5 ハリスの想い
お父様からハリス様が館を訪ねたいという要望が届いたと聞き、いつでも大丈夫ですと答えた。
そして、今日がハリス様が聖石を持って訪ねてくる日だった。
いつもの布で全身を覆い、ハリス様がやってくるのを待った。
ノックの後、「失礼します」との声とともに、垂れ幕をあげてハリス様が入ってくる。
今日もまた黄金色の髪を無造作に下ろしていた。
(…この髪型も素敵)
顔に無造作にかかる前髪が大人の色気を醸し出していた。
シェラルージェは布で隠された下で、顔が赤くなっていくのが分かった。
落ち着けるように一度深く深呼吸をする。
ハリス様の前でこの前みたいに挙動不審にならないように気をつけようと決めていたことを思い出した。
もうこれ以上ハリス様に情けないところを見せたくなかった。
「いらっしゃいませ、ハリス様」
「こんにちは」
ハリス様はシェラルージェの前の椅子に座ると、胸元からケースを取り出した。
そして、ケースの蓋を開け、シェラルージェの前に置く。
「この聖石が前言っていた物です。これで大丈夫ですか?」
「拝見いたします」
ハリス様からケースごと預かると、手袋をはめた手で聖石を取り出す。
その聖石はハリス様の瞳の色に似たペリドットだった。
純度も硬度も基準値を超えているのを確認してケースに戻す。
「こちらの聖石で大丈夫でございます。それではデザインはどの様になさいますか?」
「それなんだが………、っ、髪飾りではなく、イ、イヤリングにしてもらえないだろうか!」
言葉を詰まらせ、最後には叫ぶように話すハリス様は、顔を真っ赤にして荒く息をしていた。
「か、しこまりました」
突然のハリス様の変化についていけず、とりあえず返事を返した。
ハリス様の様子を不思議に思いながらも、イヤリングについて考えた。
(イヤリング、…イヤリングか。どんな感じの女性なのか聞いてみた方がいいかもしれない)
デザインの参考にするために、贈る女性の髪色や印象などを聞いてみることにした。
「ハリス様、このイヤリングを贈る女性の髪色や印象などをお聞きしてもよろしいですか?」
「えっ、髪色や印象?」
「はい、イヤリングをデザインする際、出来れば似合う物をお創りしたいので」
「そ、そうか。………ええと、笑う顔が可愛くて、いつも恥ずかしそうに赤くなるところも可愛くて、空色の艶やかな髪の毛が柔らかそうで、ええと……」
「…………」
ハリス様の言葉に違和感を覚えた。
シェラルージェはハリス様がご家族の誰かにプレゼントしたくてこの館へ来たのだと思っていた。
今まで来た人が大体家族のため、大切な人のために創術を求めて来たから。
でも、今のハリス様の様子を見ると、今まで見てきた人とは違った。
その女性を語るハリス様の瞳に熱を感じた。
幸せそうに、嬉しそうに、照れながら語る姿が、ひとつの事を示していた。
その瞳の先にこのプレゼントを贈られる女性が居るとわかって、胸がチクリと痛くなった。
ハリス様の瞳にはその女性が愛しいという気持ちが表れていた。
シェラルージェは無意識に、ハリス様に問いかけていた。
「ハリス様、…その笑う顔が可愛くて、恥ずかしそうに赤くなるところも可愛くて、空色の艶やかな髪の毛が柔らかそうな女性が、…………お好きなんですか?」
私の言葉に、ハリス様は一瞬瞳を見開くと、手で口元を隠し「あー」と声を漏らした。
その後、私の方を見て、はにかんで笑った。
「そんなに解りやすかったですか?」
ハリス様は否定をしなかった。
照れたように笑うハリス様はその女性に恋している。その事実に胸が痛み、涙が溢れてきた。
「大丈夫ですか?」
焦ったようなハリス様の声が聞こえた。
「胸が苦しいのですか? もしかして心臓が弱いとか?」
ハリス様の言葉に、シェラルージェは胸元の布を握り締めていたことに気づいた。
シェラルージェはハリス様の誤解に便乗して頷いた。
「人を呼びましょうか? …では、俺があちらまでお運びします。…では医者を……」
シェラルージェはハリス様の言葉にただただ首を振った。
声は出せなかった。シェラルージェが泣いているとわかってしまうから。
シェラルージェの頑なな態度に一度考え込むと、ハリス様は椅子から立ち上がった。
「では、今日はこれで失礼いたします。お体お大事になさって下さい」
ハリス様は心配そうにしながらも部屋を出て行った。
部屋の外で、何か話している声が聞こえる。
ハリス様が私を心配して事情を説明しているのかもしれなかった。
シェラルージェはハリス様が出て行った扉を見つめ静かに泣き続けた。