第12話
「アーシャ様から簡単には伺っていましたが……スカートの柄は絵を描いているのではなく、布にする段階で違う色の糸を組み合わせて織っているわけですね? 織機の設定を調整すれば再現できそうです!」
「靴下で使われている刺繍という技も糸……インクと違って洗濯しても柄が滲まないんですね……はいはい、なるほどですね~!」
まずは技術面。ウインドさんやツチさんが私の話を真剣な顔で聴き、メモをとる。
「ちなみに靴下の図案は……ちょっと描いていいですか?」
「はい! こちらに」
ツチさんが持っていたレポート用紙のようなノートを借りて、靴下にデザインしていた制服のエンブレムを大きく描き、その上に糸の線を書き足す。
「こういう模様で……私も刺繍には詳しくないけどこんな感じで糸が入るイメージです。バックステッチ……本返し縫いって言えば通じるかな……こう、縫った後に戻って隙間なく縫う感じで。やってみた方が早いんだけど」
「なるほど……あ! 靴下と糸を持ってきます!」
ツチさんが会議室を出たと思うと、すぐにシンプルな紺色の靴下と針や糸を持って帰ってきた。
「えっと、上手くないけど仕組みの説明ということで……」
針や糸は元の世界と大差ない。
少し細めの糸だけど、やってやれないことはないか。
「例えば、図案の枠の所は波縫いと同じように……それで、ここみたいなマークの中が塗りつぶしているような部分はこうやって隙間なく縫って……これで糸を切れば摩擦でとまるので……はい、こんな感じ。刺繍のプロじゃないから、かなり下手で雑だけど」
言い訳した通りかなり歪だけど、エンブレムの外の楕円と中身のほんの一部分の丸をざっくりと刺繍してみた。
上手くはないけど、刺繍は刺繍。絵を描くためには構造を知っていないといけないと思ってやり方を調べておいてよかった。
「なるほど! 糸で縫うことで絵を描くような……?」
ツチさんが私から受け取った刺繍をマジマジと見つめる。
そんな近くで見られると恥ずかしいけど、理解はしてもらえたようだ。
「そうです。 布に描けるペンがあれば、あらかじめ図案を描いておいてそれをなぞるように縫っていけばもう少し綺麗にできるし、糸はもう少し太いのがあればいいかもしれないですよ」
「これなら時間をかけて丁寧にやればできそうですね。練習します!」
「できれば、木の枠にはめて布をピンと張ってやるといいと思います。本当は縫い方にも色々なステッチがあって、裏側の処理の方法も何かあったと思うんですが……」
絵を描くための最低限の知識しかないのがもどかしいけど、だいたいの説明でツチさんは理解してくれたようだ。
「大丈夫です! ここまで解れば、色々自分でも試してみます。これで靴下は何とかなりそうです!」
ツチさんが私の隣に座るアーシャへと視線を向け、力強く頷いた。
「良かった! ツチさん、頼りにしています。それに、うちにある布と糸だけでできるなら、工場も今の設備でいけそうですね」
工場? そうか、オーダーメイドは手縫いだろうけど……
「アーシャ。服なんかも、既製品は本と同じで複製ってこと?」
「はい、その通りですミヤコ様。素材が異なるボタンは別で複製して縫い付けますが、今回の靴下はほぼ布と糸だけでできているので、刺繍は少し頑張らないといけませんが、複製作業は普段と変わらないので製品化しやすくて助かります」
「なるほど……」
一着ずつ布を裁断して縫製して……っていう作業がいらないのか。
やっぱりこの世界、元の世界よりも進んでいるのでは……?
