第10話
「それにしても、アーシャがこんな企画書を用意していたなんて全然知らなかったな」
「申し訳ございません! 事前に相談させて頂いた方が良かったとは思うんですが、社内会議を重ねて出来上がったのが昨夜だったんです」
出版社の駐車場に停めた馬車の前でアーシャが勢いよく頭を下げる。
「え? いいよいいよ。毎日メイドの仕事もしてくれて、その後もこの企画のために頑張ってくれていたんだよね? ありがとう、アーシャ」
「そんな……あの、私……本当はただ、とても素敵なお服なので形にしたかっただけなんです。こんな素敵なお服が実際にあったら楽しいだろうなって……あ、でも、ちゃんとミヤコ様の本の利益になるように考えたんです!」
別に私のオリジナルデザインでもないから心苦しいけど、私の描いたものでこんなにも楽しんで頑張って、私のことも考えてくれるなんて作者冥利につきる。
「うん。私の本のこともとても考えてくれているってわかる。アーシャ、本当にありがとう」
「ミヤコ様……。あの、もしよろしければ、この後私の実家の店にいらっしゃいませんか? 早速ですが、店のスタッフも含めて色々とお服に関するお話が聴ければと」
「お店? いいね! この世界のファッションにも興味あるし、ぜひ」
アーシャが与えてくれている服に不満はないけど、ちょっとくらいは自分で選んだ服も買いたいし。
「ありがとうございます! ナダールさん、うちの店の中央本店に向かってください。裏道から入って頂くと社用駐車場があるのでそちらに」
「わかりました」
ナダールも店の場所を知っているんだ。
出版社の人もみんな知っていたし、老舗の服飾店って言っていたから……ヨーロッパのブランドの店みたいな感じ? テイラーとかブティックとか言うような。こういう世界の服飾店のイメージがつかないけど、元の世界ではファストファッションとかショッピングモールに必ず入っているような定番の服屋ばかり行っていたからなぁ……。
ちょっと緊張しながら馬車に乗り込んだ。
*
「どうぞ、こちらです」
裏手にある社用駐車場で馬車を降り、店の横の路地を抜けて、繁華街の通りに面した入り口へと案内された。
「ここが、アーシャの実家の……」
黒い板に金色のインクでロックガーデンと筆記体で書かれた看板の下には、両開きの大きなドア。その両サイドにはショーウインドウがあって、服を着たマネキンと共に花や大きな絵なんかが置かれているところは元の世界と変わらないし、出てくるお客さんが店のロゴが大きく入った黒い紙袋を持っている辺りも既視感がある。
「これ、全部お店……?」
「三階までがお店で、四階と五階がオフィスです!」
横にも縦にも大きい。
お城みたいな凝った作りではなく、白い石……かな? 全体的にモノトーンでシンプルな四角いビル。
この感じ……テイラーとかブティックというよりもこれは……。
「まずは店内を見てください! 一階は女性向けのトレンド商品の売り場なんです」
「あ、うん……」
アーシャがドアを開けた先は、想像よりも広い空間だった。
奥まで五〇メートルはありそうな広い広い店内には、たくさんの服が掛かった金属製のラックとマネキンが置かれていて、様々な色や形の服が並ぶ。壁紙は全て白で、照明が多くて明るい。
並んでいる服のテイストは違うけど、この感じは……。
外観でも感じた通り、あれだ。
ユニ●ロやG●P……いや、H&●とかZ●RA?
