あたらしい先生は魔女!?
「私はマキナ・アイといいます、よろしくね!」
新しい先生がやってきたのは5月の連休明けのことでした。
「が、外国人の先生だ」
「きれいな金髪……!」
爽やかな朝の光に包まれた教室に、金髪の天使が舞い降りたのかと思いました。宝石みたいな青い瞳に、金色のさらさらロングヘア。まるで外国映画に出てくる女優さんみたいに、とても綺麗な先生なのですから。
愛くるしい太めの眉を持ち上げて、瞳を輝かながら軽くウィンク。そんな仕草もとってもキュートです。
私たちの北山中学1年B組の教室は、新しい先生の登場に騒がしくなりました。
中学生になってひと月とすこし。窓から見える山並みは鮮やかな新緑に彩られています。ちょっと5月病気味だった私たちにとっては、目の覚めるようなサプライズです。
「ちなみに外国じゃなくて、異世界から来ました」
マキナ・アイ先生は何やら妙なことを言った気がします。小鳥のさえずりのような声は、クラスのざわめきにかき消されてみんなの耳には届きませんでした。
「んっ? 異世界……?」
けれど、教室の前から二番目の席に座っている私――里見姫子はちゃんと聞いていました。
「かわいい……!」
「お人形さんみたい!」
女の子たちはキャーキャーと手と手を取り合って大はしゃぎ。男子たちはポカンと口を半開きにしています。
クラスのみんなは、すっかりハートを射抜かれたみたい。今日から素敵な先生がクラスの副担任になるのですから無理もありません。
けれど私はクラス委員長としてツッこまずにはいられませんでした。
「あっ……! あの、先生ッ!」
がたん! と机が音を立てました。気がつくと私は手を上げて、椅子から腰を浮かせていました。
教室が静まりかえって、視線が集まってちょっと恥ずかしい。
けれど私はクラスの代表として、これだけは確かめなくちゃならないんです。
「はい、えーと」
「私、里見姫子です。出席番号10番。クラス委員長です。質問してよろしいでしょうか?」
ハッキリと声を出すのが私の流儀。新しい先生だって同じです。
すると、黒板の前に立っていたマキナ・アイ先生は、私を青空みたいな大きな瞳で見つめました。
「ヒメコさん! よろしくね」
「はっ……はい」
名前を呼んでもらえて嬉しい。ってそうじゃなくて!
「どうして先生は、魔女の格好をしているんですか!?」
言ってやりました。
みんなだって心の何処かで「あれ?」と、疑問には思っていたはずです。
だって先生は「魔女」みたいな服装をしていたのです。
いわゆる「コスプレ」というやつかもしれません。けれどアニメやマンガに出てくる魔法少女とは違っていて、童話の挿絵に描かれているような、古典的な魔女の服装です。
足首までの長さのドレスは紫色で、体育館のステージの両脇にぶら下げてある幕のような質感です。あんなの、お店で売っているところを見たことなんてありません。
肩にはコウモリの羽をかたどった白いショールを羽織っています。
極めつけは手にもった捻じくれた木の杖! それに頭の上には「とんがり帽子」までかぶっているんです。
ハロウィーンの仮装行列にいても違和感なんてまったくありません。
どうみたって「魔女」の格好そのものです。
「いいだろ別に、魔女のコスプレ格好いいじゃん」
隣の席から気だるげな声が聞こえました。
ふわっとした髪に子供っぽい横顔。なんだか眠そうな表情なのは、きっと夜遅くまで編み物をしていたからでしょう。
彼は私の幼なじみの綾織レン。編み物が得意なちょっと変わった男の子です。
「そういう問題じゃないの、先生としてあの格好は何? って聞きたいの」
「姫子は真面目すぎるんだよ。先生は美人だからマフラー似合うかも……」
編み物のことでも考えているのでしょう。私に編んでくれる話はどうなりましたか。
「ちょっ、美人なら誰でもいいわけ!?」
「いいにきまってんだろ」
「こっ……」
これだから男子は! ギリッとレンを睨みつけてから、先生に向き直ります。
もう一度先生の服装を確かめます。魔女みたいな服装だけじゃありません、身につけているアクセサリーも個性的で……可愛い。
赤い宝石と動物の骨を繋げたネックレスに、指にはシルバーリングがいくつも光っています。どれもお店じゃ売っていなそうなものばかり。正直、ほしいです。
右手にもった杖の先端には水晶玉がついていて、よく見ると「金色の針」のような結晶が浮かんでいます。いかにも「魔法の杖」っぽい。
――あやしい……怪しすぎる。
学校の先生の服装と言えば、ジャージやヨレヨレのスーツ姿が定番です。けれど先生の格好はどうみても魔女そのものです。
「先生の格好……変ですか?」
ひらり、とドレスの裾を持ち上げると、教室のみんなは一斉に首を横にブンブンと振りました。クラスの一体感を感じた瞬間です。
「へ、変じゃないですけど! その……魔女っぽいなって思ったので」
私がトーンダウンしながら尋ねると、クラスのみんなもようやくうなずきます。
すると、アイ先生はにこやかに微笑みを浮かべたまま、
「だって先生は、魔女ですから!」
――魔女……!
