閑話 ある日の思い出
城内が少しざわついていた。
父に連れられて登城したおりに、ひとりの女の子が迷子になっているという話が父経由で耳に入り、父に言われて迷子の女の子を探すことになった。
何でも大事には出来ない女の子らしく秘密裏に探しているため、捜索が難航しているらしい。
人がいる場所はもう探しているだろうと予測して人の居ない場所を探していると城の端の方に来ていた。
視線を巡らせた先に何か動いたように感じ近寄る。
そこは城の一角に様々な花が植えられている場所だった。
その中にぴょこぴょこ動く頭が見える。
そして突然咲き誇る花々に埋もれてしまったことに慌てた俺は、頭が消えた辺りに急いだ。
咲き乱れる花の迷路を抜けて辿り着くと、ひとりの女の子が花壇の前に座っていた。
迷子になって不安に思っているのかと思って、脅かさないようにそっと声をかける。
「こんにちは」
声をかける為に近づくと、女の子は目の前の花に夢中になっているようだった。
そして振り返り俺を見つめると、にっこりと笑った。
「こんにちは」
普通に挨拶が返ってきて、俺は面食らってしまった。
迷子になっているという女の子とは別の子なのであろうか。
それならば、他を探さなければいけないのだが、目の前の女の子が何故こんな所にひとりでいるのかも気になり、とりあえず名前を聞いてみることにした。
「レディ、名前を聞いてもよろしいですか?」
「いいよ。私はシェラっていうの」
女の子はニコニコしたまま名前を教えてくれた。
シェラ、か。
確か迷子の女の子の名前はシェラルージェと言ったはず。
確認のためにもう一度聞いてみる。
「名前はシェラルージェ嬢で間違いないかな?」
俺が問いかけると、女の子は目をまんまるにして驚いていた。
「そうだよ。お兄ちゃん、シェラのこと知ってるの?」
「知ってるよ。探してたんだ」
「探してた?」
「迷子になっていると聞いたからね」
「?」
すごく不思議そうな顔をされてしまった。
そして、突然あっという顔をして俺を見つめてきた。
「もしかしてお兄ちゃん迷子になっちゃったの?」
「えっ?」
「そうなんだ。大丈夫?」
「いや、迷子じゃないよ」
「そうなの? じゃあわたしとお話ししよう。ねえねえ、お兄ちゃんはどのお花が好き?」
その後の質問攻めに、少し話して落ち着かせないと連れて行くことは無理かもしれないと感じた。
花や食べ物、色や香り、目につくもの全てにどうしてそうなっているのかを問われて、答えられない問いもあって俺は困り果てた。
そして、シェラルージェの次の問いに俺は固まってしまった。
「お兄ちゃんは何になりたいの?」
不意に問われて、俺は言葉に詰まった。
「わたしはね、お父様やお母様のように創術でいろいろなものを創りたいの」
シェラルージェが瞳をきらきらさせて言っていた。
そしてまた同じ質問をされた。
「お兄ちゃんは何になりたいの?」
俺は言葉を詰まらせながら、ぼそっと呟いた。
「…父の後を継ぐ」
「それは何になるの?」
シェラルージェには少し難しかったのかもしれない。
もう少し分かりやすく伝えた。
「侯爵領を継いで領主となって領民を養っていくんだよ」
「それがなりたいものなの?」
「……しなければいけないことなんだ」
俺の言葉にシェラルージェは不思議そうな顔で覗き込んできた。
「本当になりたいの?」
「どうしてそんなことを聞くのかな?」
あまりにも不思議そうに聞かれて問いかけていた。
「だってお兄ちゃん苦しそうな顔してる。楽しそうじゃないもん」
小さい女の子に指摘されて恥ずかしくなった。
そんなに分かりやすいのだろうか。
俺は他にやりたいことがあった。
憧れの人と同じようになりたかった。
その人は自分の実力だけで騎士になって国を護った。英雄だった。
でも、侯爵家の嫡男という立場で騎士になることなど許して貰えるはずもない。
父の後を継ぐのが嫌なわけではないが騎士になりたかった。
「本当は騎士になりたいんだ」
小さい女の子に言うくらいなら構わないだろうか。
誰にも言えなかった本音をもらしていた。
すると、シェラルージェがきらきらした瞳で俺を見てきた。
「そうなんだ! 騎士、格好いいよね」
「そうだね」
「わたしのお祖父様もすごく強いのよ。創術で国を護って騎士として戦争を終わらせた英雄なんだって」
「知ってる。俺の憧れの人だから」
俺の憧れの人はシェラルージェのお祖父様だ。
シェラルージェが羨ましい。
俺もジルヴァン様の孫に生まれたかった。
「じゃあ、お兄ちゃんも騎士になるのね!」
シェラルージェの純粋な問いに言葉が詰まってしまった。
不思議そうに見つめられて、苦笑しながら答える。
「騎士にはなれないんだ。立場的に無理だから」
「どうして?」
シェラルージェの疑問になんて答えていいかわからなかった。
「なんで諦めちゃうの? 出来ると信じれば出来るけど、信じなければ絶対に出来ないんだよ?」
シェラルージェの言葉に息が詰まった。
「お祖父様が言ってたの。信じる力がなければ創れないって。自分を信じなさいって! 出来ると信じて努力しなさいって! それを決めるのは自分だって!」
決めるのは自分……。
その言葉が胸に突き刺さった。
「だから、わたしも出来ると信じて頑張ってるの!」
シェラルージェの言葉が燻っていた俺の心を晴らしてくれた。
俺は他人の言葉に従うだけで、何もしようとしていなかった。
道は自分で切り開けばいい。
前例がない? そんなことの何が問題だったのか、今となってはわからなかった。
騎士になる道を必ず見つける。そして、騎士になり領主になればいい。
自分を信じて頑張るだけだ!
俺はシェラルージェに笑顔を見せていた。
多分今までで一番の笑顔になっているだろう。
「シェラルージェ嬢、ありがとう」
俺の笑顔にシェラルージェも今日一番の笑顔になった。
「お兄ちゃんが笑顔になった。よかった」
そう笑っていうシェラルージェに、負けた気持ちになった。
だから、次の会うときは負けないように胸を張って会えるように頑張ろうと思った。