とにかくあれ。
「ファストファッションの旗艦店……」
「ふぁすとふぁっしょん?」
「あ、なんでもない。でも、すごいね、こんなに服の種類があるんだ?」
「はい! 仕事用や家用、おでかけ用、寝間着やスポーツ用、それぞれのかわいい系、かっこいい系、流行の形……更に種族に合わせたサイズ展開や作りの違いもあるので、これでも売り場が足りないくらいです」
「そういえば最近、小さい種族用や大きい種族用は専用の別館ができましたよね」
サイズの展開が必要なのは解るけど、TPOに合わせた服や好みに合わせた服までこんなに沢山用意されているなんて……言われてみれば、街中で見るこの世界の人たちの服装はバラバラだった気がする。
「ナダールさんよくご存じですね! 別館はより種族に合わせた提案をさせて頂いていますが、やはりトレンドの発信基地はこの本店と考えているので、新作や看板商品はほぼ全種族のサイズが揃うようにしているんです」
入ってすぐの新作コーナーらしき場所には、妖精サイズのマネキンから、ヒューマン、長身のエルフ、横幅のあるドワーフ、こっちは犬の獣人かな? 複数のタイプのマネキンが置かれていた。
「へ~! あ、このブラウスだ」
そのすべてのマネキンが着ているのは、私が着ているブラウスと同じだった。
色は色々だし、下はスカートだったりズボンだったり、ワンピースに羽織っているのもいるな。
種族別の着回し提案ってことか。服の技術とか文化は元の世界の方が進んでいると思ったけど……そうでもないかも。
「こちら今月の新作なんです。ミヤコ様には実は発売前のものをこっそりお渡ししていました」
「そうだったんだ。今まではこういうブラウスはなかったの?」
「ブラウス自体は定番品なのですが、襟を立たせずに大きめに開いた形と、印象的なボタンでアクセサリー無しで軽やかに着ていただくのが今年のトレンドなんです」
確かに。手前の方にある服は、ブラウスもTシャツみたいな服も、襟が開いているものが多く、胸元だけ色違いの生地になっていたり、フリルがついていたり、正面が華やかな物が多い。
「……普通にファッション文化が確立されている……」
「奥の方は定番品で、看板商品やシンプルなものが多いですね」
そういう配置も元の世界の大型服店と同じだ。
しかも、定番品と言っても、結構凝った作りの服も多い。
あ! あのノースリーブワンピースなんか元の世界で着ていたのと似ているし楽そう。後で買わせてもらおうかな。あっちのデニム風のショートパンツは私の趣味ではないけどギャルっぽくてかわいいし……大きいリボンがウエストについたロングスカート、赤は可愛いし紫はちょっと上品でキレイめ。どっちもいいな。
柄が無いだけで服の形や色は本当に豊富だ。
「色々欲しくなる……」
ついついお客さん気分で店内を眺めていると、私たちの後ろに着いてきているナダールが口を開いた。
「トレンド品も人気ですが、定番品は大量生産するから質が良いのに安価で重宝するんですよ。靴下や肌着はお世話になっています」
「え?」
ナダールも? ここ、どう見ても女性向け……
「ミヤコ様、二階が男性服や子供服なんです!」
私の疑問を察したのか、アーシャが赤い絨毯が敷かれた螺旋階段へ促してくれた。
「あ、そうなんだ。……へ~二階はまた全然雰囲気が違うね」
半分は男性向けらしく落ち着いた雰囲気で、半分は子供向けらしくカラフルで可愛らしい売り場だった。
男性用の服も、カジュアルな作業着っぽいものからカッチリしたスーツまで幅広い。
「そのスーツも?」
元の世界で言うスーツと燕尾服の中間みたいな執事服は、どうやらこの世界の標準のスーツだったみたいで、似たようなデザインのスーツを着たマネキンが並んでいる。
「はい、こちらのお店です。既製品ではなくセミオーダーですが」
「セミオーダー……? オーダーメイドとかもあるの?」
よく考えれば元の世界でもオーダーメイドの歴史は古い。
でも、セミオーダー?
「そうなんです! 三階がセミオーダーやオーダーメイドの受付と、高価な宝飾品やドレスのフロアです」
アーシャにまた螺旋階段の先へと促され、昇った先はまさに高級ブティックといった空間だった。
ほら、百貨店の一階あたりに入っているシャンデリアが眩しくてスーツを着た店員がやたら立っている海外系の高級なブランド店。あんな感じ。
「最初はオーダーメイドでお願いしていたのですが、執事にとってスーツは消耗品なので……今はいくつかのパターンから組み合わせを選んで作ってもらうセミオーダーにしています。その方が仕上がりが早いし、質や動きやすさもフルオーダーと遜色ありません。価格も手頃で助かっています」
「ナダールさん、いつもありがとうございます」
なるほど。質の違いはよくわからないけど、確かにナダールの体にフィットしている。
「お客様の種族による体格差も大きいので、最近はカジュアルな服のセミオーダーも増やしているんです。ゆくゆくはシャツ一枚でも気軽に袖や丈の長さが調整できるようにしたいと思っています。魔法で全身のサイズを測って、それに合わせたサイズで服を仕立てる仕組みを開発中なんですよ」
「Z●ZOスーツ……」
「?」
思わず呟いてしまった言葉に、アーシャが首を傾げる。
「あ、ごめん。私のいた世界でもそれに近い仕組みがあったなって」
「え! 本当ですか! 仕組みを教えていただきたいです!」
アーシャが興味深そうに目を輝かせて声を上げた瞬間、背後から上品そうな男性の声が聞こえた。
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