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第四章の三

次の日の12時過ぎに、ユキは約束通り学食の入り口で星野ひとみを待っていた。ユキは人を待つのが大嫌いだ。

前を通る人達の時折こちらを見る目が、マタサレテイル自分をあざ笑っているような気がしてならない。

かといって、遅れてオコラレルのはもっと嫌だった。だからユキは人を待つ時はいつも、決まって目立たない場所を選んだ。

今も自販機の影でひっそりと立っている……。間もなく星野が現われた。黄色いブラウスに黒いジーンズ、肩からは黒と白の大きなビニールバックを下げて…見た目は派手なのに、決して下品にナッテイナイ。

フランス人形のような彼女が、ユキの姿を探して、あちこち目を向けていたが、やっとユキを見つけて近寄って来た。

「なんでこんな見つけづらい所にいるの?待ち合わせの時は、もっと目立つトコにいなくちゃ!」

ユキを睨んだ目は優しかったが口調はきびしい。聞こえないふりをして頭を下げると、ユキはそのまま学食の中に入って、空いている席を探した。

ザワつく沢山の学生たちの隙間に、やっと窓際の空いている席を見つけ、2人で急いで座った。

星野はカレー、ユキは焼きそばを食べた。デザートのアイスクリームを口に運びながら星野がたずねた。

「あなたって目立つの嫌いなの?服装もいつも地味だし、あまり喋らないけど」

(ウルサイナ〜ドウデモイイジャン)と思いながら、ユキは星野を見つめている。

アイスクリームの最後の一口をほうばった星野が、ハンカチで口をふいた。白地にオレンジと黄色のドットが、着ている服によく似合っている。

「星野さんて、オシャレなんですね。小物にまで気を配ってて…」

「私?私は面倒くさいの嫌いだから、好きな物を身に付けてるだけ。それよりアナタは、全てもっと選ぶべきよ。もったいないわ…顔立もくっきりしてるし、背も高くて…、そうね〜イギリス人みたいじゃない?」

自分の事をトヤカク言われるのは大嫌いなユキだが、星野のその言葉は耳に心地よく、なんだかとても気に入った。

「そうかしら?イギリスの女の人って、私みたいなのかしら?」

「そう、アナタってガッチリしてるし、イギリスっぽいオシャレをしたらいいかも…。ほら、宝塚の男役みたいに、女らしさをあまり意識しないで、もっとノビノビしたらいいの!きっと素敵よ」

素敵なのは嬉しかったが、女らしくするのを否定された気がして、同意する気にはなれなかった。小さい頃から母親によく言われたものだ……「お前はそんな傷があるんだから、よっぽど女らしくして、男にキニイラレルようにしなくちゃダメだよ!わかったね!」

だからこれまで出来るだけ、おしとやかに振る舞ってきたのに、それをやめろと星野は言う。ユキはじっと星野の顔を見た。

そんな気持ちが多少伝わったのか、星野が返事を待たずにツケタスヨウニ言った。

「人間て、自分にないものを求めてもダメなの。かえって惨めに見えるだけよ。それより自分の素敵な所を自由に表せばいいのよ。見ているほうも気持ちヨクナッテ…それが素敵なのよ!」

「そうなんだぁ、考えてみる…」星野にツラレテ思わずそう答えたけれど、内心、女らしさの演技だけはやめないと思っていた。そのあと星野とは江ノ島のバーベキューの話をした。星野が家の用事で行けないので、ユキが代わりに1人で夏期合宿の予行練習を兼ねバーベキューの会計を引き受ける事にした。煩わしいのは嫌いだが、この役は江ノ島で必ず堀田と関われるのが嬉しかった。星野が出ないと聞いて、それが一層確実なものになった。

(今度の部活でバーベキューの会計引き受ける事、絶対決めなくちゃダメ!ユキガンバルノヨ)と自分に言い聞かせた。



江ノ島バーベキューの当日、会計係をかってでたユキは、先発隊の小向や山根と一緒に、2時間程早く、同じ女性新入部員、河合の運転する車で鎌倉に入った。

駅前のマーケットで必要な紙コップやお箸、肉、野菜などを買い、魚とサザエだけは現地の江ノ島で探すことにした。今回の参加者は思ったより少なく、新入部員7人と先輩部員8人で、スキー部の約半分の人数しか揃っていない。星野が出ないと聞いて、参加しない部員も結構いた。人数が少ない分、仕事が楽なのでユキはホッとしていた。

