第18話
出版社のいつもの会議室で、机に置かれた「売り上げデータ報告書」とタイトルのついた紙の束の一枚目をスーイさんがめくる。
「では、初動一週間の売り上げデータをまとめましたので、報告したいと思います」
漫画の発売から九日経った。
店頭で売れている様子を見て少し自信はついていたけど、ここ数日ずっとソワソワしていた結果がとうとう……。
ドキドキしながらスーイさんの言葉に耳を傾けながら書類に視線を向けた。
「まず、この七日間の総売り上げですが……献本や社内配布・広報分、王室・学校寄贈分などを抜いて、五十八万四五六部売れました!」
「素晴らしい売り上げです! ありがとうございます!」
「いやぁ、めでたいですなぁ!」
スーイさんの力強い言葉に、社長さんやサンダーさんが満面の笑みで手を叩く。
ナダールとアーシャもにこやかに手を叩いてくれるけど、この二人は商工ギルドの新聞で先に数字を見ていたらしい。毎日「大丈夫ですよ、心配いらないですから!」と言われ続けてきた。
みんなが笑顔で喜び、祝ってくれているわけだけど……
「五十八万部って……良いんですよね?」
元の世界でもこれだけ売れたことは無かった。
だから、漫画家としてこれだけたくさんの人に読んでもらえたことはとても嬉しい!
嬉しいけど……気になるのは一〇〇万部発行した内の五十八万部ということ。
それに、この世界では普通の数字かもしれないという不安がある。
「もちろんです! 十年かけても十万部行かない本も沢山ありますよ! 歴史的大ヒットです! 新聞や教科書などの実用書を除けば、昨年のナンバーワンセールスでも一年かけて四十万部です!」
「そうなんですね……なら、よかった」
スーイさんがすごい勢いで顔の前まで飛んできて力説してくれたことで、やっと自信が持てた。
とりあえず、この世界の本としては成功のようだ。
協力してくれた人や応援してくれた人に申し訳が立つ。
でも、私の目標は「売れればいい」と言うものじゃない。
「反応はどんな感じですか? 内容も評価してもらえている感じですか? それとも、異世界の絵が珍しいと言うだけとか……?」
流行にのって買ってみただけと言うのだと困る。
売れる=元の世界に帰れるわけではないから。
「そうですね。では、売り上げと届いている感想カードの情報からまとめた推移を見ていただきますね」
スーイさんが報告書を捲ると、右肩上がりになっている折れ線グラフが書かれていた。
「まず初日。やはり異世界作家の異世界作品ということで、文学ファンが多いやや高めの年齢の男女の購入が多いです。あとは、異世界技術に興味がある技術者や学者がよく利用しそうな立地の書店で売れていますね。しかし、二日目以降は若い女性の購入が一気に増えています。ロックガーデンさんからいただいたデータと照らし合わせると、同時発売だった異世界服を購入したお客さんの約七割が三日以内に本を購入しています」
「逆に、本を先に買った若い女性の約半数が、異世界服を三日以内に購入してくださっています」
スーイさんの言葉に、アーシャが嬉しそうに捕捉する。
服の方も結構売れているんだ……?
「服からの流入の方が多いので、ロックガーデンさんには感謝しかありません」
「いえいえ! 実はこの一週間で約三ヶ月分の売り上げが上がっているんです。異世界服はもちろんですが、組み合わせて着る、制服に似た形のシャツやジャケットも売れているんです」
「解ります! 私も、ジャケットは持っていたものですけど、シャツは買い足しました」
目の前のスーイさんも社長さんも、アーシャの店の膝丈プリーツスカートを履いている。
上半身はスーイさんがシャツとジャケット、社長さんはカットソーにジャケットだ。
元の世界の感覚では、女子高生のコスプレ……いや、とても似合うし、別にプリーツスカートは女子高生しか着ないわけじゃないし、うん。喜んでもらえてよかった。うん。
「話が脱線しましたね……えっと……若い女性の売り上げもコンスタントに上がっています。コアな文学ファンとトレンドに敏感な若い女性という両極端なコミュニティから口コミが広がることで、中間層である一般男女にも徐々に浸透しています。この層は明日、商工ギルドの週間ヒット商品発表に合わせた第二弾の新聞広告で更に取り込めると思います」
スーイさんの言葉に、隣に座っていたサンダーさんが満面の笑みで頷く。
「あと一週間くらいは売り上げが増加か横ばい。その後はやや落ち着くとみとるんです。つまり、増産しないと間に合わないんですわ」
「増産!? もうですか……?」
一週間で増刷が決まったことはある。
でも、一〇〇万部のうち四〇万部くらいがまだ残っているのに!?
