表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/17

第四章の四

ハイウェイの道路ぞいには、やたらラブホテルのネオンが輝いている。帰りの車の中では、さすがにみんな疲れたのか静かだった。

次から次に現れるホテルの看板を見ながら、ユキはボンヤリと2ヶ月程前の出来事を思い出していた。

東京に独りで住むようになってすぐに、電話番号を教えていないはずの高校の同級生から、立て続けに何人か電話がかかってきた。

全員男子だった。何故かみんなユキに会いたがる。

不思議な気がしたが、そのうちの2人は結構カッコ良かったので会う約束をした。

最初のヤツは、ディズニーランドに行こうと誘って来た。前から行きたかった所なので、ユキは喜んで出かけて行った。

だが、いざ会って一緒に遊び始めると、彼が楽しんでいないのがよくわかった。

ユキがそのことを言うと、ヤツは簡単に白状した。卒業して家を出た女子は、わりとヤラセルという噂があるのだそうだ。

ある意味ガッカリしたが、ユキもヤル事には興味があったので、帰りにヤツの部屋へ泊まって、結局ヤラセた。

が、2人とも初めてで上手くいかず、ヤッタとはとても言えない状況で終わった。

しばらくして、もう1人のヤツとも同じように会ったが、より悲惨な状況に終り、かなり険悪な感じで別れた。

もちろん2人からは二度と電話がかかることはなかった。

その時のヤツらが……上手くいかずに焦っている顔が…その間抜けヅラを、現れては消えるネオンの色にボンヤリとユキは思い浮かべていた。

隣りに堀田の寝息が聞こえる。グッスリ眠っているらしく、規則正しい呼吸だ。

前の助手席で今まで同じように寝ていた山根が、目を覚まして振り返った。

「もうすぐ東京に入るけど、下ろす所、堀田と同じとこでいいのかな?」

(もう着いちゃうんだ……いっそこの闇が、このままずっと続けばいいのに…)

心の中ではそう思いつつ、ユキは黙って頷いた。

河合がラジオのスイッチを入れた。流れているのは、静かなボサノバだ。チャンネルをまわさずに、そのまま運転を続けている河合の横顔を見ながら、山根がボソッと呟いた。

「ヤレヤレ、チャンスだったのにな。このまま車で入ればツーペアだったのにさ」

ツーペアという言葉に惹かれて、ユキは聞きかえした。

「なにがですか?」

山根はいたずらっぽく笑うと、もう一度河合の横顔を覗きながら答えた、「ラ・ブ・ホ・テ・ル」

すると、河合が前を見据えたまま、今までは決して聞かせなかったオトナぽい声で、ユキに向かって言い聞かせた。

「冗談よ、ねっ!山根さん」

山根のことを先輩と呼ばずに、さん付けしたのも初めてだった。ユキは急に自分が子供じみているのを感じて、運転を続けている河合を見つめなおした。

隣りでは堀田が、まだしっかりと寝息をたてている。(堀田はもっと子供だ)と、その時ユキは思った。


河合ミカの家が神田にあるので、2人は秋葉原まで送ってもらうことにした。

山根は先に渋谷駅で車を降りる。

渋谷に着く頃には、さすがに堀田も目を覚ましていて、降りていく山根と今日の集まりをネタに、冗談を言って笑っていた。

渋谷駅に着くと、車から出る山根の背中に河合がからかうように声をかけた。

「先輩!ここにもラブホテルいっぱいアリマスヨ〜行きますか?」

山根はクスッと笑うと、河合の方は見ずに、手を振りながら去って行った。


秋葉原に着くと、2人は河合に礼を言って車を降りた。

2人を下ろすと、河合の車は超遊び人らしいハンドルさばきで、夜の巷に消えて行った。総武線のホームは休日でも割に混んでいる。

黄色い電車がそう待たないうちにホームでドアを開き、2人はかなりくっついたまま、人に押されるように電車の中に入った。堀田がまた、困った顔をしている。

(可愛いいな〜)とユキは思う。

揺れる度に堀田が体をずらすのが可笑しかった。ユキはワザと恥ずかしそうな顔をして見せる。それを楽しんでいたかったが、堀田は次で降りてしまうので、ユキは慌てて話を探した。