山根は口数も少なくぶっきらぼうで、たのまれた事しか絶対にやらないたちだ。ただし、いざという時は何故か頼りになった。小向はというと、やたら軽くてサバサバしている。マメに女性の指示に動いてくれるので、有り難いのだが、なんだか信用がおけない。ドライバー役の河合ミカは、かなり遊び人らしく、運転している時以外は何かにつけてケタケタふざけている。不思議なもので、男達にとってはそんな彼女が気休めになるようで、山根も小向もずっと機嫌が良かった。

江ノ島に着くと、もう1組の先発隊が先に到着していて、大橋下の海辺のいい場所を確保してくれていた。

その中に堀田はいない。どうやら彼は後から電車で来るらしかった。ユキは、今日の為に花柄のTシャツを買った。星野に言われたオシャレの事がちょっと気になっている。だからと言って、星野の言う通りに男ぽくする気はない。逆に星野を真似たつもりで、黄色とオレンジの花柄を選んだ。パンツも彼女と同じ黒いジーンズにした。

(あの女、自分だけチヤホヤされようとしてズルイのよ)と、内心思っている。(おあいにく様、私はアナタの引き立て役にはナラナイワ)そう決めていた。

髪は結ばずにカールでフワフワさせ、ピンクのバンダナをスカーフ代わりに被った。両親からも、可愛いと言われた事のないユキは、<可愛い>…と言われる事に恐ろしい程の情熱を傾けている。とにかく、自分では今日のこのカッコウは、かなり可愛いと思っている。だから自然と声や動作まで女の子らしく、不自然なほどはなやいでいた。もともと顔が大きく男のようにハッキリしているので、その振る舞いは可愛いというより、はた目には滑稽に見えた。が、誰も彼女にそんな事を教える気はなく、むしろそれを密かに楽しんでいた。ユキが可愛い女気取りで、懸命に何かすればするほど、コッケイサが増していく。本人だけが、それに気付いていなかった。

時間が経つとみんなお酒もかなり回ってきて、それぞれ勝手に好きな事をし始めた。ちょっと遅れてきた堀田は、山根、小向、といつもの三人組で、サザエをパクついてビールを飲んでいる。ユキは自然と彼らの近くに座り、焼いた魚やサザエを渡していた。食べるのが好きなユキは自分も結構な量の肉を焼いては食べた。

安堂家では家族全員が、朝から血の滴るようなレアの牛肉を食べる。だからユキはさっきから、かなり生焼けのうちに肉をほうばっていたが、それを見た山根が真顔で感心したような大声を出した。

「スッゲェ!!安堂さん、ほとんど生焼け肉?俺、そんなんして食べる女の人初めて見た!」

騒々しかった近くの連中がシ〜ンとして一瞬ユキを見た。(ヤダナ……)

堀田を意識して、ユキはとっさにその妙な雰囲気をはねのけようとした。案の定、堀田がポカッとした顔で、こっちを見ている……

「意外でした〜?私お酒も強いんですよ〜」

と、手にした紙コップのビールをグイッと飲み干すと、山根の目の前に差し出した。不意をつかれてビックリしている山根の代わりに、小向が紙コップにビールをなみなみと継ぎ足した。

誰からともなく、「イッキ!!」の声が湧き上がる……「イッキ!!」「一気!」「イッキ!!」…「イッキ!!」…

掛け声と共にツガレるビールや酒を、ユキは怯まずに次々と飲み干していった。

ユキがあまりに酒に強いので、さすがにしばらくすると、つまらなくなったのか、みんなのホコサキがユキから別の女の子へと代わった。酒は強いユキだが、さすがに目が座っている。ねっとりとした目を堀田達のほうに向けると、バツが悪そうに山根がねぎらった。

