第9話
スーイさんの話が終わり出版への期待感が高まる中、ここまでにこやかに話を聞いていたサンダーさんが少し悩ましい表情で腕を組んだ。
「そう、ちゃんと漫画の面白さが伝わって欲しいんですがなぁ。高尚な文学ファンや、異世界に興味がある技術者なんかには確実に手を伸ばしてもらえると思うんじゃが、そういう層だけでなく、これなら若い女性や子供が読んでも楽しいじゃろ? そういう人たちにアピールするにはどういう宣伝をするか、悩ましいですな」
え……?
そうなの?
確かに、ちょこちょこそういう話題は出ていたけど、そこまで深刻?
サンダーさんの言葉を聞いた社長さんも、ちょっと苦い笑顔になる。
「絵が若い世代にもキャッチーなので、絵を大きく複製した看板や新聞広告を出す予定ではいますが、もう一押し若い世代にアピールしたいですよね。最初に文学ファンや技術者の間で話題になってしまうと、逆にライト層から敬遠されてしまいそうですし」
あれ? これ、少女漫画なんですけど……?
少女に読んでもらいにくいの?
アーシャやスーイさんも喜んで読んでくれていたのに?
そのスーイさんも少し悩まし気に腕を組む。
「若い人たちは冒険ものやバトルもの、あとはギャグくらいでヒューマンものはあまり読まないですからね。異世界が舞台ということをより強く押し出して、異世界のキャッチーなアイテムを広告でも紹介すると良いかもしれないですが。オシャレな服とか、便利そうな機械とか……」
ヒューマンもの……全然そんなつもりないのに。
それにしても、この世界の出版社も広告や宣伝のこと、かなり真剣にやるんだ。
何か力になりたいけど、この世界のこういう感覚、掴み切れてないからなぁ……。
「看板やポスター用に新しい絵が必要なら描きますよ」
私にできるのはこれくらい。
悩ましいけど、そこはプロの出版社に任せるしかない。
そう思っていた時、アーシャが急に立ち上がった。
「あの、この企画書を見ていただけませんか?」
「企画書?」
私の問いに真剣な顔で頷いたアーシャは、念のため原稿を入れてきてもらった革の鞄から、原稿とは違う紙の束を取り出し、私とナダールの前に一部、出版社の人たちの目の前に一部置いた。
「単刀直入に言います。ミヤコ様のご本の販売促進のために、作中に登場するお服を実際に作って売ってはどうでしょう?」
「服……?」
渡された企画書の一枚目には『異世界漫画×ロックガーデン コラボレーション異世界服企画ご提案』と書かれていた。
「えぇ!? ロックガーデンって、老舗服屋の……? ここのお服、私大好き!」
「まぁ、実現できれば話題になりますわな……」
「社としては嬉しいですが、宣伝予算がかけられるかは……」
驚いたり不安そうにしたりする出版社の人に、アーシャが自信たっぷりに返事をする。
「ご安心ください。宣伝費は頂きません。むしろ、弊社から貴社とミヤコ様に権利料をお支払いします!」
「弊社?」
「権利料?」
「ア、アーシャ……?」
あれ? ちょっと待て、話が解るけど解らない。
出版社の三人と共に、私も首を捻る。
ただ、ナダールだけは納得したように頷いた。
「あぁ、そういえばアーシャさんのご実家はロックガーデン服飾店でしたね」
唯一冷静なナダールの言葉に、スーイさんが悲鳴を上げた。
「えぇぇぇぇ!? お嬢様じゃないですか! すごい! いいなぁ~ロックガーデンの服、着放題じゃないですか! 羨ましい! あ、だからヤダ様のお服がロックガーデンの新作なんですね!」
そうなの?
この金の花の形のボタンがついた白いブラウス……言われてみれば、これを用意してくれたのはアーシャだ。
思い返せば、私が初めて絵を見せた時からずっと、服に興味を持っていたし、絵を持って帰っていいか聞かれたし、ここ最近はチェック柄の仕組みや刺繍に関しても質問されていた。
アーシャ、いつからこんなこと考えてたの……?
「スーイさん、うちの服にお詳しいんですね。ありがとうございます!」
「ほぅ、なるほど。ロックガーデンのお嬢様が直接企画を提案してくれるんなら、現実味があるのう」
「はい! 実は社内ですでに会議を重ね、こちらの企画書にしてきました」
アーシャに促されて企画書の一枚目を捲ると、私の漫画に出てくるチェックのプリーツスカートとワンポイントの刺繍が入った靴下のラフスケッチのようなものが描かれていて、「本の発行日に合わせて発売! 本を読んで感じたドキドキをファッションでも ~憧れの異世界服体験~」というキャッチコピーがついていた。
これ、見覚えがある。
元の世界で漫画がアニメ化された時に有名ファストファッションからコラボTシャツを出してもらった時の企画書だ。
「こちらの二点を実際に作って、『あの本に登場する異世界の服』と大々的に売り出し、服と本の相乗効果を狙います。特に弊社直営の中央本店ではお客様の五割が若い女性です。こちらのお客様に店頭で服を見てもらえば、きっと本にも興味が湧くと思うんです!」
ラフスケッチが描かれていた次のページには、店舗の客層の分布図や売り上げデータが記載されている。
え、めっちゃビジネスしてる……。
「また、店頭では本の実際のシーンを使用したポスターを掲示し、可能であれば本とのセット販売も考えています。セットの場合はオリジナルの紙袋に入れて販売し、当店のロゴとこの服を着た主人公のイラストが描かれている大きな紙袋を若い女性が持ち歩いてくれることで、街中での宣伝にもなります」
……プレゼンだ。元の世界でコラボ文具を出したいと言って来た文具メーカーさんにされたのと同じだ。
というか、いい宣伝じゃない? アーシャやスーイさんの反応から言って、この世界の若い女性にうけるファッションみたいだし……。
「出版社様への権利料は本の製造権利を所有している間、年単位で金貨五〇枚をお支払い。ミヤコ様には服が一着売れるごとに販売価格の一割をお支払いと考えています。ポスターや紙袋用の絵を描いて頂けるのなら、その対価もお支払いします」
「物販の権利料としてはなかなか高額ですね」
社長さんの言葉に、アーシャが目を輝かせて返事をする。
「ミヤコ様の漫画のお服は、必ず売れると信じていますから!」
う、嬉しいけど……全然売れなかったら申し訳ないな……。
「社長! ぜひお願いしましょう! これで若い人、特に女性の間で絶対に流行りますよ!!」
「そうね……私たちにとっては利点しかありませんし、ぜひお願いします。ヤダ様がよろしければですけど」
社長さんと同じく、私だって利点しか感じない。
「もちろんいいですよ。よろしく、アーシャ」
私の返事にアーシャが満面の笑みを浮かべ、つられて私も笑顔になった。
毎日の身の回りのことをしてくれて忙しいはずなのに、こんなことまで考えてくれていたなんて……やっぱりこの子、天使。
「ありがとうございます! では、後日契約書類を作成してお持ちしますね! ミヤコ様にはお手数ですが製造の監修やアドバイスもお願い致します」
「わかった」
「お服、妖精サイズも作ってくださいね! 私、買いますから!」
「承知しました。ご用意しますね」
「ははは、こりゃあ発売がますます楽しみですな!」
アーシャと私だけじゃない。
皆で期待に満ちた笑顔を向け合った後、次は三日後に修正した原稿を持って集まることを決めて、出版社を後にした。
読んで頂きありがとうございます!
ここからは、2~3日以内に更新予定です。
読んで頂けると嬉しいです!




