第13話
出版社とアーシャの実家の店へ行った翌日。
原稿の修正を終えて、三時のお茶を飲んでいる時だった。
「ミヤコ様がいらした世界には、ヒューマンしかいないんですか?」
原稿を念のためチェックしてくれていたアーシャが、不思議そうに呟いた。
元の世界が舞台になっているから、漫画の登場人物は全て人間。様々な種族がいるこの国の住人からすれば不思議なんだろう。
「ヒューマンしかいないよ。動物は色々な種類がいるけど、意思疎通ができて一緒に社会を形成しているのは、ヒューマンだけで、エルフやドワーフは空想上の生き物だったな」
「不思議ですね……」
アーシャが原稿を机に置いて、首を傾げる。
「エルフやドワーフが存在しないのに、空想上の生き物として一般的に知られているということですよね?」
「え? ……あ、あー……そういえば。異世界に行けばエルフやドワーフがいるっていう認識はなぜかあったし、本や映画でしか見たことが無かったのに、この世界のエルフやドワーフを見て、『エルフだ! ドワーフだ!』ってすぐに解ったのは……あれ? なんでだろう?」
ファンタジーにあまり詳しくない私でも、エルフは美形で長寿とかドワーフはずんぐりしていて体力があるとか、だいたいの特長を知っている。
漫画やゲーム、映画なんかで自然と覚えていたことではあるけど……細かい部分は違っていても、元の世界で知っていたエルフやドワーフと、この世界のエルフやドワーフは同じように思う。
「元々、エルフもドワーフ私の住んでいた国ではない、別の国で大昔……神話って言う伝説の話? みたいなものに登場していて……神話の頃は違うかもしれないけど、私のいた時代の私のいた国では、『同じ世界にいるかもしれない不思議な存在』というよりは、『別の世界にいる不思議な種族』っていう認識が広まっていたな」
有名な海外映画とか世界的に人気の児童書とか、話題の漫画やラノベやアニメ、ゲームの知識でしかないけど……そんなに間違った認識ではないよね? 元の世界の大半の人は「異世界に行けばエルフやドワーフがいるかも!」という謎の共通認識があって、実際にこの異世界にはエルフやドワーフがいた。
これって……?
アーシャと二人で考え込んでいると、部屋の端に置いてある執務机で書類を整理していたナダールが、振り返りながら口を開いた。
「以前の救世主様が元の世界に戻られた時に、こちらの世界の話をしたのではないでしょうか?」
「あぁ、それはあるかも!」
確かに。
私の前にも救世主が来ていたらしいから、別々の文化が合致したと言うよりも、エルフやドワーフに会った人が帰ってから広めたと考える方が自然だ。
「確か、この国に来て頂いた最古の救世主様は約六五〇年前です。神話というのはそのころにできたお話なのでは?」
ナダールの意見に「それだ!」と思ったけど、六五〇年か……大昔ではあるけど……。
「神話は六五〇年よりももっともっと前なんだよね……あ! でも、時空を超えているんだから、この世界にとっては六五〇年前でも、私のいた世界にとっては二〇〇〇年以上前なんてこともあり得るのかな?」
「それは……時空や転移の魔法は詳しくないのでなんとも言えませんが……書物を送った年代が基準となって……時間経過は同じはずなのでそういうことにはならないと思います」
ナダールが首を捻る。
私にはこの世界の「魔法」はかなり万能で、何でもアリの便利能力の様にみえるけど、軽く仕組みを知っている二人からするとそうでもないらしい。
「ならなさそうですよね。私も詳しくないので、おそらくですが……。そうだ! エルフやドワーフ以外の種族もそちらに伝わっているんですか? まだミヤコ様が会われていない種族も色々といるんですが?」
「えーっと……種族なのか何か解らないけど、異世界にいると思われているのは……エルフ、ドワーフ、ホビット……獣人ってどう言うんだったかな……コボルトとか狼男? 人魚? あとは、ゴブリン、オーク、オーガー、スライム、ドラゴン、デーモン、ケンタウロス、ミノタウロス、ユニコーン、ペガサス……」
色んな神話やファンタジー作品の知識がごちゃ混ぜで、種族なのかモンスターなのか微妙なラインもいるけど、思いつく名前を片っ端からあげていく。
「え……そんなに?」
「しかも、種族と言うより……」
二人が驚いている。
きっとこの世界にどれもいるんだろうな。
だったら、もう少し……
「イフリート、ケツァルコアトル、オーディン、シヴァ、セイレーン、ケルベロス、コカトリス、メデューサ、トロル、ゴーレム、ミミック、グリフォン…グリフィンだっけ?」
種族と言うより、もうモンスターや神に近いものの名前しか出ない。
こんなところか。
「他にもいっぱいいるけど……ざっとこんな感じかな?」
「……えっと……ほとんど、この世界にも存在します。でも……なんか……」
「種族だけでなく、モンスターだったり……個人名だったりするのですが……少し、歴史の本を確認してもいいですか?」
ナダールが立ち上がって、執務机の隣に置いた本棚に向かう。
アーシャに揃えてもらった流行の絵本や、この世界の勉強になるような本が置かれていて、そのうちの一冊をナダールが手に取った。
「確か……あぁ、やはり!」
表紙に『きほんの歴史』と書かれた、本来は子供用の解りやすい歴史年表だと言われて……いつか読まないといけないなと思いながらまだ開けていなかった本だ。
「ミヤコ様が今おっしゃった中で、オーディンやケツァルコアトル、シヴァは……数千年前の戦争で活躍した魔族軍の武将の名前です」
「武将?」
「あ! やっぱり武将ですよね!? えーっと……それに、オークやゴブリンは有名ですが、メデューサやセイレーンは魔族の方の少数種族のはずです。辺境にしかいないから、この国がその存在を知ったのは戦争が終わってからしばらくして……今から一〇〇年前くらいのはずです」
「かなりざっくりだけど、メデューサは髪の毛が蛇の女の人で、セイレーンは海にいる歌の上手い女の人って認識なんだけど」
「おおよそ合っています。どちらも女系の種族ですね」
「……そうか……」
オーディンとかケツァルコアトル、シヴァ……よくゲームに出てくるけど、元ネタは千年以上前から伝わるどこかの神話のはず。そんな昔から、こっちの世界の昔の人の名前が……?
