マキナ・アイ先生、遅刻する
◇
朝の学校はとってもにぎやかです。
小動物のようにじゃれあう男子たちを避けながら廊下を進み、入口をくぐれば1年B組の教室です。
開け放たれた窓から心地よい風が吹き込んで、カーテンを揺らしています。窓から見えるのは新緑に彩られた山々。水田が朝日を反射してきらきらと輝いています。
「おはよう姫子ちゃん!」
「おはよう花園さん」
さっそく元気に挨拶を交わします。
「おやっ、姫子ちゃん髪型変えた?」
「かっ、かえてない! 変えてないけど……その、ちょっと朝急いでて」
変でしょうか、はずかしい。実はいつものおかっぱなヘアスタイルが、ねぐせで外側に跳ねただけなのです。直そうにも手に負えなかったので逆転の発想、思い切って全部外側に跳ねさせてみました。
昨日から新しい先生が来て気分が軽やかだったので、ついこんな事になってしまいました。だまって結えばよかったとちょっと後悔しています。
「照れなくていいよ、かわいいよー!」
いつも明るくて元気な花園さんがほめてくれました。
「あ……う、あぅ」
私は褒めなれていないので、どう返事をしていいか困ります。
「姫子ちゃんオハヨー! あ、今朝はちょっと雰囲気違うね!」
今度は夏帆さんがふんわりハグをしてきました。
「だ、だからこれはその……」
「いーのいーの。委員長だからって、真面目に考えすぎなくてもいいんだよ?」
明るくてのんびりと自由。誰に対してもオープンな性格の夏帆さんはクラスのムードメーカーです。みんなを明るい気持ちにさせてくれます。
「そう、あたしたちは委員長のサポーターだからね」
花園さんが、軽くジャンプしてバレーのアタックのポーズをとりました。バレー部に所属しているくらいなので、すごく背が高いです。
「うん、ありがとみんな」
確かに私はいま「クラス委員長」ですが、実は「くじ引き」で決まったんです。
誰もやりたがらなかったクラスの代表なんて、私には無理だと思いました。だって今まで目立たないように人の陰で生きてきたのですから。真面目さが取り柄とも言われましたが、人前で話すのがすごく苦手なんです。
それなのにクラス委員長だなんて。とんだ中学デビューになってしまいました。
でも決まった事は仕方ありません。とりあえず毎朝、鏡に向かって「私はクラス委員長、できる、だいじょう」と暗示をかけています。
すると不思議な事に、猫背気味だった背筋がシャンとしてきました。与えられた役目をちゃんと果たすべく、こうなったらやるしかありません。
今日も一日がんばるぞ……って気持ちになります。
「昨日のサッカー日本代表戦、惜しかったよなー」
「くそ、なんで延長でああなるんだ……!」
後ろの方の席では島崎くんと杉田くんが、他の男子たちとサッカーの話題で盛り上がっていました。
二人はサッカー部に所属しているので、テレビで放映する試合は欠かさず観ているみたいです。
「僕が思うに、後半戦の選手交代が5分早すぎましたね」
「いや!? あの場面で投入しなきゃ、試合の流れを変えられなかっただろ」
「そうでしょうか。過去の対戦データによると、相手チームの運動量は後半25分から下がります。あそこで無理する必要はなかったかと思います」
意外なことに、頭脳派の利久君もサッカー談義に加わって鋭い分析を披露しています。
「じゃぁ利久、おまえが監督やれよ!」
「そうだ、あの場面で流れかえてみろよ」
「お断りします。僕はサッカーも運動も苦手だから」
「「おいっ!?」」
島崎くんと杉田くんのツッこみが入りました。なんだか選手と解説者のコントみたいですが、大笑いしていてとても楽しそうです。
騒がしくて眩しい、これが慣れてきた教室の光景です。
みんなと挨拶や軽くおしゃべりをしてから、私も自分の机の椅子に座りました。
隣の席では、一足先に来ていた綾織レンが、眠そうに上半身を前に折り曲げて、顔を机に乗せています。
朝から眠そうなのはきっと、夜遅くまで編み物をしていたからでしょう。小学校の高学年のころ、お母さんに教えられたのがきっかけで、すっかり編み物に夢中なのです。
問題は夏でも、バカのひとつ覚えみたいにマフラーを編んでいることでしょうか。
私もレンから試作品をもらいましたが、1枚目は長さ50センチでタオルにすらなりませんでした。2枚めは長さは3メートルぐらいありましたが、幅が5センチぐらい。ほとんどロープでした。いったい何に使えば良いのでしょう?
