14 ハリスの瞳
流されるまま約束してしまったハリス様との外出日がやって来た。
マーリンに飾り立てられるままに普段よりも気合いが入ってる外出着に身を包んだシェラルージェが鏡の中に映っていた。
マーリンがすごく喜んで用意している姿を見てシェラルージェは止めることが出来なかった。
そして出来上がった姿に、これでは外出をすごく楽しみにしているようにしか見えなくて、すごく恥ずかしくなった。
約束の時間ぴったりにハリス様は迎えに来た。
「こんにちは、シェラルージェ嬢」
微笑んで待っていたハリス様は私を見つけると、より笑みを深めた。
「こんにちは、ハリス様」
「本日の装いもとても素敵ですね」
「あ、ありがとうございます」
ハリス様に初めて褒められて恥ずかしくなる。
いつもは護衛していただいているので、世間話はしないことになっている。というか私が話せないから会話が続かないだけなのかもしれない。
今日のハリス様は髪の毛を下ろし、紺地に同色の糸で刺繍を施された上着を上品に着こなしていた。
(素敵……)
あまりにもカッコ良すぎて直視できなかった。
どうしようと、手をもじもじしていると、ハリス様のくすりと笑う声が聞こえた。
その笑い声にますます顔をあげられないでいると、下を向いた目線の前に手が差し出された。
「シェラルージェ嬢、参りましょう」
ハリス様の声に勇気を出して顔を上げ、差し出された手にシェラルージェは自分の手を乗せた。
そしてエスコートされるまま、フォード侯爵家の馬車に乗り込む。
馬車に向かい合わせで座ると、ハリス様が話しかけてきた。
「シェラルージェ嬢、まずは社交に慣れるために瞳を見つめることに慣れましょうか?」
そう言われた時にもハリス様の瞳を見れなくて俯いていた。
ハリス様の言葉におそるおそる顔をあげると、ハリス様にニコリと微笑まれた。
瞳が合ったことに驚いてまた視線を下に向けてしまったシェラルージェに、ハリス様は言葉を重ねた。
「シェラルージェ嬢、ゆっくりで良いですから、まずは私の瞳を10秒見つめてみて下さい」
「………」
「シェラルージェ嬢?」
見つめると思うだけで恥ずかしくて顔があげられなかったのに、促される言葉にシェラルージェが瞳を見つめるまでハリス様は許してくれそうになかった。
一度深呼吸をしてから、顔をあげてハリス様を見つめる。
「っ…………」
心臓の音がうるさいくらいに鳴っていた。
ハリス様を見つめているとペリドット色の瞳に囚われて、時が止まったかのように感じた。
周りの音が消えて自分の心臓の音だけが聞こえる。
ふっと、ハリス様が微笑んだ。
それに驚いてシェラルージェは視線を逸らしてしまった。
「あと少しで10秒でしたね」
その言葉に、特別な時間に感じたのはシェラルージェだけだったのだとわかった。
義務感でここまで親切に練習相手を務めてくださるハリス様には感謝しかなかった。
それが分かっていても、心がそれでは哀しいと訴えていた。
我が儘な自分の心に軽くため息をつく。
そのシェラルージェの様子を眉根を寄せてハリス様が見ていることにはシェラルージェは気づいていなかった。
馬車が着いた先は、予約が一年先までいっぱいだという噂のお店だった。
あまりにも驚いて呆然としている私に、ハリス様はエスコートしてお店の中に入っていった。
すれ違う従業員全てが深々と一礼していき、場違いな場所に足を踏み入れてしまった気がしてならなかった。
一番奥の豪華な装飾のされた扉の部屋に案内され、部屋の中に入る。
踏み入れた部屋は外の景色が一望できるように大きな窓があり、陽の光が柔らかく入るように木々が覆い繁っていた。室内は上品な調度品で整えられており、居心地の良い空間が広がっていた。
椅子に座り、ドリンクで喉を潤わせていると料理が運ばれてきた。