逆に、元の世界の昔の人が異世界にやって来て、神話に出てくる神様の名前をこっちの魔族に付けたって可能性もあるよね?
でも、辺境の少数魔族は……?
ナダールが歴史の本に閉じ込みで付いている年表ピンナップを広げながら唸る。
「……戦争の間は国交が無かったので、魔族の武将の名前も一部しか解りませんし、種族に関しては先ほどお伝えした通り、オークやゴブリン、デーモン、あとは戦争に駆り出されていたケンタウロスやミノタウロスくらいでしょうか」
「ドラゴンなんて私が生まれた頃にやっと存在がこの国に伝わったって言いますよ」
「つまり、私がいた元の世界にエルフやドワーフ、オークやゴブリン、イフリート、メデューサなんかを伝えたのって……この国にきた救世主ではなくて……」
これ、そういうことだよね?
私の予想、合ってるよね?
少し口ごもっていると、ナダールも少し考えながら恐る恐る口を開く。
「ハンシェント王国ではなく、魔族の方でもミヤコ様の世界の人間を呼び出していたと考えて間違いないと思います」
「それも、この国よりずっと昔からですよね……」
「……」
「……」
「……」
「あ、あのさ……これって歴史とか、国同士の友好とか、大丈夫? なんか……問題ある? いや、私、あまりそういうの解らないんだけど。魔族の国も戦争もよく知らないし」
「……そ、そうですね……歴史的には重大事実ではありますが……いや、しかし……」
「まぁ……えっと……戦争は終わっていますし……この国もしていたことですし……?」
何か重大なことに気づいてしまったような気はするけど……。
悪いことではないなら、スルーしていいんだよね?
「……そうだよね、今、平和で仲良しなんだよね?」
「はい! もう少し魔族の国に近い観光地なら、オークやデーモンが歩いているのもよく見かけますし、普通に仲良しです。うちのお服も輸出していますし……」
「異世界から人を呼んでいたからと言って悪いことではありません。しかし……魔族は魔力が高くて文明が進んでいると思われていましたが……あ、いえ、この国も救世主様のお陰で発展した分野がたくさんありますので……」
この大陸の東半分である魔族の国のことは、まだあまり聞いてない。
ただ西半分よりも魔力が高い種族が多く、魔法を使った様々な道具があってとても発展しているとは聞いている。
でも、それってもしかして……?
いや、さっきから何度も言うけど、別に悪いことじゃないんだろうけど……。
なんか……
な~んか、モヤっとするというか……?
「一応、私の方から城の魔法士に話しておきます」
「そうですね! 別に悪いことではないですけど、一応その方が良い気がします。一応」
「うんうん。それに状況証拠だけで絶対にそうってわけは無いしね! たまたま私のいた世界の人たちが想像した通りの種族がいたってだけなのかも!」
三人とも微妙な顔をしながらも、これ以上考えても仕方が無いし、この話はここで終わった。
問題があればお城の魔法士さん……初日に私に説明をしてくれたあのおじいちゃんが何か考えて動いてくれるはず。
「あ、話がそれてすみません。原稿の修正、大丈夫です!」
「よかった。じゃあ、ちょっとベタとかきれいにしておこうかな。印刷じゃなくて複製だし」
すごく気になるけど、今は自分の原稿の方が大事だし。
「では、書類もできたので机代わりますね。提出がてら、先ほどの話もしてきます」
「うん。よろしく、ナダール」
結局ナダールの報告を受けた魔法士さんも微妙な顔をして「国王様に報告はしておきます……一応」と返事をしただけだったらしい。
そして、この翌日から始まった出版に向けての具体的な作業に忙殺され、私たちの中でこのことは忘れられていった。
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