第2話
「……?」
包まれていた光が徐々に弱くなっていく。
目が慣れなくて、なかなか周りがハッキリ見えないけど……
「……え?」
おかしい。
ここ、私の部屋じゃないの?
仕事場兼自宅だから部屋数は多いけど、仕切りが多くて狭く感じる4LDKじゃない。
もっと広い空間だ。
音がすごく響いているし、ざわざわと沢山の人の話し声が聞こえる。
「おぉ、久しぶりの救世主様だ」
「前回の救世主様よりも小柄……女性だな」
……なんか、不穏な単語が聞こえる……。
嘘だよね?
そんな、まさかね?
「…………」
段々慣れてきた目を薄く開く。
見慣れたクリーム色の壁紙は見えなくて、遠くの方に中世ヨーロッパのお城みたいな無駄に装飾の多い壁が見える。
呆然と立ちすくんでいる足元は、ホームセンターで買った安いカーペットではなくて毛足の長い赤い絨毯。
「…………?」
私から少し離れてこちらを見ている人影は、魔法使いみたいなローブを被っている人、人間にしては大きすぎるサイズで鎧を着ている人、兵隊としか言えないような格好の人、そして……正面のいかにも「王座」といった豪華な金ピカの椅子に座っているのは、王様っぽい王冠やマント姿のおじさん。
「ようこそ、救世主様」
「あー……」
一瞬で理解した。
これでも漫画家の端くれなんだ。
ファンタジーは詳しくないし、魔法なんて信じていないけど、理解してしまった。
いわゆる異世界転生? 召喚?
あの魔導書がカギとかそういうことでしょう?
「混乱されていると思いますが、私から説明させて頂きます」
とんがり帽子こそ被っていないものの、紺色のローブで赤い大きな石のはまった杖を持ち、銀色の長い髪の毛と長いひげをたくわえた「魔法使いです」と言った風貌のおじいさんが私に近づき、年のわりによく通る声で話し始めた。
「ここは、あなた様の住んでいた時空とは別の時空……異世界と言えば理解していただけますでしょうか?」
「あ、はい。なんとなく」
「この世界では、大陸の西半分を三つの王国が統治し、東半分を魔王が統治しております。ここは西の王国の中でもヒューマンが主に住んでいるハンシェント王国です」
「なるほど」
よくあるやつだ。
信じたくないけど、よくある「人間の国王が魔王を倒すために異世界の勇者とか救世主を呼ぶ」やつだ……。
「あなたがなぜこの国にいるかと言いますと……西の三国と魔王の国は古来より戦争を重ねており、魔力の強い魔王軍に何度となく滅ぼされかけてきました。そこで、魔王に対抗できる救世主を異世界から呼ぶために、異世界とこの世界を結ぶゲート魔法『扉の書物』を作り出したのです」
「あ」
魔法使いのおじいさんがローブの下から取り出した本は、私が担当者から送られた本と瓜二つだった。
「才能が有り、剣や魔法といった争いを好まない者がこの本に触れると、こちらの世界に連れてくると言う仕組みになっております。勝手にお呼びして申し訳ございません。救世主様にはご迷惑かと思いますが、この国のため仕方がなく……」
「あー……はいはい」
才能って漫画の? 絵の? 戦争に役立たないけどいいの?
それに、剣と魔法は苦手って言ったけど、戦争映画はちょっと好きだったりするんだけど大丈夫?
いや、そもそも私って戦えないけど?
引きこもり漫画家だから外見は中肉中背だけど筋肉が少なくて体力がないし、中学と高校は吹奏楽部と美術部でスポーツは苦手。成績は良い方だったけど学年トップほどではない。顔も一時間かけて化粧をすれば美人になれるけどスッピンは地味……。
もしかして、異世界からくると勝手に特殊能力が身に付くとか?
いや、そんなのがあったとしても、そもそも、他人の国家のために命かけるのは嫌なんですけど?
「そして、その……大変申し訳ないのですが……」
何? その気まずそうな顔。
もしかして、すぐにでも命をかけて戦いに行けとかいうの?
ちょっと待って、流石に……
「お呼びして大変申し訳ないのですが、戦争は一五〇年ほど前に終わっていまして……」
「へ?」
「戦争が終わったにもかかわらず、当時切羽詰まって異世界にばら撒いた書物が一〇冊ほど回収できておらず……」
え? それってつまり……
「こちらの都合で勝手にお呼び出ししたのですが、特にして頂くことがないのです。申し訳ございません!」
魔法使いのおじいさんはもちろん、周りの鎧姿の人、兵隊、王様まで一斉に私に向かって頭を下げる。
「「「「申し訳ございません」」」」
は?