「実はもう工場には連絡済みで、明日から複製に入る予定なんですわい」
「明日から……ちなみに今度は何部ですか?」
「また一〇〇万部の予定なんですがなぁ……予想ではこれでも足りなくて来週には更に増産になるでしょうな」
「そんなに……!」
二〇〇万部以上?
元の世界で一番売れていた少年漫画レベル……?
すごすぎて実感がわかない。
それに、インターネットやSNSが無いから、読者の反応が全く分からない。
本当にそんなに好評?
みんなが嬉しそうなのにイマイチ笑顔になれないでいると、社長さんがハガキくらいの大きさの紙の束を机に置いた。
「ヤダ様。そんなに心配なさらないでください。これだけ広まれば流行に乗って買うだけで内容を深く考えない読者もいるとは思いますが、ほとんどの読者はヤダ様の漫画にとても感銘をうけているんですよ」
「そうです! たった一週間でこんなに読者カードが返ってくること、初めてです!」
社長さんの言葉にスーイさんも全身を使って頷く。
そういえば読者カードを挟むって言っていたな。
元の世界にもあったものと同じで、専用のカードに感想を書いて出版社に送り返してもらうという……。
「ほら、例えばこちら。感想欄にこんなに細かい文字でびっしりと……繊細な心の機微を汲み取ったストーリー、登場人物のイキイキとした表情や心象風景の表現による感情表現、独特の世界観、全てに感動したと言う感想がたくさん来ています」
社長さんが見せてくれた数枚のカードには、感想欄の本来のキャパシティーの四倍くらいの量の文字が描き込まれていた。
な、なんか大仰な感想だけど、ナダールや出版社の人にもそう言われていたから……まぁ。
私の話で感動してくれて、心に響いていることには変わりないし。
ちょっと安心していると、今度はサンダーさんが数枚のカードを机に並べる。
「あまり物語の絵本を好まないドワーフの間でも、これなら面白く読めると好評ですぞ! それにこの緻密な絵の評価はすごいもんでして、例えば……ほら! 奇抜な建物が多いにも関わらず力学的におかしいところが無く、ため息をつきながら惚れ惚れと眺めていましたという意見が沢山来とります!これなんかカードにも作中の建物を自分なりに別方向から描いてみたファンアートが!」
んんんん?
キャラクターのファンアートが描かれた感想のお手紙は何度ももらっているけど、ビルのファンアート……しかも、主人公の家や学校でもなく、デートで訪れた駅ビル……まぁいいか。うん。上手いな。四十五歳の建築業の方からか。
サンダーさんの差し出してくれたカードを眺めていると、スーイさんが更に一〇枚くらいカードを広げた。
「若い女性からはやはりファッションに関するコメントが多いですね。あと、ライバルの男の子がカッコイイとか、こっちとくっつけば良かったのになんて意見もありますが、みんなしっかり内容も楽しんでくれているようです」
おぉ!
スーイさんが差し出してくれたこのカード、既視感すごい!!!!
元の世界のファンレターみたいに、かわいい色のペンで書いてくれていたり、星マークやスマイルマークのような絵が描いてあったり!
さっきの感想ももちろん嬉しかったけど、やっぱりこれこれ!
若い女の子が楽しんで、ときめいて、漫画の世界にあこがれを持ってくれるのが少女漫画家冥利に尽きる!