魔女と答えました。
ためらう様子もなく、はっきりと。
「えっ!? 魔女って凄くない!?」
最前列の夏帆さんが興奮した様子で振り返ります。とたんに教室全体がどよめきました。
「すげえよ! 魔女、超かっけー!」
「まじで? 本物!?」
男子たちが目を輝かせます。
「先生は魔法が使えるんですか?」
「魔法見せてよ、魔法!」
「魔法! 魔法!」
響き渡る魔法コール。魔女っていうくらいなら魔法が使えるはず。けれど半信半疑。だって単なる冗談かもしれないですし。
魔女だとみとめた先生に、だんだんとクラスが騒がしくなりました。私も正直、戸惑いを感じています。
私は「しずかに」と、手をあげて皆の声をとめました。
「使えますよ魔法、もちろんですとも」
先生はちょっとだけ怒ったみたいに、ぷくと頰をふくらませました。その顔がまた可愛いんですけど。
「魔法を使えるんですか!?」
「はい、もちろんですとも」
アイ先生はさらっと自信ありげに肯定します。信じられません。
「マジでいってんの……?」
「先生、おもしろすぎでしょ」
「なら見せてよ魔法!」
一番うしろの席に座っている、ちょっとやんちゃな男子。島崎くんと杉田くんがはやしたてます。
「本当は魔法使用条約で日本政府に禁止されているんですけど、特別ですからね」
しーっと唇に指を当てて静かに、というポーズ。島崎くんと杉田くんは、とたんにピンと姿勢を正しました。
「魔法使用条約……日本政府?」
魔法とか政府とか、何気にすごい単語が交じっていた気がします。
すると先生は右手に持ったねじくれた木の杖を、ちょっと高く掲げました。やがて杖の先にあった丸い水晶玉みたいな飾りがキラキラと光りはじめます。
「よーく、みててくださいね!」
クラス全員が見つめる中、先生は「えいっ」と可愛い声で気合を入れ、右手に持った杖を黒板に向けて振りました。
すると黒板の下にあったチョークが一本、ひとりでに動きだしました。
「うそ!?」
「おぉ……!」
誰も触っていないのにススス……と、黒板の表面を滑りながら真ん中まで登ると、白い字を書いてゆきます。
「ひとりでに動いた!」
『――私はマキナ・アイ。もうひとつの地球、アースガルドから来ました。ご覧の通り魔法使いです。みんなの新しい先生です。よろしくね』
チョークがまるで、透明人間が動かしているみたいに文字を書いています。
黒板に書かれたのは綺麗な日本語の自己紹介でした。
「マジック?」
「トリックだろ」
「イリュージョンだってば」
トリックもマジックもイリュージョンも同じだと思いますけど、先生は気にするふうもありません。
「先生は、皆が暮らしている世界とは少し違う別の世界……。いわゆる異世界の地球、アースガルドからやってきました。そこでは魔法というパワーがあって、いろいろな事に使われています」
チョークの文字が止まると、マキナ・アイ先生はそう言葉を紡ぎました。
「アースガルドって何処にあるの?」
「異世界って、マジ?」
「アニメみたいじゃん!?」
「すげぇ! かっけぇ……!」
男子達がヒートアップして盛り上がります。
もうワクワクが止まりません。そりゃそうです。
異世界に魔法使いとなれば、これからどんな冒険がはじまるか、想像するだけで楽しいです。誰だって期待します。
私だって正直に白状すると、可愛い魔法少女になってみたいです。困っている人を助けたり、悪ものこらしめたり。でもクラス委員長として、恥ずかしい格好は出来ませんけれど。
<つづく>