「星野さん、映画に行ったって…、あれ嘘です」

「嘘って!何だってそんな…」堀田がユキの目を見た。

声は押さえているが、かなり驚いた様子だ。

ちょうど電車が錦糸町駅に着いてドアが開いた。ドア付近にいた2人は、気がつくと人に押し流されてホームに立っていた。

「山根さんが私に意地悪したから、私もお返しにちょっとカラカッチャッタんです。ごめんなさい!!」

ユキはわざと申し訳なさそうに、でもはっきりと明るい声を出して謝った。

ペコンと頭を下げる。

「ウム〜………」堀田は何か言おうとしたが、声にはならなかった。

「本当は星野さん、お家の用…お母さんが個展を開くんで、搬入のお手伝いに行ったんです。」

「そうなのか〜」堀田がやっと声を出した。

「だけど君、電車降りちゃったけど、たしか次の駅でしょ?もうすぐ次の電車来るけど…」

堀田の複雑な顔ツキなどお構いなしに、ユキはアッケラカンとした口調で答えた。

「いいんです。一度先輩の家行ってみたかったし、あっ…行っちゃいけませんか?」

堀田は疲れていた。いつになく体が重い。ユキが家に来るのは煩わしかったが、断るだけの気力もなかった。

堀田は一瞬ユキを睨むと、「好きにしろよ」そう言い捨てて、ユキに背を向けスタスタと歩き出した。

ユキは何も気づかない顔で、彼の後ろについて歩いていく。

10分程歩くと、賑やかな街並みからそれて、人通りの少ない古い商店街に変わった。

ユキは道を覚えるように、しっかりと周りを見回しながら歩いた。

相変わらず堀田は黙ったまま、前を歩いている。

商店街が途切れると古い町屋が並んでいた。堀田はその一軒の前で立ち止まると、「ここだよ」と、ぶっきらぼうな声で言った。

確かめるようにユキの顔を見たが、平然としたユキの顔を見て諦めたように家の中に入った。

玄関に入ると、土間から続く中庭を抜け、離れの暗い廊下で靴を抜ぎ、ハシゴのような階段を上る。

ユキはこの家が古くて薄暗い木造なので、日本的な淫靡さを感じてワクワクした。

堀田はいつものように部屋へ入ると、魚達の居る水槽の前に座った。水槽の向こうには勉強机があり、机の前が切り取ったように正方形の窓になっている。

堀田は部屋の中の電気は点けず、水槽の青白い光だけに横顔を見せていた。無表情な堀田の顔に、男の分からない世界を感じてユキはちょっとゾクッとした。

「親戚の法事で誰も居ないんだ。何か飲むなら主屋に行って持って来るけど…欲しい?」

ユキは首を振った。

「俺疲れてるから帰りは送らないけど、1人で帰れるよね」

ユキは黙っまま頷く。(今日はこれ以上機嫌が悪くなると怖いかも…)ユキは急ぐまいと思った。ここまで来たら後はゆっくりヤレバイイ、そう決めてすぐ帰る事にした。

堀田の意外な一面を見ただけで、今日は十分満足している。不必要なおしゃべりはせず、そのまましばらく堀田の隣りで大人しく水槽を見て過ごした。

時々堀田が、独り言のように魚の話をするのを、興味があるフリをして聞いていた。

少し経つと、お腹も空いたのでユキは帰ることにして立ち上がった。

「今日はありがとうございます。我がまま聞いてくれて、嬉しかったです」そう言い残してユキは部屋を出た。

「ああ、またな」堀田が部屋の中から声だけで見送った。

ユキは階段を下りると、急に追われるような気持ちになって急いで外に出た。

空を見上げるとまん丸な月が出ていた。

大きな月が、大きなおまんじゅうに見えて、急にお腹の虫がグウグウ鳴りだした。(早く駅まで行って何か食べよう!)そう決めたユキの足は妙に速く、頭の中は食べ物以外、もう何も浮かんでこなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