第20話
スーイさんから連絡のあった翌日。
いつもの出版社の会議室にいつものメンバー。
机の上の報告書もいつもの書式で、二枚目には角度は緩やかになっているものの、右肩上がりの売り上げグラフが書かれていた。
順調な報告に見えるのに、スーイさんの表情が硬い。
「売り上げはとても好調なんですが……」
「そう見えますけど……何か問題なんですか?」
私が異世界人だから解らないのかなとチラっと隣のアーシャを見ると、アーシャも不思議そうにグラフを見ていた。そうだよね。解らないよね?
「中間層の伸びが弱いんです」
「中間層……三〇~五〇代の一般的な男女、でしたっけ?」
「そうです。文学ファンも多い世代ではあるんですが……元々、本をよく読むファン層と習慣化していない中間層で本の売り上げに大きく差があって……」
悩まし気に腕を組むスーイさんをフォローするように、社長さんが苦笑気味に口を開く。
「それでも、普通の文学作品と比べればはるかに多く売れています。ただ、もっと開拓できると思ったので……残念と言いますか……」
「まぁ、なんと言いますか……中間層は仕事に家事育児に忙しい世代でしてな。本を全く読まんという人も多いんですわい。だからこそ、本を読んでもらう切っ掛けにしたかったんですが、そこまではできなかったってことですな。読まんもんは読まん。仕方がないと割り切るのが一番ですな!」
そうか……漫画かどうか、内容がどうか以前に本を読む習慣が無いとなると、作品に触れてもらうのは確かに難しい。
「あ、でも、若い男性の購入が最近増えているんですよ! 若い女性が購入して、同級生や恋人、友達、家族などに口コミで広めるという流れのようです」
「若い世代の方がこういう新しいもんに対しては柔軟ですな。読まん層にこれ以上注力するよりも、その辺りを開拓していこうという話にはなっとります」
中間層というボリュームゾーンらしい人たちを取り込めないのは残念だし、出版社の人たちのいう「本を読む切っ掛け」になれば、この国や国民への貢献にもなりそうだったから悔しいけど……私もいい案が思いつかないし仕方が無いか。
それにしても、発売の後もこうやって作品が売れるように丁寧に考えてくれるって良い出版社だな。
「広告用に何かイラストとかが必要なら描きますので」
出版社の人たちが頑張ってくれているんだから、私もそれくらいは。
そう思って言った後、隣に座るナダールが急に手を挙げた。
「すみません、その中間層へのアプローチなんですが、少し考えがあるので聞いて頂けますか?」
「……ナダール?」
この流れ、覚えがある。
アーシャの時と同じだ。
確かナダールの実家は造り酒屋……あ! 気付いちゃった。
中間層って大人だからお酒コラボして売ろうって感じ? 作中では主人公のお父さんがビールを飲むシーンがあるし「異世界酒」とか言って売るとか?
私も久しぶりにビールが飲みたいし、もしそうならもちろん全面協力……。
「舞台化してはいかがでしょうか」
「え」
ちょ、ちょっと待って?
予想と全然違う。舞台? 舞台って、舞台? 劇? ミュージカル?
なんでナダールからそんな提案が?
中間層って舞台観るの?
え?
ええ?
もう疑問しかないんだけど??????
こんなに混乱しているの、私だけ?
目の前の出版社の人は……?
チラっと視線を向けると、サンダーさんとスーイさんが悩まし気にしながらもあまり驚いてはいない様子で口を開いた。
「うーん。そうですなぁ……確かに人気のある本が舞台化することはありますが……」
「中間層は難解な本よりも、エンターテイメント性が高くて明快な舞台の方が好きな人、多いですしね」
あ、なんだ。意外と普通にあることなんだ?
ナダールは文学好きだし、一般論を言っただけ?
「問題は……この内容でやってくれる役者がいますかな?」
「このお話はミヤコ様の絵や漫画と言う形式でやるから魅力的なので……うーん、舞台か……」
そして、内容的に難しいんだ……。
散々難解なヒューマンものって言われているからね、もうだいたいわかってきたよ。
恋愛だけの話はこの世界の人には難しく高尚すぎるって。それは本だけでなく舞台もなんだな。
ナダールもそこは解っていると思うんだけど……?
