1時間目(1)魔法と科学の違いって?
◇
朝のホームルームは興奮の連続でした。
新しい副担任のマキナ・アイ先生は、とっても素敵な魔女さんだったのです。
不思議な魔法の力を使えるなんて、まるでマンガやアニメの話みたいです。
だけどマキナ・アイ先生は、コンピュータについて教えてくれる先生でした。いっきに現実に引き戻されて、最先端な科学技術の分野まできちゃいました。
――魔女なのに、どうしてコンピュータのことに詳しいのかな……?
素朴な疑問も浮かびます。マキナ・アイ先生が受け持つ授業は、総合学習の時間です。とくにアイシーティという情報技術についてのようです。
みんなは魔法の授業を受けたいと思っているみたいです。
だけど、私には悩みがありました。
じつは機械が苦手なのです。
テレビのリモコンは、ボタン操作や局が覚えられません。中身の見えない箱に沢山のボタンがついている機械が、小さいころからなんだか苦手だったのです。金属とプラスチックで出来た箱なのになんでこんな事ができるのかなって考えちゃう。コンピュータだってそう。機械のなかでもとびきり難しそうって思います。
中学生になると総合学習でコンピュータについて勉強するというので、ちょっとゆううつでした。授業で覚えられるかちょっぴり不安で自信がありません。
でもこれじゃクラス委員長として失格です。がんばらないと。
だからこそマキナ・アイ先生に期待しちゃいます。苦手なコンピュータや機械について、魔法で苦手じゃなくしてほしいな、って思います。
◇
まずは普通の授業がはじまりました。国語に算数、社会に理科と、担任の剛田先生が大きな声で、ビシビシと授業をすすめます。
スキをみて後ろを振り返ると、補助教員の席に座ったマキナ・アイ先生がみんなを見守っていました。
窓から差し込む光が、マキナ・アイ先生の金髪をキラキラと輝かせています。でも時々、窓の外を興味深げに眺めたり、杖をハンカチで磨いていたり……。けっこう自由な感じです。
隣の席では綾織レンが後ろを振り返って、「うーん」と、ため息まじり。何か悩んでいるような顔をしています。まさか先生に憧れをいだいているのかな? いえ、きっとマフラーの長さで悩んでいるに違いありません。編み物が好きなレンはいつだってそんな調子です。
「コラァ! おまえら後ろばっかり気にするんじゃない、オレを見ろオレを! 注目ーっ!」
剛田先生がバンと黒板を叩きます。
それは無理な相談です。
筋肉をジャージで包み込んだ先生より、可憐な金髪の魔女先生を見ていたい気持ちはみんないっしょです。
気がつくと、ようやく五時限目。
お待ちかねの『総合的な学習の時間』になりました。
「はい! じゃぁ授業、はじめますね」
「「「よろしくおねがいします!」」」
ポジションチェンジして、マキナ・アイ先生が教壇へ上ります。挨拶をしてから授業が始まりました。
正担任の剛田先生は一番うしろの補助教員の席へ。もうだれも後ろなんて振り返りません。みんなまっすぐ姿勢を正して、マキナ・アイ先生に注目しまくりです。
魔法の杖を指揮棒みたいに動かして、黒板に字を書きはじめました。
『身近な魔法と、身近なコンピュータについて』
「先生……! 魔法は身近じゃありません」
早速、クラスいちの沈着冷静なメガネ男子、リク君が手をあげました。もっともな意見だとおもいます。
「魔法は身近ですよー。たとえば皆さん、魔法と聞いて何を思い浮かべますか?」
「魔法……?」
今朝、先生の魔法を見るまでは信じられませんでしたけれど、この世界に魔法は「存在しない」ことになっています。
おとぎ話やマンガやアニメ、ゲームではおなじみですけれど。夢物語です。
「空飛ぶホウキ」
「水晶玉で占い?」
「いや、普通にゲームの攻撃魔法かな」
「魔法で炎を出したり、氷を出したりするやつ!」
次々と意見が出ます。魔法のイメージは人それぞれみたいです。
「はい、ずいぶんと詳しいですねー。どんどん出てくるじゃありませんか。魔法については、みんなが考えている通り、だいたい合っていますよ」
金髪を耳にかきあげながら、先生は指先で杖を振りました。黒板にチョークが踊り、皆の意見を書き留めていきます。
「私の暮らしていた世界、アースガルドでは、みんなが思い描くような魔法が実在していました。空飛ぶホウキに、水晶玉占い。敵を攻撃する炎の魔法、氷の刃を生む魔法、なんだってありましたよ」
「すごい……!」
「マジかよ……!」
マキナ・アイ先生の言葉に、みんな目を輝かせます。
最初にあんな凄い魔法を見せられたのですから、むこうの世界の話だって信じちゃいます。
「でもね、みんなの暮らすこの世界にも、すごい『魔法の箱』があるんです」
「魔法の箱?」
「それがコンピュータです。日本語なら電子計算機、中国語ならば電脳ですね。こレガ魔法と同じようなことが、できちゃうんですよ」
みんな先生の言葉に考えこみます。魔法と同じことができるのでしょうか? そもそもコンピュータって何をするものでしょう?
