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はじめての召喚魔法


「ちょっと騒がしくなりましたね。では、静かにしてもらいましょう」


 マキナ・アイ先生は、チョークを杖の先で操りながら、黒板の空いているスペースに大きな円を描きはじめました。


 カツカツカツ……シャーッと、白いチョークがさっきの何倍もの速さで、丸や星みたいな図形を描いていきます。二重の円のふちに沿って、続いて見たことのない文字を次々に書き加えてゆきます。

 その間アイ先生は何かをつぶやき続けています。魔法の呪文のような、聞き慣れない言葉を発しているのです。


「あ、あれって……!」

「どうしたの花音(カノン)さん」

「魔法円……! あれ魔法円だよ!」

 窓際(まどぎわ)にすわっていた占い好きの女子、花音(カノン)さんが叫びました。

 確かにそれはマンガやアニメで見る魔法円によく似ていました。クラスメイト全員が息を呑み、先生の描く魔法円に注目します。


「そうです、これは魔法円と呼ばれるものです。よく知っていますねー? 正確には『多次元歪曲解・時空間座標連結術式』です」


「次元歪曲、くうかん……れんけつ」

 全員が唖然(あぜん)としているなか、アイ先生は握っていた木の杖をくるくるっと回して、パン! と黒板に描かれた魔法円の中心を叩きつけます。


「さぁ召喚(・・)! ゲート・オープン!」

 するとパァアアア……ッ! と、光が魔法円から発せられました。


「召喚って、何を!?」

「召喚獣とか魔神とか、それっぽいヤツだろ」

「えぇっ教室で!?」

 思わず身の危険を感じ、机の下に隠れて身を低くします。災害時には、こうして机の下に隠れましょう。

「すぅげぇえええ……!」

 となりではレンが目をキラキラさせて立ち上がり、興奮しています。


「わぁあああッ!?」

「光ったぁ!」

「マジで魔法じゃん!?」

 すると魔法円から、巨大な人のような姿をした何かが出現。黄金の輝きに包まれて飛び出してきました。

「あわわ……!?」

 ズズゥン……! と教壇(きょうだん)の前に両足をつけて着地。地響きがしました。光が収まると、双眸(そうぼう)をカッと見開き、クラスメイトをギロリとにらみつけます。

「――ゴゥラァアア! おまえらァ、静かにせんかぁッ!」

 魔法円から飛び出すなり、すごいダミ声でクラスメイトを怒鳴りつけました。ガラス窓がビリビリと震えます。

 それは担任(・・)剛田(ごうだ)先生でした。


「「「えぇええええええッ!?」」」

 クラス全体に悲鳴が響き渡りました。

 召喚されたのはなんと1年B組の正担任、剛田先生でした。

 体育の担当教諭(きょうゆ)である剛田先生は、ジャージの内側にすべて筋肉が詰まっているようなひとです。


「というわけで、皆さんの大好きな剛田先生を、職員室から召喚しちゃいましたっ!」

 おちゃめな魔法使いの先生は、じゃーんと両手を広げました。


「剛田かよっ!」

「なんつーもん召喚してんだ!?」

 教室の椅子と机がいっせいに、ズッコケたようにガタガタと音をたてました。みんな期待ハズレもいいところですからね。


「剛田先生を召喚したの……!? 職員室から、魔法で?」

「魔法の無駄遣いにもほどがあるだろ」

 私もレンもツッコミまくりです。


「どうぞよろしくおねがいします、剛田先生」

 マキナ・アイ先生が、見上げるような大男、剛田先生にペコリとおじぎをしました。


「いやはや、打ち合わせ通りでしたな! アイ先生! 職員室でビカーって光ったときは、流石にちょょっとビックリしましたよ! ガハハ……!」

「失敗すると次元の狭間(はざま)に消えちゃいますからね。座標がズレなくてよかったです」

「またまたご冗談を……!」

「うふふ」

 事前に打ち合わせまでしていたみたいです。私たちを驚かせるつもりだったのですね。ていうか何気に怖い魔法だったみたいです。


「こんな無駄な魔法の使い方ってある!?」

「職員室から歩いてこいよ……」

「でも、魔法は本物だよね?」

 クラスメイトたちは、マキナ・アイ先生の魔法を()の当たりに驚きを隠せません。私だってそうです。あぜんぼうぜん、言葉が出てきません。


 剛田先生はマキナ・アイ先生の横で腕組みをして、仁王像みたいに立っています。

 短く刈り揃えた髪に太い首回り、分厚い胸板。ジャージがパンパンではちきれそう。ちょっと私は正直苦手なタイプです。

「ゴホン! いいかぁおまえたちぃ! マキナ・アイ先生は今みての通り、本物の魔女さんだぞ! 言うことを聞かないと、カエルかヘビに変えられちまうからな!」

 剛田先生は、ニイッと邪悪な笑みを浮かべます。私たちに対する脅しのつもりでしょうか。

 教室全体を見回して、威圧するように鼻の穴を広げて「ふん」と鼻息を荒くします。

 