「そっか~! よかった!」
「ほら、こっちも見てください! 普段はあまり本を読まないけど読めたなんて感想もあります。ヤダ様の漫画は国民に感動を与え、上質な読書体験による読書意識の向上に繋がっていると思います!」
それは言いすぎのような気もするけど……。
歴史的な発行部数で、読んだ人の大半が何かしら琴線に触れるものがあって、国民の読書意識の向上にもなったなら……。
「これなら、元の世界に帰れるかも……」
やっと希望が見えて呟いた言葉に、スーイさんが報告書を二ページほどめくる。
「そうですね。増刷分が行き渡るまで時間がかかるかもしれませんが、予想では……あ、ここです! 三ヶ月で五〇〇万部も狙えると出ています」
「人口の約五パーセントですな。しかし、一冊の本を家族で共有したり、友人に貸したり、学校などに寄贈した本を読む人もいると考えると……この国の大半の人間に感動を与えることが可能と言って過言はないでしょうな」
「大半の人に感動……じゃあ!」
元の世界に帰る条件は「この国に貢献し、多くの国民に感謝されること」。
感動を与えれば、感謝してもらえる……よね?
この世界はこの世界で魅力的なところもあるけど、やはり住み慣れた世界が恋しい。
だから「帰れそう」……そう思うと自然と表情が緩んだ。
「担当者の立場としては、ヤダ様の漫画をもっと見たいので帰ってしまわれるのは寂しいですが、きっとこれだけの偉業ですから、帰れると思いますよ」
「他の作家への影響も計り知れませんし、 まだまだ居て頂きたいのはやまやまじゃが……本が売れるのを止めるわけにもいきませんからなぁ」
出版社の人たちが嬉しそうな寂しそうな複雑な表情を浮かべる。
この本が出るまでに沢山尽力してくれた人たちだ私も寂しいけど……。
「元の世界に帰るまでに、描けるだけ描いていきます!」
「お願いします!」
「売り上げや契約のお金を渡せないかもしれませんな。帰られることを考えずに、通常期間の契約にしてしまったばっかりに……」
「あ、その場合はお城に……私の滞在費とかが掛かっていると思うので。あとは手伝ってもらったアーシャとナダールにも……」
そういえば、物が売れて実際にお金が入ってくるのは後か。
ここのお金を元の世界に持っていってもややこしいだろうし……そう思ってあまり考えずに言った言葉に、アーシャとナダールが大きく首を振る。
「え!? そんなのいただけません! お給料はお城から出ていますから」
「そうです。滞在費も、こちらの世界が勝手にお呼びしたので負担は当然ですし、救世主様用の特別予算があるので気になさらない方が……ただ、本の売り上げに対する収入に税金がかかるので、それだけは納められるようにした方がいいですね」
「あ、税金……確かに。後は何だろう。私がいなくあった後も本を増産したり売ったりする権利とか契約とか?」
自分が帰ることばかり気にして、帰った後のことなんて考えていなかった……。
折角みんながきちんとしてくれたんだから、最後まで迷惑かけないようにしたいとは思う。
「私では答えられませんので、今までの救世主様がどうされていたかなども城の役人に確認します」
「こちらも、法務部と確認しておきます。基本は……失礼ですが、亡くなられた作家様と同じ扱いになるとは思いますが」
「そうですね。ただ、現状ミヤコ様の後継人は王家となっていますので……確認して、ミヤコ様にも出版社の皆様にもお伝えするようにします」
お金や本のことだけじゃないな。
元の世界に戻る時、何か持っていけたり着ていけたりするのかな?
数は少ないけど、荷物の処分もお願いしないといけないし。
戻るのって急なのかな?
だとしたら、お世話になった人へ挨拶もあらかじめしておきたいし……。
本の売れ行きも、感想も、想像以上に良くて……
この時の私の頭の中はもう、元の世界に帰ることでいっぱいになっていた。
読んで頂きありがとうございます!
1ヶ月続けられたので、ここからはちょっとだけゆっくり更新になります。
(1週間以内に更新予定)
書き溜めができたらまた更新ペースを上げる予定です。
読んで頂けると嬉しいです!!