マキナ・アイ先生は輝く魔法の杖をふると、今度は黒板に図を映しはじめました。
「あ、プロジェクション・マッピング?」
「魔法みたい」
「魔法だろあれは」
「あ、そっか」
黒板に映し出されたのは、普段目にしている家電製品。テレビや冷蔵庫に電気ポットなど身近なものばかりでした。それに自動車や飛行機、大きな機械や発電所みたいな施設まで、黒板いっぱいに並びます。
まるで立体映像みたいにリアルで、アニメーションみたいに動きます。まるでそこにミニチュアがあるみたいに見えます。
「これらの全てに、小さなコンピュータが入って、活躍しているんですよ」
「えー?」
「そうなの……!?」
「じゃぁお見せしますね」
するとテレビや冷蔵庫が透けて、中が見えました。そのなかに沢山ある部品のうち、いくつかが青白く光っています。
「おぉー?」
「スケルトンボディだね」
「光っている部分がコンピュータなの?」
「そうです。身近な家電や自動車の中には、コンピュータという『魔法の箱』が入っていて、それぞれの動きを『制御』しています」
先生の魔法は、わかりやすいアニメーションみたいでした。
半透明になった自動車の中で、青白く光る部品が点滅すると、タイヤの回転の仕方が変わります。エンジンやブレーキといった部品と連動しながら、制御している様子がわかります。
「冷蔵庫の中では、温度を一定に保つように管理しています。テレビは説明が難しいですけれど、受信した電波を映像として見えるように変換したり、チャンネルを制御したり……いろいろな仕事をしていますよ」
なるほど、なんとなくわかりました。コンピュータは動きを制御する、監督さんみたいな働きをする部品みたいです。
解りやすい説明で、すんなりと理解できました。
「身近なところにコンピュータあり。みんなの生活を陰で支えているんです。他にも携帯電話、銀行のATMの制御や、税金の計算。病院の待合室の順番の管理、おおきなところではダムや発電所の管理なんかも……。とにかくあらゆる機械を、陰で制御しているのがコンピュータなんです。あ、もちろんみんなの好きなゲーム機もコンピュータですね」
なぜか先生は誇らしげです。軽快な話にみんな聞き入っていますが、異世界から来た魔女の先生なのにどうしてこんなに詳しいのでしょう?
「でも先生、魔法のほうが便利じゃないの?」
言ったのは隣の席のレンです。また余計なことをいいますね。
「そう思いますか?」
クラスを見回すとみんなも、答えに興味がありそうです。私も、コンピュータよりも魔法のほうがすごくて、何でも出来るんじゃないかって考えます。
「魔法は確かに何でもできます。この世界にある便利な道具と、同じことがほとんどできちゃいます。空も飛べるし、車みたいに速く移動することも。携帯電話みたいに、遠くの人と話すことだってできます」
「やっぱり魔法は凄いんだな」
「魔法を教えてください、先生。速く走れる魔法!」
運動の得意な花園さんが言いました。
「うーん……。魔法は、例えるなら歌や絵の才能みたいなものです。資質を持ったひとが、すごく一生懸命に訓練して、やっと習得できる。そんなものなんです」
「先生も修行したんですか?」
「えぇ、10年ぐらい師匠の元で修行して、やっと魔法使いになれました」
「えー……」
「そうなんだー」
「難しいんだね……」
簡単に魔法使いになれるわけじゃないみたいです。ちょっと残念です。魔法を使うのは才能と努力。魔法使いはプロの道。簡単にできるわけじゃないんですね。
ちょっとガッカリした空気が漂います。
「それに空を飛ぶのは疲れます。ホウキにのるとお尻が痛くなるし……。一時間も飛んでいられませんよ? 夏は虫が顔にあたっていやですし、それに髪が乱れちゃいます」
あはは……! とみんな笑います。空を飛ぶのって思っている以上に大変みたい。
「けれどこの世界には飛行機がありますよね! すごいです! 飛行機は100人もの人間を一度に、地球の裏側まで運べます。こんなこと魔法じゃ無理ですよ。魔法使いが何人いたってできっこありません」
そう言われれば、そうかも。
「自動車も凄いですよね、お父さんやお母さんが運転していると思いますけど。たいていの家にあって、気軽に家族で出かけられる乗りものなんて凄いと思います。魔法の馬車を動かすには、魔法使いが気合で動かすからとっても大変なのに……」
「つまり、この世界の科学のほうが、魔法より便利なの?」
「悔しいけれど、そのとおりです! 誰でも気軽に、いつでも便利な機能を使える事。これってすごいことだと思いません? こうした文明の利器、機械を支えているのがコンピュータです」
おー……! と、教室が納得の声で満ちました。
なるほど、私もがぜん、コンピュータに興味が出てきました。
<つづく>




