15 ◦◦◦と呼んで?
デザートまで食べ終わりお茶をいただいていると、ハリス様が少し席を外した。
ハリス様が部屋からいなくなって初めて深く息を吸えた気がする。
あれからハリス様は私のお父様やお兄様がお城でどのような様子なのかとか、ご自身の騎士学校時代の失敗談などを話してくれた。
その話は初めて聞くことばかりで、聞いているだけでとても楽しかった。
私は話が面白くて常に笑っていて、ハリス様も楽しそうでとても嬉しかった。
少しリラックスしていると、ハリス様が戻ってきた。
「シェラルージェ嬢、この後もう少しだけおつきあいいただけませんか?」
「はい、大丈夫です」
笑って答えると、ハリス様はホッとしたように息を吐くと手を差し出した。
手を預けるとそのままエスコートされて、また馬車に乗り込む。
しばらく走らせた後、到着した先は緑溢れる庭園だった。
ハリス様にエスコートされて歩み進めると、緑豊かな小道から少し開けた場所があり、そこには陽の光が反射して虹が架かった噴水と鮮やかな真紅の薔薇が一面に咲き誇っていた。
シェラルージェはその景色に瞳を奪われて、息をするのを忘れるくらい見とれていた。
「綺麗…」
どれだけそうしていたのか、ふと気づいて、ハリス様を見ると優しい瞳でシェラルージェを見つめていた。
「あ、申し訳ありません」
道の真ん中で立ち止まっていたことにようやく気づいた。
「いいえ、喜んでいただけたようで良かったです。あちらのベンチから見るともっと素晴らしいそうですよ」
そう誘われるままそのベンチに座ると、薔薇のアーチと噴水と陽の光が重なって、まるでひとつの絵画が描かれているようだった。
「素敵ですね……」
あまりの美しさに感動しているとハリス様も同意してくれた。
「そうですね」
その言葉にハリス様を見ると目の前の景色に表情を和らげていた。
ハリス様とこんな美しい景色の中で過ごすことが出来て心が満たされていく。とても幸せだった。
私達は陽が沈み始めるまでゆっくりと眺めていた。
帰りの馬車の中、ハリス様は私の横に座った。
突然のハリス様の距離に驚いて、体を馬車の壁に寄せていると、そんなシェラルージェを逃さないようにハリス様は詰め寄ってきた。
そして、シェラルージェの方を向くと、じっと見つめ話し始めた。
「シェラルージェ嬢、私のことはハリーと呼んでもらえませんか?」
「えっ?」
「少しでも社交に慣れるためです。ですから、貴女のこともシェーラとお呼びしてもよろしいですか?」
「えっ?」
驚いて固まっているシェラルージェの手を取ると、真剣な眼差しで低音の響く声で囁きかけた。
「さあ、呼んでみて下さい。ハリーですよ?」
「………」
「シェーラ嬢?」
甘く囁く声に錯覚しそうになる。
恋人に囁かれているように甘くて、頭に血が上りすぎてのぼせそうだった。
「さあ、ハリーと呼んで?」
「…ハ、リーさま」
「そうです、さあ、もう一度?」
「ハリー様…」
「シェーラ嬢、よく出来ましたね」
ニコリと甘く微笑まれて、ぼーっとしてしまう。
「何度も繰り返し呼んで慣れていきましょうね」
その言葉でシェラルージェは現実に戻った。
そうだった。
これは社交に慣れるための練習でハリス様がわざわざ休日の日を割いてまで私に付き合って下さっているのだと思い出した。
あまりにも楽しすぎて幸せすぎて忘れてしまっていた。
「わかりました。ハリス様」
「もう忘れてしまったのですか? 私のことはハリーですよ?」
「はい、ハリー様」
愛称呼びを許されたことに嬉しく思いながらも、勘違いをしないように気をつけようと思った。
嫌いになることなどないと言われても、迷惑をかけてしまうのは嫌だった。
それにはやはりもう少し社交に慣れないといけないと思った。