コース料理を頼んだとのことで、始めの前菜を出された後、従業員は下がり部屋の中にはハリス様と二人きりになった。
うまく会話も見つけられず、黙々と目の前にある料理を食べていたら、ハリス様が言いづらそうに話しかけてきた。
「シェラルージェ嬢、何かシェラルージェ嬢に失礼なことをしてしまったのでしょうか?」
「えっ?」
「少し前から私を見るときに辛そうな哀しそうな顔をされているのが気になってまして……」
「!…………」
私の顔色が変わったことを敏感に感じ取ったらしくハリス様は眉尻を下げた。
「やはり何かしてしまったのですね。申し訳ありません。……それで、今後の参考のために何をしてしまったのか教えていただくことは出来ませんか?」
「それは……」
私が言葉を濁していると、ハリス様は苦しそうな顔になってしまった。
「言えないほどの失礼なことをしてしまったということですね」
自分を責めるように吐き出された言葉にシェラルージェは慌てて言葉を発した。
「あっ、あの、違います。……た、ただ、お茶会の時にハリス様に視線を逸らされたので……私の方こそ、何か、嫌われるようなことをしてしまったのかと…思って………」
言葉を続けていくうちに、どんどん声が小さくなって最後には聞こえないくらい小さな声になってしまった。
「あれは! いや、あの、すみません。私の態度のせいでシェラルージェ嬢を傷つけてしまって、本当に申し訳ありません。あれはちょっと別のことを考えていたといいますか……、とにかく、シェラルージェ嬢を嫌いになどなっていません。逆に─!?」
「本当ですか?!」
シェラルージェはハリス様の言葉に途中で聞き返していた。
シェラルージェを見たハリス様は話を途中で遮ったことに怒るでもなく瞳を見開いていた。
そして、椅子から立ち上がりシェラルージェの近くまで寄る。胸ポケットからハンカチを取り出すとそっとシェラルージェの頬に触れた。
瞬きをすると頬を涙が伝っていくのがわかった。
いつの間にか泣いていたらしい。
でも、これは嬉し涙だった。嫌われていないと分かってホッとした感情に体が反応したのだろう。
それほどハリス様に嫌われたということが心を深く傷つけていたらしい。
「本当に申し訳ありません。泣くほど貴女を傷つけてしまったのですね」
私の涙を拭いているハリス様は、後悔を滲ませ自分を責めているようだった。
「これは違います。これはホッとして、いえ、あの、哀しくて泣いたわけではありません。ですから、あの、気になさらないで下さい」
「そう言うわけには……」
「本当に! 人前で泣いてしまうなど淑女として恥ずかしい限りです。どうか忘れて下さい」
「……分かりました。これ以上貴女を辱めるわけにはいきません。ただひとつだけ、…どうか、私が貴女を嫌いになることなどないことだけは覚えておいて下さい」
「はい、勘違いをして申し訳ありませんでした」
「……いいえ、次に何か気になることがあれば私に直接聞いてください」
まだ何か言いたそうな顔をしていたけれど、ハリス様はひとつ息を吐くと、もう一度優しく涙を拭き取り自分の席に戻っていった。
「少し冷めてしまいましたね。この後、メインの料理が出てくるのですが、そちらを持ってきてもらいましょうか?」
「いいえ、こちらの料理を先にいただきます」
「よろしいのですか?」
「はい、少し冷めても美味しいですよ?」
「分かりました。では、こちらを食べ終わったら運んでもらいましょう」
「はい」
ハリス様に笑いかけると、ハリス様も笑いかえしてくれた。
嫌われていないと分かっただけで、自然と笑えるようになっていた。
ハリス様と瞳が合うだけで心臓は早鐘を打ったように鳴り続けるけれど、瞳が合うのが嬉しくて自然と笑顔になる。
今はそれが幸せだった。




