放課後、駄菓子屋で駄弁る男子高校生 兼……。
友人との会話でなんとなく思いついたお話なので、深く考えずにお楽しみ頂ければと思います。
夏休み前の夏の日の夕暮れ時。
なんでもない普通の住宅街を高校指定のワイシャツ、ズボン姿の男子高校生が3人、ダラダラとした足取りで歩いている。
これといった特徴のない顔をした髪を短く切り揃えた平均的な身長、体格の男子高校生が先頭を行き、長身で長い茶髪のいかにも不良といった着崩しをした男子高校生と、メガネをかけた太り気味の坊主頭の男子高校生がその後に続く。
3人は仲が良いのか悪いのか、会話のないままに歩き続けて、ダラダラと歩き続けて……そうやって3人は毎日のように通っている、3人にとっての最高の癒やしスポットのとある駄菓子屋へと向かっていた。
80歳を過ぎた老婆が経営するその駄菓子屋は、錆びついたトタンの外壁と古びた木の手書きの看板を構える如何にもな駄菓子屋で……10円から始まる様々な駄菓子と古びた玩具が販売しているような駄菓子屋だった。
そうした小銭で買える駄菓子達も魅力的ではあるのだが、3人を何よりも引き付けるのは老婆の手製のおやつメニュー達だ。
手作りせんべいやお好み焼きなどがメニューにある中、3人は特に二つのメニューを気に入り、その二つのメニューを毎日のように飽きもせず食べていた。
その一つ目がたい焼きだ。
1つ50円。老婆手作りあんこの入ったそのたい焼きは、爽やかながら強烈な甘さがたまらない程に美味しく……マラソンとの名目で長距離を無駄に走らさてしまい、疲れてしまった日などには5個も10個も食べられてしまう代物だった。
二つ目がたこ焼きだ。
6つで200円。出汁がたっぷりと入った生地に大きなタコが詰め込まれたそれは、ソース無しでも美味しいというのに、老婆手作りのたこ焼き用ソースによってその味が数段上のものへと昇華されている。
一度食べ始めたら止まらない、財布の中から小銭が無くなるまで止まらない味を持つこのたこ焼きは、3人がこれまでの人生で口にした中も断トツの美味しさを誇る至高の料理だった。
この二つのメニューがなければ生きてはいけぬ、この二つのメニューを口にしなければ高校生活で疲れ切った我が身の重さに耐えられぬ。
究極とも至高とも言えるそんな二つのメニューを、今日も腹いっぱいになるまで食べるべく、3人は駄菓子屋を目指しダラダラと歩いているのだった。
『店主急病につき、臨時休業』
しかし、そんな3人を出迎えたのは、そんな非情過ぎる内容が記された一枚の張り紙だった。
下ろされたままの錆だらけのシャッターに、ただそれだけが書かれた張り紙がポツンとあり……それを見た3人はしばしの間絶句してしまう。
「う、嘘だろ!?」
先頭を歩いていた一人がそう声を上げる。
「ふっくん! よしさん! これお前らの仕掛けたイタズラか?
笑えねぇぞ!!」
長髪の一人がそう声を上げて、ふっくんと呼ばれた先頭を歩いていた一人は必死に違う違うと顔を横に振り……そしてよしさんと呼ばれたメガネの最後の一人は、
「あーちゃん!! いくら私達でもこんな笑えないイタズラ仕掛けませんよ!
そ、それよりも急病って……一体何が……!?」
と、声を上げてシャッターに張り付き、シャッターに耳を押し当てて中の様子を伺い始める。
しかし中からは何も音は聞こえず、あーちゃんはいっそシャッターをぶち破るかなどと言い出し、ふっくんはそんなあーちゃんを必死に制止し、よしさんはそんなに煩くされたんじゃぁ中の様子が伺えないと悲鳴のような声を上げる。
そうしてシャッターの前で騒ぎに騒いだ、ふっくん、あーちゃん、よしさんの3人は、駄菓子屋の中はどうやら無人のようだとの結論に達し……それが悪いことだと分かっていつつも、臨時休業の真相を確かめる為、店主の老婆の病状を確かめる為に、駄菓子屋の裏手にある老婆の家へと侵入してしまう。
それは玄関にあったチャイムをいくら鳴らせども、老婆の名前を必死にいくら呼べども返事が無かったからの3人なりの緊急措置だった。
一体築何年なのか。
古い木造家屋のギシギシと軋む廊下を進み、家の奥へ奥へと進み……恐らくは老婆の寝室だと思われる部屋を見つけ……少しの間を置いてから、3人それぞれその先に何があっても取り乱さないぞと心を落ち着けてから……代表のふっくんがバッと一気に障子戸を開く……!