「実は、やりたいという役者がいるんです」
「役者が?」
首を傾げる私たちをしり目に、アーシャが納得したように声を上げた。
「そういえば、ナダールさんが同居しているお祖父様って舞台俳優でしたね」
「正確には祖父の弟ですが、そうなんです。ミヤコ様の漫画を読んでから、色々と熱意のこもった話を聞かされていまして……悪くない話だと思うので、一度本人の話を聞いて頂けないでしょうか?」
そういえば、親戚と住んでいるとは聞いたような……?
でも、祖父の弟って何歳? ナダールが三〇代半ばだから、八〇歳とかじゃないの?
そんな人がやる役あった?
疑問はやっぱり尽きないけど、ナダールが悪くない話って言うなら……
「私は聞いてみたいな」
「私共もお話を伺うのは構いませんが……」
私と社長さんが頷くと、ナダールが立ち上がった。
「良かった。実は今日、この近くの劇場にいるんです。呼んできていいですか?」
「私は良いけど」
「私共も大丈夫です」
「では、少し……一〇分もかからないと思います。失礼いたします」
返事を聞いたナダールが立ち上がって、会議室を後にした。
「近くの劇場と言うと、二つ隣の国立大劇場ですかな?」
「あ、そうですね! だとしたら、かなり有名な方ですよね~」
そんなのあったっけ? いつも馬車で通り過ぎるからこの辺り何があるかイマイチ解っていないんだよね。
でも、サンダーさんとスーイさんの話しぶりから言って、都心の真ん中にある大劇場ってこと? 結構すごいのでは?
「……アーシャ、ナダールの親戚って有名な人なの?」
「はい。とても有名なベテラン俳優さんです。お顔もかっこいいですよ」
「へ~」
高齢になっても劇場に立っているってことはそうなんだろうな。
ナダールも派手ではないけど整った顔しているし、クール系イケおじみたいな感じ?
「ナダールさんにはあまり似ていませんね」
「ふーん。そうなんだ」
そう言われても、脳内でナダールを八〇歳くらいに老けさせた姿を想像していると、程なくして会議室のドアが開いた。
「お待たせしました。私の母方の祖父の弟にあたります。俳優のラヅ・リバースリバーです」
「初めまして。ラヅ・リバースリバーです。気軽にラヅとお呼びくださいね? 舞台稽古を抜けてきたのでこんな格好ですみません」
ナダールに続いて入ってきた男性は、アーシャの言う通りあまりナダールと似ていなかった。
ナダールは暗い色の髪を後ろに撫でつけているけど、この人は明るい金髪で少しウェーブのかかった長めのラフな髪型。
目の色も、こげ茶っぽいナダールとは違って明るい青色。
顔立ちもすごく華やかでパーツの一つ一つの存在感がある。
ラフなTシャツに作業ズボンで、会議だからジャケットだけは慌てて着て来ました~……みたいなラフな服装なのに、背が高くてスタイルが良いのがすごくよく解って…………なにより………若い。
絶対にナダールよりも若い! 二〇代半後半くらいに見える。
若いし、しかも……しかも……。
「う、うそ……MOKUSEIのタクトくん……?」
「あぁ、やはり似ていますか?」
絞り出した震える声に、ナダール以外は全員首を傾げる。
そうだよね、知らないもんね。
私が元の世界で大ファンだったアイドル。MOKUSEIのタクトくん。
彼の外見にかなり似ている。
もちろんよく見たら目の前の彼はより北欧系の顔立ちで、アジアっぽい親しみやすさが無く、眉毛の形や髪型も違う。身長も少し高い。
だけど……パっと見の印象がかなり近い。似ているだけじゃなくて、アイドルが醸し出すオーラも持っている気がする。
思わず大ファンですって言っちゃいそう。
「だ、だ、だ、だ、だ、大ファンです!」
そう、こんな感じで……ってあれ? この声は私じゃない。
アーシャでもスーイさんでもなくて……
「……社長さん?」
社長さんが口元を両手で覆いながら真っ赤な顔で立ち上がっていた。
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