36 ハリス再び館へ
「失礼します」
垂れ幕を上げて入ってきた人物を見て、シェラルージェは全身を布で覆った下で緊張していた。
数日前にハリー様から、また館を訪ねたいとの要望が届いたとお父様から告げられた。
どのような用件なのだろうと、頭の片隅では分かっていることをあえて考えないようにして今日を迎えた。
シェラルージェの目の前に来たハリー様は、軽くお辞儀すると椅子に腰掛ける。
今日のハリー様はとても輝いて見えた。
垂れ幕で覆われている部屋の中でも、光を浴びているかのようにハリー様から周囲が明るくなるような雰囲気が滲み出ていた。
ハリー様はシェラルージェを見据えると、一度深く頭を下げた。
「前回はご助言頂きありがとうございました」
「いいえ、お役に立てたのでしたら宜しかったです」
「本日はこれで指輪の創術品を創っていただきたいのです」
そういって懐から取り出したケースを開けて、中心に鎮座するペリドットをシェラルージェに見せた。
ちらりと見ただけでも上質なペリドットだと判った。
「………指輪でございますか」
「はい。一生身に着けていられて、身を護れるような指輪をお願いします」
ハリー様はシェラルージェを澄んだ瞳で真っ直ぐと見つめた。
『一生』
この言葉で誰のために創るのか、何のために創るのか判ってしまった。
その動揺をハリー様に悟らせないように、事務的に話を進める。
「どのような付与をお付けしましょうか」
「前回と同じで」
「…前回と同じといいますと、この指輪もハリス様の大切な方に贈られるものですか?」
「──はい」
少しだけ照れてはにかんで笑ったハリー様の瞳は何かを決意したかように真剣でその女性への想いを秘めていた。
『一生』と言うからには、その女性と結婚を考えているのかもしれない。
だから、これから創る指輪を渡すときに、ハリー様がその女性に想いを伝えるのだろう。
その事実にシェラルージェの胸がぎゅっと縮まって痛くなった。
──ははは、シェラルージェに与えられた猶予はかなり短いらしい。
頑張って努力しようとした矢先に、ハリー様から最終宣告を突きつけられた気分だった。
このままいけば、ハリー様の想いが実ったときがシェラルージェの失恋確定ということだろう。
ハリー様に挙がっていた婚約話も気になったけれど、このハリー様の様子から好きな女性に告白するのに婚約話を進めているはずはないと思った。
(……もう、ハリー様は行動的ですね)
ハリー様の積極性がシェラルージェに少しでもあったなら、ハリー様の瞳にももっと早く映ることが可能だったのだろうか。今更なことに嘆いても時間は巻き戻せない。それなら、短い間でもいいからシェラルージェは気持ちを伝えられる努力をしてみようと決意した。
「指輪のサイズはお分かりになりますか?」
「はい」
そういってまた懐から取り出したのは2カ所に印が付けられた細い紐だった。
「この印と印を合わせた円形が指のサイズです」
「かしこまりました。お預かりいたします」
ペリドットが入ったケースと紐を預かる。
そしてペリドットの品質を確認してから、ハリー様に問いかけた。
「デザインはどうされますか?」
「お任せしてもいいでしょうか」
「──かしこまりました」
重大な責任を負ってしまった。
──宜しいですとも。
創術品製作者としても、恋のライバルとしても、相手の女性が思わず唸る物を創り上げてみせましょう。
何故か燃えだした心が異常にやる気を漲らせていた。
シェラルージェの言葉にハリー様は微笑むと「失礼します」と言って帰っていった。
ハリー様が帰っていった後ろ姿を見つめ、手元に残った紐を手に取る。
無意識に自分の指に絡めると、左手の薬指にぴたりと合った。
左手の薬指の指輪は結婚の証。
それと同じ指輪のサイズが切なかった。




