第21話
「俺のファン? 本当ですか? 嬉しいな」
こういう返し方も、ちょっとタクトくんに似ている……って興奮してしまいそうになるけど、机を挟んで向かいにいる社長さんが今にも倒れてしまいそうなくらい感動しているのが伝わってくるので、逆に冷静になってきた。
「えっと、すごく人気の俳優さんみたいだね」
「えぇ、ラヅは……」
「ラヅ・リバースリバーは本当にすごいんです!」
ナダールが説明しかけたのを、社長さんが遮った。
いつもは物静かなエルフらしい印象の社長さんなのに。
吃驚したけど、このテンションはアイドルオタクと話すときの私と同じなので親近感が沸く。
「ヒューマンとエルフのハーフで、ヒューマンの美丈夫さ、エルフの儚げな美しさの両方を兼ね備えた奇跡のビジュアル。それを活かしたエレガントかつ大胆で快活な立ち居振る舞い、そして確かな演技力! 舞台に彼がいるだけでそこが光り輝いているように見えるんです」
「あ、エルフとのハーフ? だから若く見えるってこと?」
「はい、ラヅは……」
合点がいったと思ってナダールの方を向くと、ナダールの返事も社長さんに遮られた。
「そうなんです! 現在八十六歳で芸歴七〇年! 見た目は若く、演技や歌の習熟度が高く! ヒューマンにもエルフにも大人気の俳優で国内の芸能雑誌が実施している『実力があると思う俳優ランキング』で十二年連続一位! 数々の演劇賞も獲得している実力派です! そして、『恋人にしたい俳優ランキング』でも一位の人気者なんです!」
「……ということです」
「うん。よくわかったよ」
年齢の疑問は解けたし、実力と人気の両方があるのも解った。
あと疑問なのは……
「補足しておきますと、私の祖父とラヅは腹違いの兄弟なので、私にはエルフの血は入っていません」
私の疑問がよくわかったな。さすがナダール。
そんな冷静なナダールの頭を、年長者らしくラヅさんがわしゃわしゃと撫でる。
「見た目は似ていませんが、俺に子供はいないし、本当の孫のようにかわいがっているんですよ」
「おじい様と呼ぶと『年寄みたいで嫌だな。名前で呼んで』と怒られますが」
本当に親戚なんだな、この距離感。
そして……机の向こう側で、社長さんが「何そのカワイイエピソード……というか、私はずっとラヅ様の親戚の方とお話を……うそ……どうしよう……やばい……ラヅ様がすぐそこに、やばい。心臓やばい……」と小さな声で言っているのが気にはなるけど、気持ちはよく解るのでここからはスルーすることにした。
「そんなことより、本題に入りましょう? ナダール、みなさんにはどこまで話してる?」
「舞台化したいと言うことだけです」
「解った。では、少しだけ皆様のお時間を頂戴して、俺の舞台化に対する思いをお伝えさせてください」
ナダールの言葉に頷くと、ラヅさんは入り口のドアの前に立ったまま、今から舞台の幕が上がるかのように恭しく一礼した。
「救世主様の描かれた漫画と言う御本を読んだ時、最初は『負けた』と思ったんです」
「……負け?」
「えぇ。演劇は楽しく解りやすく物語をお届けするエンターテイメントです。しかしこの漫画は演劇よりも解りやすく、楽しく、臨場感もあって……恋愛と言う難しいテーマなのに素晴らしいエンターテイメントに仕立てています」
口調は大仰で身振り手振りも大きいけど、これ、意外と真面目な話だ。
「だから、俺も挑戦したいんです。同じ話を俺が演じることでどれだけのエンターテイメントにできるのか。そして……芸歴七〇年、アクションも歌も踊りも演技も懸命に磨いてきましたが、そろそろもっと先に……より難しい役に挑戦したいと思っていたんです」
おぉ……真剣に役者さんなんだ。
熱意も感じるし、こんな好みのタイプのイケメンが私の作品を舞台化してくれるなんて願っても無い話だけど……。
「私は別に構わないというか……嬉しいんですけど」
ビジネスとしてはどうなの?
まだ冷静じゃなさそうな社長さんはスルーして、スーイさんの方を向くと、どうやら乗り気の様子だった。
「担当編集の立場から言っても、ラヅさんのような人気俳優に舞台化して頂くことは願っても無い話です。ラヅさんは一〇代から八〇代まで幅広くファンのいる俳優さんですし、本は読まないけど演劇は好きと言う人が多い中間層にアピールするにはピッタリだと思います。ただ……」
スーイさんが気まずそうに社長さんを見る。
やっと落ち着いてきた社長さんの顔は、ファンの顔と出版社の社長の顔が入り混じった複雑な苦悩の表情だ。
「……話題になると思います……ラヅ・リバースリバーの恋愛もの……でも……恋愛ものかぁ……」
「……ファン的に嫌なんですか?」
私の質問に社長さんが苦しそうに頷く。
なんで?
推し俳優の恋愛シーンなんてめちゃくちゃ楽しくない?
「ラヅ様の挑戦・成長したいと言う熱意に水を差してしまうのは心苦しく思うのですが、やはり自分以外の女と恋に落ちる姿を見るのは……楽しくないですね」
あ~……同担拒否的な感情か。
演技だとしても、推しが他の女とイチャイチャするのを見たくないと。
解らなくもないけど、ちょっとファンとして視野が狭いんじゃ……いや、この世界の感覚ではこれが普通みたいだ。
アーシャやスーイさんも「そうそう」という表情で頷いている。
「俺も、そういう声は必ず出ると思っていました。ですが、覚悟の上です。そんな人にこそ役と俳優である俺自身を切り離して、俺ではない別人として見てもらえるくらい、しっかりと演技に取り組みたいんです」
「あぁ、ラヅ様……でも、演技が上手ければ上手いほど、上演期間中はその役に見えてしまうので……」
この世界の人は、俳優と役を結び付けすぎなんじゃ……と思ったけど、そうか。
テレビもラジオもSNSもないから、役者の役以外の素顔に触れる機会が無いんだ。
だから、役=俳優さんのイメージが強くなっちゃうんだな?
だったら……
「それについては、考えがあります」
私が口を開くより先に、ナダールがどこからか書類を取り出した。
「舞台公演だけでなく、トークショーと握手会を組み合わせた、ラヅの俳優業七〇周年記念ファンイベントを開催したいと考えています」
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