障子戸の向こうにあった和室には、一つの布団が敷かれていて、その布団の上にはうつ伏せになっている老婆の姿が。
そうして3人の侵入に気付いた老婆は、ただ一言。
「ギックリ腰だよ」
と、3人に向かって言い放つのだった。
「なんだよ、婆ちゃん心配させんなよ~~~」
「本当だぜ、まったく……ただのギックリ腰かよ」
「いやいや、深刻な病気とかじゃなくてよかったですよー」
部屋にドカドカと入り込み、畳の上に腰を下ろしたふっくん、あーちゃん、よしさんの3人は、順番でそんな言葉と共に安堵のため息を漏らす。
そうして老婆が言葉を返すのを待たずによしさんが、
「深刻な病気なら手の打ちようが無かったですけど、ギックリ腰ならこれで治るはずですし、お店もすぐに再開できますね」
なんてことを言いながら背負っていたリュックから2本のペットボトルとストローを取り出し、その青色の液体が入った無地のペットボトルとストローをうつ伏せに寝たままの老婆の枕元にそっと置く。
「はい、お婆ちゃん、ポーションとハイポーションですよ。
どちらも私達の手でダンジョンから採取した天然物ですから安心して飲んでください」
そんなよしさんの言葉を受けて、老婆は何か言いたげな様子を見せるが……口を閉ざしたまま何も言葉を発しないまま、ただ黙ってペットボトルへと手を伸ばす。
ストローを器用に使い、うつ伏せのまま2本ペットボトルの中の液体をゆっくりと飲み干す老婆。
それから少しの間があって……老婆の体を淡い光が包み込んでいって、老婆の体内のポーションとハイポーションがその効能を発揮し始める。
飲めば大体の怪我……大きな切り傷や、骨折すらも一瞬で癒やしてくれるポーションとハイポーション。
その両方を飲んだとなれば例えギックリ腰であっても完治するであろうと、ふっくん、あーちゃん、よしさんの3人は確信していたのだが……淡い光から解放された老婆は、無言で苦痛に歪んだ顔をただ横に振るのみ。
ポーションでもハイポーションでもギックリ腰を治せなかったという事実は3人を愕然とさせ……そして深く絶望させる。
このまま老婆のギックリ腰が治らなければ、駄菓子屋は閉店したままで、あのたい焼きとたこ焼きを食べることは二度と出来ず、学生生活の疲れを癒やしてくれていた唯一の、絶対の希望を失うことになる。
そんなことあってはならない、そんなこと許容出来ない、出来るはずがないと3人は頷きあい……そして無言のまま立ち上がる。
そうして3人は老婆の家を後にし、それぞれの家へと向かい……倉庫の奥にしまいこんでいた装備を取り出して……再び、あのダンジョンへと潜ることを決意するのだった。
翌日の昼過ぎ、市役所の駐車場の脇。
市が管理するダンジョンの受付に、学校をサボった3人の姿があった。
ふっくんは黄色い縞模様付きヘルメットを被り、青色の作業服を身に纏い、大きな解体用ハンマーを手にしている。
あーちゃんは白いヘルメット、サングラス、防塵マスクに絶対無敵との文字が書かれた白い特攻服という姿で、年季の入った釘バットをその手にしている。
よしさんは、麦わら帽子の半袖シャツに短パンという姿で、虫かご虫網をその手にしていて……受付の職員達と受付に並んでいたダンジョン探索者達は、そんな3人の姿を見て激しく動揺する。
(な、なんだあいつら……!?)
(お前知らないのか? あいつらはここらでトップレベルの……)
(うお、あの装備、全部ダンジョン素材で作ってるのかよ、あの装備で家が何軒建つんだ?)
