4 二人の友達と二人の兄様
赤くなった顔の熱が冷めた頃、待機場所である城の奥の一室に辿り着いた。
通された部屋の中で、いつものようにマリーとセリーナが陽の差し込む窓辺でお茶を飲んでいた。
「おはようございます。マリエラ様、アリセリーナ様」
部屋に入ってきたシェラルージェを見て、二人とも輝く笑顔を見せた。
「おはよう、シェラルージェ」
「おはようございます、シェラルージェ様」
案内された椅子に座ると、部屋にいた侍女はシェラルージェの前にお茶を用意して下がっていった。
侍女が下がって部屋の中に3人以外誰もいなくなると、突然テーブルに手をついてマリーが身を乗り出した。
「シェラぁ、聞いてー。セリーナったら、わたしの大好きなパイを取り上げるのよ?」
「取り上げてなんかいないわよ。今日の予定されたところまで勉強が終わった後食べましょうと言っただけでしょう」
「それが難しいんじゃない! セリーナは簡単かもしれないけれど、わたしには難しいの!」
「やれば出来ます。今までだって出来たでしょう?」
「…シェラぁー」
マリーが泣きついてきたので、頭をヨシヨシと撫でる。
「私も一緒に勉強するから、マリーも頑張ろう?」
シェラルージェの言葉に逃げられないと分かったのか「はぁい」と気の抜けた返事をして、椅子に座り直すと目の前のお茶をちびちび飲み始めた。
マリーの様子にセリーナと目を合わせて笑うと、シェラルージェも自分のお茶を一口飲む。
私達3人の関係は昔から変わらない。
マリーは天真爛漫でちょっと我が儘を言ってしまうことはあるが、それが可愛く見えるので個性のひとつとして捉えられている。
そんなマリーを止めたり嗜めたりしているうちに、セリーナは冷静沈着でお姉さん的な立場になっていた。
私はマリーと一緒に無茶したり、セリーナと一緒にマリーを止めたり、セリーナに叱られたり、マリーと共にセリーナを振り回す妹の立場になっていた。
マリーこと王女殿下マリエラ様と、セリーナことバロットナイト公爵令嬢アリセリーナ様と会ったのは6歳の時。
お父様お母様に連れられて初めてお城に上がったとき、陛下にご挨拶したあと、両親が陛下と話があるとかでシェラルージェひとりが通された部屋にマリエラ様とアリセリーナ様が居た。
この頃は人前でも好奇心旺盛だった私は立場という物を理解していなかったため、好奇心に負け、目につくもの全てについて二人を質問攻めにしていた。
着けている装飾品からドレス、靴、髪の毛の艶、指先の爪の形など。
天真爛漫なマリエラ様は楽しそうに笑い、子供の頃から大人びて冷静だったアリセリーナ様は妹が出来たようだと喜んでいた。
それからお父様についてお城に登城したときはマリーと、セリーナが登城していればセリーナともマリーの部屋で遊ぶようになっていた。
その関係がずうっと続き、妹のマリーの部屋に遊びに来た王太子殿下のユリウス様と知り合い、妹のセリーナを迎えに来た公爵令息のカミル様とも知り合うことになった。
シェラルージェを迎えに来た私のお兄様アルムも加わり、私達6人は幼馴染みという関係を築いていた。
しかし、年齢を重ねるうちに、立場的に私達子爵家の子供が王族や公爵家と親しくしているのは争いを生むと危惧されて、公の場では親しく見せないようにすることが決まった。
シェラルージェは8歳のころのトラウマで人前に出ることが無かったので、城に登城したときだけ、城の奥の部屋でひっそりとマリーやセリーナと遊んで、たまにユリウス様やカミル様と話をしていた。
12歳になり、マリーが勉強から逃げるようになったことに頭を悩ませた周りの大人達は、私達の遊び時間を勉強時間に指定してマリーとセリーナが共に勉強していることを公言した。
これでマリーが逃げられなくなり、シェラルージェはその時間にお邪魔して一緒に勉強したり、お茶を飲んだりすることになったのである。
もちろん、たまにユリウス様やカミル様が訪ねてきて、一緒に勉強したりお茶を飲んだりしていくこともあった。
今のシェラルージェが緊張せず自分らしくいられるのは家族以外では、マリーとセリーナの二人に、昔から話しているユリウス兄様とカミル兄様だけである。
男性で緊張しないのは、昔から『もう一人の兄だと思ってそう呼んで』と言われてきたユリウス兄様とカミル兄様だけ。
兄様と思っているから多分緊張も警戒もしないでいられるのだと思う。
それ以外の人達の前では、トラウマからの警戒心で何もされないと分かっていても緊張して、体が強張り、無表情に成り、言葉が出てこない。
こんな状態がずっと続いていて、自分でも良くないことは分かっているけれど、どうにも出来なかった。