それでもレンの編み物の腕前は、着実に上っているみたいです。
あ、目が合いました。あくびをして目をこすっています。
「おはよう、レン」
「ヒメ、寝癖やべぇな」
「はっ!? ち、ちがうわよ。ちょっと髪型変えただけです」
「……そうなのか、ハネてるけど」
「こういうスタイルなんです」
「ふぅん……?」
ちょっと鼻で笑っています。クラス委員長なので口には出しませんが「ムカつき」ます。女子に対する言い方ってもんがあると思います。ほんとうにレンは私に対しては、気配りというものが足りないと思います。
「おう! 席につけぇ!」
野太い声とともに教室のドアを開けて、主担任の剛田先生がやってきました。
今日は緑色のジャージ姿です。胸や上腕まわりの筋肉がジャージの生地を押し広げています。今にも破けそうで怖いです。
日直さんの掛け声でみんな一斉に起立。ガタガタと机と椅子が慌てて音を立てますが、すぐに静まりました。
「おはようございます!」
そして礼をして、着席をします。
剛田先生はクラスを見回して「来てないか……」とつぶやきました。あたりを見回すとクラスのみんなは全員席に座っています。つまりここに来ていないのは副担任のマキナ・アイ先生ということになります。
「まぁいいか。うーし、出席番号順で出欠をとるぞ、安藤!」
「はい!」
「伊藤ー!」
「はいっす!」
「上野」
「はいっ!」
剛田先生がテンポよく出欠を確認していきます。
ほんとうに、マキナ・アイ先生はどうしたのでしょう?
姿が見えませんが、職員室には来ているのでしょうか……?
まさか遅刻、なんてことはありえませんよね。先生ですし。体調が悪いのかな、と心配になります。
異世界から来た魔女さんで私たちの副担任。総合学習の授業では、魔法ではなくてコンピュータをおしえてくれる不思議な先生です。
まさか全部夢でした……なんてオチはイヤですよ。
早く来て、マキナ・アイ先生。
「あ……」
すると花音さんが、ちいさな声をあげました。
窓際の後ろから二番目の席に座っている花音さん。魔法やファンタジーに詳しくて、休み時間になるといつもノートにイラストを描いたり、何か文章を書いたりしています。たまに外をぼんやり眺めては、ため息をついています。何に悩んでいるのかは謎でしたが。
「おい……?」
「あれって……」
窓際の一番うしろの席にいる安藤くん、前の方にいる中野さんも、同じように窓の外に視線を向けました。何かが飛んでいるようです。
ひゅいいい……と風切り音が近づいてきました。
廊下側の席の子は立ち上がって窓の方を見ています。
「あれって……先生!?」
「マキナ・アイ先生だ!」
「飛んで来る……!」
花音さんが言った瞬間、開いていた窓からシュゴッ……とホウキに乗った魔女先生が飛び込んできました。
「――――っと、遅刻、遅刻うっ!」
「うわああっー!?」
「なんか来たぁあ!?」
「アイ先生ー!?」
突入してきた風の勢いでカーテンがはためき、プリントが何枚か宙を舞いました。声の主は、空を飛んでやってきた魔女、マキナ・アイ先生でした。
教壇の剛田先生の手前で、キキッと急停止。
マキナ・アイ先生は金髪をポニーテールに結いあげて、とんがり帽子はかぶっていません。
服装も昨日の魔女の格好とは少し違いました。ヨーロッパ風の民族衣装のようなデザインです。ダークパープル色のロング丈スカートに白いシャツの組み合わせ。刺繍で縁取りのされた淡い紫色のジャケットを、ふわりと羽織っています。可愛いです、素敵です。
「おはようございます、剛田先生」
マキナ・アイ先生は口に食パンを咥えていました。もきゅもきゅと、大慌てで四角い食パンを口に詰め込んでいきます。
「……ア、アイ先生。まずは口のパンを飲み込んでください」
「はひ、すひまひぇん」
ピクピクと剛田先生の額に青筋が見えます。怒っているのでしょうか。いつもならブチギレて怒鳴ってもおかしくはありません。
「パンをくわえて遅刻する魔女先生なんて、はじめて見た」
「これなんてアニメですか」
利久くんと花音さんはなんだか嬉しそうです。
でも流石は魔女先生、飛んでくるなんて行動が斜め上です。三階の教室に直接乗り込んでくるなんて、夢にも思いませんでした。