3人の耳に届かないよう、小声でそんなことを言い合ったダンジョン探索者達は、自然と、3人から距離を取る形で受付から離れて、3人に道を、受付の順番を譲ってしまう。
そうして3人は無言のまま、粛々と受付を済ませて一番高レベルとされる、最高難度のダンジョンの扉の……空中にポツンと浮かぶ扉の前に立ち、手にしていた金の鍵を扉の鍵穴へと差し込む。
すると、一体どんな金属なのか、独特の緑色の光を放っていた扉がギギギという音と共に開け放たれて……瞬間、3人はそれぞれの武器を構えて、駆け出し、その扉の奥へと飛び込んでいく。
扉の奥のダンジョン内部は薄暗い、苔むしたレンガに覆われたトンネルのような道となっていた。
その薄暗い道を3人のヘルメットと帽子に取り付けられたライトが明るく照らし、照らされた道をよしさんが先頭になって凄まじい速度で駆けていく。
「ふっくんはボスにたどり着くまで決して力を使わないでください!
ボスまで力を溜めてもらって、それを一気に放ってボスを倒して貰います!
雑魚は僕とあーちゃんがなんとかしますので……とにかく一気に奥の奥まで駆け抜けましょう!」
そう言って虫網を振るうよしさんに、釘バットを構えたあーちゃんが続き……解体用ハンマーを両手で握ったふっくんが最後に続く。
ふっくんはその解体用ハンマーへとこめかみに血管が浮き上がる程の力を送り込んでいて……解体用ハンマーをは少しずつではあるが確実に力を溜め込み、薄っすらと光を放ち始めている。
よしさんの振るう虫網にはモンスターを捕らえる力がある。
虫網に捕らえられたモンスターは虫かごの中へと封印され……虫かごの蓋をあけることでモンスターが放たれる仕組みだ。
一度虫かごの中に捕らえられたモンスターは、よしさんの支配下に置かれるので、虫かごの中のモンスター達は貴重な戦力となってくれる。
あーちゃんの振るう釘バットには、これといった特別な力は無いのだが、その硬さ、破壊力は他の武器の追随を許さず、S45C……機械構造用炭素鋼ゴーレムであっても一撃で粉砕する程の破壊力を有している。
そしてふっくんの持つ聖なる解体用ハンマーには―――。
3人がそこまでの武器を持ち出してまで、このダンジョンに挑む目的は……ダンジョンで手に入る回復役としては最上級の秘薬、エリクサーの入手する為だ。
万病を治し、死者さえも蘇生させるというエリクサーならば、きっとギックリ腰を治せるはずだと3人は考えたのだ。
しかしエリクサーが手に入るほどのダジョンとなると、その分難度も跳ね上がり、そこまでの難度のダンジョンとなると例え3人であってもクリア出来るかどうか分からない。
その上、高難度のダンジョンを普通のやり方で攻略したのでは、一ヶ月二ヶ月……いや、下手をすると半年もの時間がかかってしまうことだろう。
それ程の時間がかかってしまっては……それ程の時間寝たきりとなってしまっては、例えエリクサーが手に入ったとして、老婆が快復し、駄菓子屋の店長として復帰出来るのかが危ぶまれる。
だからと3人は奥の手を使っての、奥の手を使い切っての無理矢理な、強引な攻略法に打って出たのだ。
その攻略の鍵となるのは、3人のリーダーであるふっくんの力と、ふっくんの持つ聖なる解体用ハンマーだ。
それらを道中で消耗することなくボス部屋にたどり着ければきっと……いや、絶対にこのダンジョンを攻略出来ることだろう。
そう自らの立てた作戦を信じて、勝利を信じて3人はただひたすらに、一直線にボス部屋へと向かって駆け続ける。
そうして何時間が経っただろうか。
よしさんは疲労困憊の状態となり……その手に持つ虫網はボロボロの穴だらけとなってしまっていた。
あーちゃんは毅然な態度を見せていて、その疲れとダメージを表に出してはいなかったが、力を溜め込み続けるふっくんを何度も庇ったことで、その特攻服はボロボロとなってしまっていて、恐らくはあばら骨の何本かが折れてしまっていることだろう。
そんな2人の後ろの構えるふっくんは無傷で……ただただ聖なる解体用ハンマーに力を込め続けていて……そうしながら傷ついた仲間の姿に悔しげに歯ぎしりをしている。
しかしその我慢も、後少しでする必要が無くなる。
ボス部屋はもう目の前。
