第15話
「ミヤコ様、いよいよですね」
発売日の朝、あんなに忙しかったのに当日はやることが無くて、のんびり朝食をとり、食後のコーヒーを啜りながら一足先に届けられていた自分の漫画本を手に取った。
ペンネームは本名のミヤコ・ヤダ。
タイトルは何の捻りもない「私の好きな人」。
装丁は沢山の人に読んでもらいたいから簡易な物で良かったのに、出版社の社長さんが「この本は手元に置いて長年楽しみたいので、劣化しにくいしっかりした装丁にさせてください!」と譲らなくて、無駄に豪華な革張り上製本にカラーイラストの紙カバーをかけたもの。元の世界のハードカバーの単行本のような仕様だ。
本文は内表紙やおまけイラストに解説ページなどを加えて四十八ページ……片面印刷だから紙の枚数は元の世界の時の倍になる。
値段は銀貨十枚。
物価がまだつかみ切れていないけど「しっかり食べる日のお昼ご飯代くらいです」とアーシャが言っていたから、だいたい千円くらい?
元の世界では、約二〇〇ページで六〇〇円ちょっとの単行本を出してもらっていたから、割高のような……いいのかな……いいんだよね……?
お願いします、売れてください。
そして、たくさんの人が感動してください。
そしてそして、私を元の世界に……戻れるのかなぁ~~~……!!!!
不安、心配、落ち着かない……。
みんなの懸念通りコアな文学オタクにしか売れなかったとしても、その人たちを感動させれば帰れるのかな……あとは、本が売れなくてスカートだけ爆売れしたら……それはファッションデザイナーに転身って手もある?
どちらにしろ、国民の一部にしか響かない?
うーん……。
「はぁ……」
大きなため息をつくと、アーシャがコーヒーのおかわりを注いでくれた。
「心配されなくても大丈夫ですよ、ミヤコ様。絶対に売れますって」
「みんなも頑張ってくれたし、そうだとは思うけど……ねぇ、どれくらい売れたとかっていつわかるのかな? あと、どんな人に売れたとかそういう細かいデータってわからないよね?」
それが解れば気持ちを切り替えて次回作への対策も立てられるんだけどな。
元の世界みたいにレジのデータを集計する仕組みもないだろうし、インターネットで反応を見ることもできないから、市場の評価が私に届くまでは時間がかかるはず。
この待つだけの時間ってもどかしい。
またため息を吐いていると、ナダールがいつの間にか契約書の束を持って隣に立っていた。
「契約書では一ヶ月ごとに売り上げ分の契約料を振り込むとあるので、その際に一ヶ月分の売上データは頂けると思いますが……頼めば明日にでも初日の売り上げデータはもらえると思いますよ」
「でもそれって出版社が書店に卸した数だよね? 作った数は知っているから、実売が知りたいんだよね~……」
私に期待して一〇〇万部も作ってくれているのに、売り上げが少なかったら申し訳なさ過ぎる。
知りたいけど知るのが怖くなってきた。
またまたため息をついていると、二人が不思議そうに首を傾げながら声をかけてくる。
「……? 売れた数を教えてもらえるはずですよ。卸した数は関係ないですし」
「私のお店との契約も、売れた数をお伝えして、契約料をお支払いしますよ? まとめて一ヶ月の予定でしたが、本日分を先にお伝えしましょうか?」
「……いいの? 今日の分とか、そんなに簡単に解るの?」
「……」
「……」
アーシャとナダールが顔を見合わせる。
私が変なことを言っても異世界の人間だから当然で、馬鹿にせずいつも丁寧に教えてくれる二人だけど、どうやら少し戸惑っているようだ。
「ナダールさん、ミヤコ様にどこから説明すべきでしょうか……」
「お金のやり取りを普通にされていたし、漫画にもお金が登場していたから……基礎は同じかと……」
んん? お金?
国の役人に「こちらはヤダ様が自由にお使いいただけるお金です」って金貨が入った巾着袋みたいな財布を渡されたから、買い物や食事の金額に合わせて支払っていたけど、特に困ったことは無かった。
作中で登場人物が自販機でジュースを買うシーンでは、お金に何のツッコミも入らず、ナダールが自販機の仕組みに驚いて細かく聞かれただけだった。
……お金、何か違うの?
