第1話
「す、すごい! 斬新な絵柄! 繊細かつ大胆で写実的で……しかも、全ページ気が遠くなるほど描き込んでいる……想像もつかない時間と技術だわ……!」
「政治的背景、生活や文明、技術、文化、どこにも隙が無い作り込まれた緻密な舞台設定じゃ。作者の脳内はどうなっとるんじゃ?」
「なにこれ!? 主人公の恋、友情、幼馴染との関係、めちゃくちゃドキドキする! 私もこんなセリフ言われた~い!」
よかった……。
この国で一番大きな出版社の会議室で、安堵のため息をついた。
私が持ち込んだ漫画の原稿は、出版社の人たちに認められたようだ。
いや、「人」というと語弊がある。
目の前にいる出版社の社員は、エルフとドワーフと花の妖精だからだ。
*
私、矢田宮子はごく一般的な三十歳の日本人女性で、ちょっとだけ人気のある少女漫画家だ。
高校生くらいを対象とした有名少女漫画雑誌で連載もしていたし、アニメになったこともある。
ただ……
「宮子先生、今回も大好評でしたよ。絵がオシャレとか、キャラがカッコイイってたくさん感想が来ています!」
日本の最大手の出版社で、若い女性の編集者にいつもそう言われていた。
美大出身のお陰か、絵には自信があったし、絵柄の流行とマッチしたお陰でとにかく私の絵は評価が高かった。
そう。評価されるのは絵だけ。
得意なのも絵だけ。
解ってる。
私の話は全部ベタ。定番。やりつくされている話。
でも、そういうのが好きなの!!!!
だから、美大を卒業してすぐにデビューして八年。
「絵は上手いけど話は普通」
「定番恋愛もの。展開がよめるから、安心して読める」
……と、褒められているような褒められていないようなことを言われながらも、気にせず楽しく漫画を描いていた。
それなのに。
「宮子先生、次は原作付きで連載しませんか?」
「え?」
人生三本目の連載を終えた数日後、連載中に撮りためていた恋愛ドラマをだらだら観ている時に、担当の美人編集者からそんな電話がかかってきた。
「今、ネットで人気の小説ありますよね? 『剣は魔法より恋に刺さる』。ほら、『剣ささ』なんて呼ばれている……」
「あ、はい。知っています」
「あれのコミカライズの権利、うちで取れたんですよ~! 流行の原作に流行の絵柄! 絶対に人気が出ると思うんですよ!」
「でも……」
剣ささ……確かに流行っている。
小説投稿サイトのランキングではずっと一位で、書籍化したものは本屋の店員大賞を受賞したとか。
漫画家友達と繋がっているSNSでもよく話題になっているし、新作が投稿されればトレンドワードにタイトルやキャラ名が出てくるから、メインキャラクターくらいは解る。
私は読んでいないけど、読者層は若い女性が中心らしいから、少女漫画雑誌でコミカライズを連載するのは納得できる。
原作に忠実に漫画化するだけでそこそこヒットすると思う。
でも……。
でも、あれはタイトル通り剣と魔法の世界のラブコメディ。
お城とか鎧とかドラゴンとか……私が今までに描いたことがない物ばかりで構成されたお話だ。
描ける気がしない。
描きたくない。
誤解のないように言っておくけど、ファンタジーが嫌いなんじゃない。
描くのが嫌い。
現実に存在しないもの、仕組みや構造が解らないもの、描けると思う?
一から自分で想像するとか無理。
私にはできない。ファンタジー漫画を描ける人、すごいよ。大尊敬。
それに、私は普通の現代でちょっとドラマチックに恋愛する普通の恋愛漫画が描きたい!
城よりビル!
モンスターよりイケメン!
鎧より制服が描きたい! 描いていて楽しい!