空中1メートルぐらいの高さに浮かんだままのマキナ・アイ先生は一息にパンを飲み込むと、しゅたっと教室の床に降り立ちました。
「んぐっ……と。みんな、おはよー!」
3秒で食べ終わるとまずは第一声。明るくクラス全体によく通る声で挨拶をしました。
「「「おはようございます!」」」
私たちは出欠確認の途中ですが、あいさつを返します。
「ふぅ、セーフ。なんとか間に合いました」
マキナ・アイ先生が額の汗をハンカチでぬぐいました。
「いや!? アウトでしょう! 遅刻ですぞ、アイ先生」
「え? まだ八時半ですし……大丈夫ですよね?」
あっけらかんとしています。異世界では時間におおらかで、細かい時間を気にしないのかもしれません。
お父さんが以前言っていましたが、日本人は時間に細かすぎるみたいです。外国よりも遠い異世界の魔法使いなのですから、こんな感じなのもうなずけます。
「いえ、あのですね……大丈夫じゃないんです。日本ではダメなんです、5分前集合が基本なんです!」
「師匠や先生は、遅れて登場するものかと思っていました」
「た、確かにそういう国もあるかも知れませんが、教師が遅刻しては生徒に示しが付きません」
「はぁ……」
「それに教師は8時前には学校に来て、校門前で生徒に挨拶をしたり、その日の授業の予定を確認したり……とにかくいろいろ仕事があるんですから、もう少し早く来ていただかないと」
「………わまりました。気をつけます」
マキナ・アイ先生はどこか納得がいかない様子です。
なるほど、これが異文化交流というものなのですね。お互いの価値観が少しちがうところもありますが、うまくやっていかないと。
「それとアイ先生。空を飛んでの通勤もいかがなものかと。できればちゃんと校門を通って来ていただきたいのですが」
「えー!?」
これには、マキナ・アイ先生は不満そうです。
でも私はマキナ・アイ先生を応援したくなりました。凄い魔法が使える魔女さんには違いありません。格好いいところ、すごいところを見たいんです。ルールで同じ枠に入れちゃうのは、どうかと思います。なんて……口にはできませんが応援しちゃいます。
「直接、教室の窓から入るのもご遠慮いただきたいですし」
「でも階段を上るの辛いんですけど……」
「そ、それぐらいは歩いていただかないと」
剛田先生は石頭だなあって思いました。
「アイ先生は魔女なんですから、特別でいいと思います」
夏帆さんが援護射撃をします。クラスのみんなもマキナ・アイ先生の味方をしたい気持ちのようです。
「……剛田先生。日本の航空法では私、『ドローン』とおなじ扱いなんです。高度150m未満であれば飛行してもよいという許可を、国土交通省からもらっています」
ぴらっと胸元から、カードホルダーを取り出すと、何かの許可証を見せました。
「な、ぬ!?」
これには剛田先生も驚いた様子です。
飛行許可はあるから飛んで良いという話のようです。
「ですが、剛田先生のおっしゃることもわかります。生徒の手前、私だけが楽はできませんわ」
「アイ先生……」
わかってくれましたか、と骨ばった顔をほころばせる剛田先生。
「校門前までホウキで飛んできて、着地します。そこから歩いて校内へ。でも階段は……乗用ゴーレムを使わせて頂きますね」
「乗用……ゴー? レム?」
剛田先生は首を傾げます。けれどクラスの何人かは「ゴーレム」と聞いて目を輝かせています。マジか! すげー! という声も聞こえてきます。魔法の世界では常識なのでしょうか。
「ゴーレムは、こちらの世界で言うところの『ロボット』みたいなものですわ」
「いや、しかし」
「私が作る乗用ゴーレムは、足代わり。歩行を補助するものですわ。授業で私のゴーレムづくりを実演するつもりでしたし、プログラミングの勉強にもなりますから」
「そ、それなら良いですが」
クラス全体が「おぉ……!」とどよめきました。特にゲームに詳しい男子たちです。ファンタジー世界に詳しい花音さんも小さく拍手をしています。
今日の授業は「ゴーレム作り」なのですね。
なんだかとても楽しみです。
<つづく>