「ミヤコ様、ご理解されていることもあるかもしれませんが、一度この国のお金について説明させて頂きます」
「うん。よろしく」
ナダールが「失礼します」と断って、テーブルに出しっぱなしだった私の財布から、この国の紋章らしい王冠を被った虎の刻印が入った金貨、同じデザインで一回り小さい銀貨、更に一回り小さい銅貨を一枚ずつ取り出して目の前に置いた。
「まず、この国では金貨、銀貨、銅貨の三種類のお金があります。それぞれに使用されている金属は利用価値が高く重宝されているので、貨幣が無かったころの物々交換でもよく出回っていました」
この辺りは元の世界でも同じだよね。昔のお金は小判とか金貨とか、そのもの自体に金の価値があるものだったはず……。
「ただ、物々交換ではトラブルも多かったので……国が採掘所の運営に乗り出し、大きさや重さ、純度を統一して物々交換をスムーズに行えるように管理したものがこのお金の原型です。詳しいことは省いていますが、だいたいの成り立ちや意味はご理解いただけますか?」
「大丈夫。元の世界でも金や銀のお金があって、だいたいそういうことだった」
「では実用的な部分の説明を……貨幣は、金属の希少さから銅貨一〇〇枚が銀貨一枚、銀貨一〇〇枚が金貨一枚の価値があります」
それは店に並ぶものの値段でなんとなく解っていた。私の中では銅貨は一円玉、銀貨は百円玉、金貨は一万円札の感覚でいる。
ここまでは特に違和感はない。
海外旅行で全然知らない現地の偉人が印刷されたお金を使う時と同じだ。
世界が変わってもお金の役割って同じだよね。
すでに外食や買い物でお金を使ったこともあるので勝手に同じだと思い込んでいたけど……ここからのナダールの説明でその考えは吹っ飛んだ。
「これらのお金は全て、王国所属魔法技師による記録魔法が掛かっています」
「記録魔法?」
「所有者が誰か、お金に記録されるんです」
「……私の財布の中のお金は、私の所有物だって記録されているの? 何の手続きも無く国の役人さんからもらったお金だけど」
見た目はただの金属のプレート。元の世界の硬貨より少し大きいだけで何か記録されているようには見えない。
「はい。国がミヤコ様に所有権を与える、ミヤコ様がもらうと認識して受け取った時点で、ミヤコ様のものとお金に記録されます。その証拠に……ここに番号が書かれています。これはミヤコ様の財産番号です。通帳を作る時にも記入しました」
製造番号か何かと思って気にしていなかったし、通帳を作った時は忙しかったからナダールに言われるがまま書類を書いていて、何のことかよくわかっていなかったな……。
「本当だ……魔法を使うなんて意識なかったのに」
よく見たら金貨も銀貨も銅貨も全部同じ、0798N-2438と刻印されていた。
「利用者に魔法を使うという意識が無くても大丈夫です。受け取ると認識するだけでお金にかかった魔法が発動しますから」
「これ、支払う時は?」
「会計の時に明細と店名を見せられますよね? それに払うのだと認識して支払えば、自動的に所有権が販売店に代わります」
確かに。外食の会計の時には「カレーライスセット金1枚×3 ……合計金3枚 スパイスハウス五番館」みたいなことが書かれた紙を見せられて、「金貨三枚出せばいいんだな」と思いながら会計をした覚えがある。
数少ない支払いの経験を思い出していると、アーシャが銅貨を手に取って番号の部分を指差した。
「その時に、財産番号が書かれている所有者本人がお金を使わないと、ここの番号がお店の番号に変わらないんです。本人以外が勝手に使うことができない防犯システムなんです」
「落としたり、盗まれたりしても勝手に使われないってことか……」
え……これ……。
これ、いい! 元の世界でも強盗やひったくり事件はあったし、一回だけ酔って財布を落としたことがある。
無事に返ってきたけど、見つかるまで気が気じゃなかった。
「はい! その通りです。役所に届け出れば自分の番号のみ追跡ができるので、落としても探し出せます。奪われて不正利用しようとしても記録が残ります」
「もちろん複製もできません。金属のプレートに複製した特別な刻印の金属を貼り合わせてあるので……ほら、斜めから見ると国の紋章入りの複製マークが見えます」
ナダールに促されて金貨を手に取って斜めから見ると……
「あ! 他の複製品についているマークと違う!」
先日の原稿を複製した時のマークも、本の奥付や服の内タグといった商品についているマークも、場所や大きさ、見える角度は違ったけど同じ形の複製マークだった。でも、お金の複製マークだけは貨幣に刻印されているのと同じ、王冠を被った虎の紋章。元の世界でいうと、紙幣の透かし?
単純に……なんならレトロに見えるお金の一つ一つに、元の世界では考えられないような機能が色々ついているなんて……!
「落としても盗まれても安心でニセのお金を作られる心配もない……すごい……あらゆる防犯対策が完璧すぎる」
「昔は戦争もあって治安が悪かったので、多少使い勝手が悪かったり、作る手間がかかったりするとしても、防犯面を強化すべきと六代前の王様がこだわったそうですよ」
六代前……それ、かなり昔の話じゃないの? そんなに昔からこんなすごいお金が使われていたの?
「なるほど……今は平和そうなのに、そんな時代があったんだ……それにしても、昔からこんなシステムだったなんて……」
元の世界の最新のお金であるバーコード決済や非接触の電子マネーは便利だけど、防犯面で言えばこっちの方が優れているかもしれない。どう発達するかはお国柄だよね……。
感心していると、アーシャがまた銅貨を手に取った。
「戦争が終わってからは徐々に治安が良くなり、今ではオーバースペックだと言われていますけどね。でも、ここ一〇年ほどでは、この記憶魔法の新たな使い道ができて、私たち商売人には欠かせない物になっています!」
「……更に機能があるの?」
「はい! ここからが、先ほどの売り上げの話になります。一〇年ほど前に確立された機能なのですが、記録魔法の書き出し帳というのがあるんです」
これ以上のスペック……理解できるか心配しかない。
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