日常にある、素敵な物や使い慣れた便利な物。そういうものに感謝をしながらこの素晴らしい現代の生活を描いていきたい。
……参考資料も手に入りやすいし。
「すみません、原作付きが嫌というわけではないのですが、ファンタジーはちょっと……描いたことがないものばかりですし」
「大丈夫ですよ! 宮子先生の画力なら何でも描けますって! あ、資料も送っています。今日届く予定ですよ。原作小説も入っていますから、まずは読むだけ、ね! 読んだらイメージがぶわわわわわ~っと膨らみますって! また三日くらいしたらお電話しますから考えておいてくださ~い!」
私よりも若い編集者は、こっちの返事も聞かずに一方的にまくしたてて電話を切った。
大手出版社だからか、今の担当も、前の担当や挨拶をしたことがある編集長も、やり手で悪い人ではないけどやや強引で商業主義っぽいところがある。
「はぁ……断ったらもう連載もらえないとかあるのかな……」
何も描かせてもらえなくなるよりは、ファンタジーだとしても恋愛漫画が描けるんだから我慢すべきか……。
「……えっと、資料が届くんだっけ? 読んだら考えが変わると良いけど」
大人気の原作なんだ。
ファンタジーは描くのが好きじゃないだけで読むのは普通に好きだし、なんだかんだ言ってドハマリして「描きたい!!」となる可能性もある。
そうなると信じたい。
「はぁ~。宅配便受け取れる格好に着替えなきゃ」
昨日から着ている毛玉だらけのスウェットから、ちょっとコンビニにはいけそうなゆるいルームワンピースに着替えて、伸ばしっぱなしの長い黒髪にブラシをかけた。
*
「あ、無理」
一時間後、担当編集者が送ってくれた大きな段ボールを受け取り、一番上に入れてあった原作小説を読み始めて……無理。うん、無理、無理無理。
話は面白いと思う。
キャラクターも魅力的だと思う。
ちょっと描いてみたいかもと思った。
だけど……
「え、魔法でできた豪奢な動く迷路のような城……? 宝石が十七個付いた伝説の武器? ペガサスとドラゴンのハーフのモンスター? 炎の妖精の魔法でできた燃えるドレス?????」
出てくる言葉から姿形が想像できない。絵にしたいと思えない。
仕組みや構造が解らないものをどうやって描けと?
資料を見れば描く気になるかとも思って、小説の下にぎっしりと詰め込まれていた「中世ヨーロッパ城の資料写真集」「ファンタジーイラスト入門~武器防具編~」「ファンタジーモンスターをキャラメイクしよう!」などを開くと、ますます描く気が失せた。
多少参考になるかもしれないけど、そのものズバリじゃない。
現代の女子高生が着る私服を妄想するのは楽しいけど、ファンタジーのお姫様がお忍びで街に行くときの服装がどれくらいの派手さかなんて私にはわからない。
想像力が乏しいと言われてしまうとそれまでだけど……。
私が描きたいのは都会的な街並み、オシャレな服装、流行のお店、キラキラしたキャラクター……そういう身近な憧れの世界なのに。
「舞台を現代にすれば描けそう……でも、それじゃあ折角の面白い話が台無しだし、原作ファンに叩かれて大炎上するだろうし……」
ファンタジーの世界に思い入れがある漫画家さんはたくさんいるんだから、そういう人に任せるのがいい。
きっとその方が原作者さんもファンも喜ぶ。
「こんなに資料を揃えてもらって悪いけど、ハッキリ断ろう」
この資料も、ファンタジーが好きな人が見れば宝の山のはず。
ほら、こんな魔導書みたいな本まで入っている。
「『剣ささ』には私みたいな、剣も魔法も苦手な人間よりも、もっとふさわしい人が……え?」
え?
何?
「え? なにこれ? おもちゃ? え?」
古びた魔導書のような赤い革張りの本を手に取って開いた瞬間、本が光り出した。
魔導書風の仕掛け絵本? おもちゃ?
最初はそう思う程度の光だったのに、だんだん光が強くなり、大きくなり……。
「え? え? ちょ、ちょっと、え!?」
混乱しているうちに強い光で目の前が真っ白になった。
もう目を開けていても目を閉じていても真っ白。
「な、なに、これ……」
混乱しながらぎゅっと握りしめた本の表紙は、こんなに光っているのにひんやりした革の感触だった。
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