「普段はオトナシイのに、本当!今日はビックリしたよ!君ってけっこう凄いんだね〜」

酔ったユキは何を言われても気にはならず、むしろ大胆に、山根と堀田の間に入って座りこんだ。

「皆さん、彼女いないんですか〜?」

ユキがふざけたように聞くと、堀田が半分本気そうに答えた。

「ホントに、俺もそろそろいつもの男のトリオじゃなく、可愛い子ちゃんとペア組みたいんだけどね〜」

「俺達もそりゃ〜一緒デスヨね〜」と、小向が山根と顔を見合わせて笑った。

「皆さんどんな女が好みなのかな〜もしかして、星野さんとか?」

ユキがそう聞くと、あまりに当たっているので三人とも照れたようにダラシナイ顔になった。

「そう言えば今日、彼女、映画観に行くって言ってたな〜、誰と行ったんだろうね〜もし男の人だとしたら、彼女あんなに素敵なんだから彼氏も超素敵なんだろうな〜」と、ユキは本気でため息をついた。

三人の男達は話をかわすつもりなのか、ワザトラシク、ユキに興味があるような質問をし始めた。

「趣味は何?」小向が聞いてきた。ユキは返事をしない、趣味などという事に興味がない。

「君はスキーは以前やったことあるの?」と、さすがに堀田はスキー部の部長らしい質問をしてきた。嬉しくなって、ユキは酔ったのを幸いに、彼に体がくっつくほどに身を寄せた。

「ちょっと寒くなっちゃった。スキーですか?以前妹と何回かやったことはありますけど、ちゃんと教わったことないから」

ユキは顔を上げて堀田の顔を見た。堀田は困ったような顔をしている。ユキはこうした状況が好きだ。何故か昔から興味のある相手が、嫌がるのを見ているのは楽しかった。

それは、男の性衝動に関係している…と、何かの本に書いてあった。そう言えば自分は、マスターベーションの時も、女のおっぱいを思い浮かべる…けっして男を考えない。女の自分が何故?とは思うが、そのことはあまり考えないようにしている。自分に都合の悪い答えが出てくるのは嫌だった。

「じゃ〜道具は揃ってるんだ?自分の板とか靴持ってるんでしょ?」と、堀田がユキの方は見ずに尋ねる。

その間に山根と小向は、ユキが堀田の方を向いているのを幸いに逃げをはることにした。

「そろそろオヒラキみたいだから、片付けの指示とかやってくるよ。安堂さんは休んでていいよ、俺達でやるから! 堀田は、安堂さんのこと頼むな!」

そう言い残して2人は消えた。

とっさの事に堀田も仕方なく諦めて、ユキのそばにいることにした。不思議なことに、ユキの事は変なヤツと思うだけで、けっして好きなタイプではない。むしろ嫌悪するタイプなのに、さっきからムズムズし始めている。その衝動が何なのか、堀田にはワカラナカッタが、さっきからユキが自分の或る場所に、しっかりと入り込んでしまっているのを感じていた。不安定な気分で落ち着かないまま、ほとんど話はせず、2人で座っていた。しばらくすると、山根が2人を迎えに帰って来た。

「堀田も途中までは、河合さんの車に乗ってくんだろ?ソロソロ出発したいって。来いよ!」

固まっていた堀田は、その声にホッとして、やっと明るい顔に戻った。

ユキもとても疲れていて、何もかもどうでもいいような気がしている。堀田と一緒に立ち上がると、山根の後について車の方に向かって歩いた。

帰りの車の中は、運転役の河合、山根、堀田とユキの4人で、小向の姿が見えない。

「あれー小向どうしたんだ?」山根の問いに、

「小向さん、お友達の家が鎌倉にあるから、今夜はそこに泊まるって。一足先にカエッチャッタ!」河合のカラカウような声が車内に大きく響いた。

「ヤラレタな〜!アイツ抜け目ないよな〜」

「ホント! ホント!」

残された男達が、いない小向をなじる。何故かユキも、小向が今夜泊まる家は女の家に違いないと思っていた。4人ともヘンテコな気分のまま、ともかく、河合の足がアクセルを踏み、車は東京に向かって走り出した。



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