「私、そんなことしませんよ剛田先生っ」

 けれど、マキナ・アイ先生は剛田先生に抗議しました。そうですよね、魔女だからってそんな怖いことしませんよね。

「アイ先生、ここはビシッと言っておかないと、こいつら調子に乗りますから」

「でも、動かない石像に変えたほうが安全です! 復元する時に楽ですし」

 下唇を指でおさえて「んー」と考え込んでいます。

「せ……石像ですか?」

「あっ、でも絵画に閉じ込めるのも得意ですよ」

「ア、アイ先生、それはまたあとで考えましょう」

「そうですか?」


 何やら物騒な会話が教壇でかわされています。なんですか、石像や絵画に変えるって。やっぱりアイ先生は魔女なんですね。

 でも、あの剛田先生がタジタジです。ちょっとその様子が面白い。


「ゴホン、いいかぁ! 今や世の中は多様性の時代! ともに生きる共生社会! 人にはそれぞれ個性と事情がある。細かい事は気にするな! 大きな心で受け入れて、楽しく学校生活をおくろうじゃないか!」

 腕を振り上げて演説をする剛田先生。美人のマキナ・アイ先生の前だからって張り切りすぎ。声はとても大きくて誰よりも騒がしい。けれど今の説明で納得するしかありません。


「なんかむちゃくちゃ言ってるけど」

「でも、アイ先生なら授業、楽しそうだよね」

「だよなー」

 レンも呆れた様子で笑っています。魔女なのに先生。なんだか頭が混乱してきます。


「マキナ・アイ先生は確かに魔女だが、ちゃーんと日本の教員免許も持っていらっしゃる! 今日からはこのクラスの副担任として、みんなに勉強を教えてくれるからな!」


 剛田先生が黒板にチョークで、カツカツっと『歓迎』と書いた。


「あらためまして。ただ今ご紹介いただきましたね。私は向こうの世界……アースガルドでは王国魔法協会公認の魔法使いでした。今日からは憧れのここ日本で、特別教諭として皆さんに勉強を教えたいと思います!」


 マキナ・アイ先生は眉を持ち上げてニッコリと、クラス全体を見回しました。魔法が使える異世界人。とんでもない先生が来たのは間違いないようです。

 わぁああ……! と大歓迎の拍手が響き渡ります。


「先生! 僕たちに魔法を教えてくれるんですか?」

 クラスの頭脳派メガネ男子、リク君が手をあげる。

「俺! 攻撃魔法を覚えたいです!」

「なら私、恋の魔法!」

 みんな口々に勝手な希望を言い始めました。

 教室のテンションはとどまるところを知りません。

 これから始まる魔法の授業、まるで魔法学校みたいです。

 みんなで魔法を習って、あとは世界を救う大冒険をしちゃうかもしれないのです。


「あの、私が教える特別授業はアイシーティー、つまり情報技術(・・・・)ですよ」


 アイシーティー、情報技術?


「なぁ姫子、あいしーてぃーって何?」

「知らないけど」

「情報技術って魔法の一種なのか?」

「違うと思うけど」

「ふぅん?」

 隣の席ではレンが小首を傾げています。私だって困ってます。


「アイシーティは情報技術、簡単に言えばコンピュータの授業です」


 マキナ・アイ先生は黒板の文字を魔法の杖で書き換えました。一瞬で黒板に『ICTアイシーティー情報技術』と白いチョークが踊ります。


「コンピュータ?」


 魔女の先生が……?

 魔法ではなくて、コンピュータの授業をですか?


「え……え?」

「えぇえええーっ!?」


「今日からコンピュータのことを、お勉強しましょうね。プログラミングや情報技術を、楽しく学んじゃましょう!」


 マキナ・アイ先生がそう言うと、隣で剛田先生が両手の拳を握りしめて「ファイト!」というポーズをとりました。


 魔女先生が教えてくれるコンピュータの授業。いったいどんな勉強が始まるのでしょう?


<つづく>

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