと口を開いた。
「ラヅは、ミヤコ様の前にこの国に召喚された救世主様、サルヴァトーレ様と友人だったらしいんです」
「サルヴァトーレって……料理人の!?」
この国に美味しい料理を広めたって言っていた人!
あの人のお陰で私の口に合う元の世界に近い美味しい料理が色々食べられるんだよね?
でも、その人って確か五〇年前に来たって……?
「はい。私も生まれる前のことなので詳しくは聞けていないのですが、ラヅが珍しい料理を食べる時などに思い出話をすることがあって……先日尋ねたところ、週に一度は食事をする友人関係だったと教えてもらいました」
「そうか、ラヅさん八〇歳超えているんだっけ? 週に一度って結構仲良しだよね?」
「ラヅ曰くですが、執事やメイドを除けば一番信頼され、仲良くしていたと言っていました」
「そうなんだ……それって、サルヴァトーレさんがどうやって帰ったとかも解るってことだよね?」
サルヴァトーレさんはもうこの世界にいないらしいし、料理と漫画、ジャンルは全然違うけど、戦争に関係ない分野で元の世界に戻れたお手本としては詳しく知りたい!
「ラヅも魔法のプロではないですし、はっきり言えるわけではないとは言っていましたが、ヒントになる話はできるかもしれないと」
「それはぜひ聞きたい! でも、そんなすごい話ならもっと早く教えてくれても良かったのに……」
責めるわけではないけど、これ、結構な重要ヒントだよね?
早く聞きたかった……。
「申し訳ございません。確かにもっと早くお話すればよかったのですが……漫画も順調でしたので、余計な情報はない方が良いかと思いまして……その……」
ナダールの言葉の歯切れが悪い。
「ナダール……?」
「……その……サルヴァトーレ様が元の世界に戻られたのが……」
いつも背筋を伸ばして真っすぐに私の方を向いて話すナダールが、項垂れるように視線を逸らす。
何?
……でも、ナダールの態度で、これから言われることに何かしらの覚悟がいるんだと心構えができた。
「サルヴァトーレ様が元の世界に戻られたのが、召喚されてから約二〇年後なんです」
「二〇年……も?」
「はい」
そうか……。
二〇年もかかるって、私がショックを受けないように、この世界に慣れて、多少帰れる希望も持てるような状況になるまで、黙っていてくれたんだ。
「しかし、ミヤコ様のご活躍はすさまじいですし、おそらくもっと早くお戻りになられると思います!」
顔を上げたナダールは、普段の冷静さからは考えられないような感情的で強い口調だった。
「ただ……先人の例から、時間がかかることも覚悟しなければならないと思い……ラヅなら先の救世主様と友人であったし、エルフに近い数百年の寿命があります。私も親戚として信頼できます。だから、ミヤコ様も彼と友人になれば、もし……」
え……ナダール? ちょっと待って?
何? その寂しそうな顔っていうか……アーシャもハッと何かに気づいたような顔で口元を抑える。
え……やめてよ、そんな……。
「もし、私たちの寿命が先に来ても……」
「ナダール……」
そんな、色んな意味で縁起でもないこと言わないでよ……だけど、ナダールが本気で心配して、言いにくいことを言ってくれているのはよくわかった。
だったら覚悟を決めないと。
時間がかかるっていう覚悟じゃなくて……。
「大丈夫だよ、ナダール。絶対にナダールたちが生きている間に帰るから。私、頑張るから!」
「ミヤコ様……」
「心配してくれてありがとう。私、ちゃんと覚悟を決めた。今までは、ちょっと頑張れば自然と一年くらいで帰れると思っていたけど、もっとしっかり自分から頑張る! ナダールやアーシャに心配させないように、なるべく早く帰るって気持ちで頑張るよ!」
「……そうですね。私も先の予防線を張るより、今できることを精一杯お手伝いします!」
「私もです、ミヤコ様! もっともっとミヤコ様の漫画が盛り上がるように、元の世界に戻られるように、お手伝いします!」
漫画が好評だから、この世界も居心地がいいから、二人と離れるのが寂しいから、余り必死になれていなかったけど、ちゃんと戻るための行動に力を入れよう。
応援してくれている人に、心配させないためにも。
読んで頂きありがとうございます!
続きは1週間程度で更新予定です。
読んで頂けると嬉しいです!!