感心していると、いつの間にか部屋を出ていたツチさんが、紙の束と布を抱えて帰ってきた。
「次々とすみません。ヤダ様の絵を参考に、スカートの型紙を作って簡単にですが作ってみたので見ていただけますか?」
「そういえばさっき言っていましたよね……おぉ!」
型紙のことはよくわからないけど、白い布で作られたスカートはちゃんとプリーツスカートの形になっていた。
「うん! 合っています! ちゃんとプリーツ!」
「よかった! ヤダ様の絵がとてもお上手なので、複雑な構造ではありますがとても解りやすかったんです。ただ、この絵のようなハリがなかなか出なくて……もっと堅い生地でしょうか?」
試作品のスカートは、形は合っているけどブラウスと同じような生地で作られていて、プリーツの形を楽しむと言うよりは、ヒラヒラした揺れを楽しむ物になっている。
違うのは解るけど、元の世界の制服のプリーツスカートってどうなっていたかな……これも絵を描くためにちゃんと調べたはずだけど……。
「えっと……ウールとポリエステル……は無いか。スーツに使っているような生地、で多分良いと思います。あとはアイロンでしっかりプリーツの型を付けて、型崩れしないように糊付け……かな?」
アイロンはアーシャが使っているところを見たことがあるからこの世界にもあるだろうし、いつも糊の効いたシーツを用意してくれているから伝わるはず。
色々と思い出しながらの拙い説明を、ツチさんは丁寧にメモを取りながら聴いてくれた。
「そうか……弊社の定番のスカートは、生地の柔らかさでヒラヒラと動きを付けるのが主流なのですが、形をキチンと維持させるんですね。型崩れしないように気を付けるスーツ作りと考え方が似ているかもしれません。こちらの絵のお服も、スカートにジャケットを合わせていますし」
良かった! 伝わった。
出版社のサンダーさんもそうだけど、ドワーフはモノづくりや仕組みに対する理解が早い気がする。
うんうんと頷くツチさんの横で、技術面の会話には参加していなかった猫の獣人のフナードさんが大きなため息を吐く。
「こちら、学生服なんですよね? いいなぁ。こんな可愛い学生服!」
褒めてもらえた嬉しさもあるけど……学生服、この世界にもあるんだ。
「こっちの世界の学生服ってどんな服なんですか?」
「形は似ていますよ。この男の子が着ている服とほぼ同じです。絵は描いていないし、ズボンしか選べないからつまらないです」
フナードさんの言葉にウインドさんがうんうんと頷く。
「学校によって色が違うくらいで、だいたいそうですね。私の学校は緑色だったので他の学校からミドリムシ校なんて揶揄われて嫌でした……」
あぁ……わかる。
それ、わかる。
私の高校が微妙な灰色のブレザーで、泥色……泥高って揶揄われていた!
どの世界でも悩みは似ているなと思っていると、ツチさんも苦々しい笑顔で口を開いた。
「ドワーフの学校は白が多いんですよ~……白って汚れが目立つじゃないですか。漂白剤で洗濯を頑張っても頑張ってもどんどん薄汚れていくのがもう憂鬱で……はぁ」
これもわかる!
学校指定のセーターが白で、すぐに汚れるのが嫌だった。
めちゃくちゃ共感できるし、この会話、女子会っぽいな。
心なしか、アーシャもいつもより口調が軽い気がする。
「そうなんですよ! オシャレ大好きだから、学生服は苦痛でしかありませんでした。こんな制服だったら、学校行くの楽しかっただろうな~この主人公たちが羨ましいです! スカートで学校に行けるなんて!」
アーシャの言葉にナリーヒャさんや他の三人も大きく頷く。
元の世界ではむしろ、ジェンダー論とか防寒とかでズボンの制服が選べる学校が増えている……なんて情報、混乱させそうだから黙っておこう。
「そんな思いもあるので、とにかくこのスカートを早く形にして私たちも履きたいです!」
ナリーヒャさんの言葉にウインドさんが頷く。
「そうですね。生地も形も問題がなさそうなので、あとは、サイズ展開と獣人用の展開ですね」
「小人サイズは同じ布だと柄の印象が変わってしまうから、縮尺を考えないと……」
「獣人の方は形が崩れにくい尻尾穴の位置、ちょっと難しそうですね」
この辺りの悩みは、この世界独特だな。
色々な種族に合わせるのって大変そう……元の世界なんて同じ人間同士ですら多様性が認められなくて問題になることも多かったのに。
真剣な顔で話し合うロックガーデン社の人たちを、いつの間にか三杯目になっていたお茶を飲みながら眺めていると、ナリーヒャさんとアーシャがこちらを向いた。
「だいたいの仕組みのお話は聞けましたので、一度私たちの技術や設備で実際に作成可能か試してみます」
「ミヤコ様のデザインをなるべく細部まで再現するつもりではありますが、技術の問題で多少変更が必要な部分や、サイズ展開や種族展開でアレンジさせて頂く部分も出ると思いますので……試作ができ次第、またご相談させて頂きますね!」
「解りました。ファッションの話は楽しいので気軽に呼び出してください。それに、毎日一緒にいるからアーシャがいつでも聞いてくれたらいいし」
「「ありがとうございます!」」
立ち上がって頭を下げる二人に続いて、ウインドさん、ツチさん、フナードさんも立ち上がる。
「本日は、貴重なお話ありがとうございました」
「沢山勉強になりました~! まだまだ聴かせて頂きたいお話はたくさんあるんですが、もう、早く作りたくてうずうずしています!」
「次回までに広告プランも沢山練っておきます!」
「はい、私も出来上がるのが楽しみです」
こうして女子会……じゃなくて、仕事の打ち合わせが終わった。
会議室に入ってから三時間以上たっていた。
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