何? 信じられない。
戦うのも嫌だけど、これは勝手すぎる。
益々、異世界ファンタジー嫌いになるんですけど????
あ、でもそうか。
「じゃあ、すぐに帰って良いわけですね? 早く元の世界に帰してください」
ちょっとムカつくけど、命がかかっていたんだろうし、反省もしているみたいだし、戦争で危険な目にあうよりはよかった。
面白い体験をした。
……と、今ならあきらめがつくから早く帰して。
「そ、それが……その……お帰り頂くためには、『この国に貢献し、多くの国民に感謝されること』が必要でして……申し訳ございません。先代が戦禍で生きるか死ぬかの瀬戸際に縋る思いで作った書物でして、一方的な契約内容なのは重々に承知なのですが……」
……。
怒ればいいのか、絶望すればいいのか、悲しめばいいのか、呆れればいいのか。
感情はぐちゃぐちゃだけど、それよりもなにより大事なのは……。
「……それ、帰れるんですか? 私……」
戦争もないのに、貢献?
国民の役に立つ?
国民が何人いるのか解らないけど、一人や二人じゃなくて、たくさんの人間に貢献するって普通の世界でも難しいのに。
血の気引いてきた。
「あの、参考になるかはわかりませんが、歴代の救世主様は、素晴らしい格闘技で魔王軍の大将を倒したり、医薬品を生成し多くの国民の命を救ったり……平和になってから来ていただいた救世主様は美味しい料理で国民の舌を満足させたりされました」
なるほど……最初の二つは無理でも、美味しい料理で満足でもいいなら、なんとかなりそうな気もする。
私が特別にできることって、漫画や絵を描くことだからそれで…………それで、どうする?
「……あの、異世界から来る時に特別なスキルをもらえるとか、何か……特別なことはないんですか?」
確か、同じ雑誌に連載していた漫画では「地味子なのに異世界でモテモテ!? 自動でチャームの魔法がかかる固定スキルで逆ハーレムからのホストクラブ経営がんばります!」というのがあった。
何か……救世主ってくらいだから、何か……あるでしょう?
チート能力とか、伝説のアイテムとか……!
「そうですね……来ていただくときに意思疎通がしやすいよう、自動で言語変換魔法が常にかかった状態になるのと……時空を超える副作用として肉体が活性化され、この世界にいる間は不老不死になります。あ! 戻られた時に元の世界での生活に影響が出ないよう、召喚させて頂いた日の同じ時刻に戻れますので!」
「つまり、この世界でいくら時間をすごしても、元の世界のこちらに来た瞬間の時間に戻れるってことですか? 不老不死だから見た目も変わらずに」
「はい、そのような術式になっております。間違いございません」
魔法使いのおじいさんが、手に持った書物のページをめくりながら答える。
よくわからないけど書いてあるのか。
でも、魔法? 術式? それなら……。
「他の魔法で今すぐ帰していただくことはできないんですか?」
私の言葉におじいさんは書物から顔を上げたあと、申し訳なさそうに項垂れた。
「できなくはないのですが、同じ場所の同じ時間に帰すには、こちらへ呼んだ時の術式のルールで帰って頂かないと無理だと思います。時空間の移動は難しいので、細かい移動先の設定が失敗する可能性が高く……この書物を作った先代の偉大な魔法使いはもう亡くなっていますし残念ながら現存する魔法使いでは……申し訳ございません」
まぁ、そうか。
それで帰れるなら先の救世主もそうしているか。
「私どもの勝手で大変申し訳ございません。救世主様がこちらで滞在させる間の生活のお世話は誠心誠意をもってさせて頂きます! 帰れるお手伝いもいくらでもさせて頂きます!」
「はぁ……」
また、魔法使いやその周りの大きな鎧や兵隊、国王や、いつの間にか増えていたなんか偉そうな人たちやメイド服姿の人たちや執事っぽい人やお姫様っぽい人、総勢一〇〇人以上に一斉に頭を下げられた。
「「「「「「「意味もなくお呼びして、誠に申し訳ございません!!!!!」」」」」」」」
怒っても泣いても帰れるわけじゃない。
ため息しか出なかった。