後は目の前の扉を開き、聖なる解体用ハンマーの力でボスを粉砕するだけだ。
ふぅっと深いため息を吐いた3人はお互いの目を見合い、頷き合い、無言のまま合図を交わし合って……そうしてよしさんがその扉に手をかける。
次の瞬間、3人の目の前の扉は勢いよく開け放たれ、3人はその扉の奥、ボス部屋へと吸い込まれる。
そしてそこには異形と化し、モンスターと化したブルドーザーの姿があり……そのブルドーザー型モンスターに向かって、ふっくんが叫ぶ。
「これでも食らえ! モンスター!」
瞬間聖なる解体用ハンマーが白い光を放つ。
その光は膨大な光の渦となって膨れ上がり……そこから一本の矢のような光が放たれる。
その光は一直線にモンスターへと向かい、命中し、命中した光がまたも膨れ上がり爆発したかのような爆音と衝撃がそこから放たれて……ボス部屋が、ダンジョンがとてつもない力によって振動する。
それからしばしの間があって……ボス部屋を埋め尽くしていた光が消滅し、ブルドーザー型モンスターと、聖なる解体用ハンマーが、同時に崩れて始めて、砂のような何かへと変わり果てていく。
それ一本で南平台町に豪邸を建てられる程の値段がする聖なる解体用ハンマー。
そんな聖なる解体用ハンマーが失われていく姿を眺めながらも、3人に一切の後悔は無かった。
モンスターが崩れていく、その向こうに、ダンジョンのボス部屋のその最奥に、キラリと光る宝箱の存在を見つけていたからだ。
すぐさまにその宝箱の方へと駆け出す3人。
そしてその宝箱を開けると、そこには金色の光を放つ液体の入った500mlペットボトルの……エリクサーの姿があり、そうして3人は歓喜の雄叫びを上げるのだった。
数日後、いつもの駄菓子屋に3人の姿があった。
駄菓子屋の小上がり、畳の敷かれたそこで胡座をかく3人の前には、木のテーブルがあり……その上に並べられていく、大量のたい焼きとたこ焼き達。
それを見て3人は歓喜の声を上げて、一斉に手を伸ばし勢いよく貪る。
そんな風に3人が至福の時を過ごしていると、一通りの調理を終えた老婆が、やれやれと声を上げ、ゆっくりと膝を曲げてそのテーブルの側へと腰を下ろす。
「はー、まったく。もうちょっと行儀よく食べれないもんかね?
折角綺麗に作って綺麗に並べてやったのに、台無しじゃぁないか」
との老婆の言葉に3人はそれぞれ視線を向けての反応を示すが……3人の口の中はたい焼きとたこ焼きでいっぱいになっているので言葉は発せられない。
3人のそんな様子に老婆は深いため息を吐いてから……にっこりと静かに微笑む。
「……ま、アンタらには感謝してるよ。
おかげでギックリ腰は治ったし、その上、ほれ、見てみなよ。
皺が取れただけじゃなく肌にハリとツヤが戻ってきてね、髪も黒々としてきちゃって、なんだか若返ったみたいなんだよ。
おかげで、近所のじーさま達にはモテモテだし、プロポーズなんかもされちゃったりでね。
いやー、わたしの人生まだまだこれからって感じで、アンタらには本当に感謝しかないよ」
と、老婆がそう言うと……最初にあーちゃんが口の中の物を無理矢理に飲み下し、悲鳴のような声を上げる。
「ま……マジか!?
エリクサーにそんな効果あったのか!?
エリクサーを飲むとモテるのか!?」
続いてよしさん。
「えっ……じゃ、じゃぁ、私もエリクサーを飲んだら痩せてイケメン化してモテモテに!?
……そ、そうと知っていれば自分で飲んだのにぃぃぃーーー!!」
そしてふっくん。
「ちょっとまって、落ち着いて落ち着いて!
婆ちゃんが飲んだから若返ったってだけで、僕達が飲んだからって意味がある訳じゃぁ……!!」
そんなふっくんの言葉があーちゃん、よしさんの耳に届くことは無く、2人からはただただ後悔の声が漏れ続ける。
2つ目のエリクサーを取りに行こうにも、もう聖なる解体用ハンマーは持っていない。
あの戦法は使えず、また2人のとっておき装備達もあのダンジョン探索で失われてしまった。
もう、二度と、二度と手に入れられないであろうエリクサーを老婆にタダでぽんと上げてしまったことを、あーちゃん、よしさんは数日の間、後悔し続けるのだった。
『放課後、駄菓子屋で駄弁る男子高校生 兼 ダンジョン探索者』 これにて 了
お読み頂きありがとうございました。