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第四章の二

堀田は、背が高い割に足は早くない。知らないふりをして人混みの中をついていくのは、それほど大変な作業ではなかった。探偵にでもなった気分でかなり楽しめた。堀田はいつものコースらしく淡々と歩いている。毎週のように、ユキも同じコースを錦糸町まで往復してきたので、時々切符を買うことがあっても、そう手間取ることもなく、堀田を見失わずにいた。池袋から山手線で秋葉原へ出る、堀田はそこで総武線に乗り換えた。

(やっぱり、この前は何か用があって、御茶ノ水から乗ったんだ…)

ユキはあの日、堀田と偶然出会ってしまったことを、何故かとてつもなく大切なことだと思い込んでいる。

電車が次の錦糸町駅に到着しないうちにと、ユキは急いで堀田に近づき、さりげなく声をかけた。

「堀田先輩!ですよね」できるだけ明るい声にした。

「あれ?どうしたの、こんなとこで。確か君、新入部員の安堂さん?だっけ?」

振り向いた堀田はさほどビックリもせずにユキを見た。

「私、実家が千葉の先なんですけど、遠すぎるんで、亀戸のおばの家から通ってるんです」

亀戸は錦糸町の次に、この電車が止まる駅だ。ユキは簡単に嘘をついた。

「なんだそうか。そう言えば、遅ればせながら、新入部員の歓迎を兼ねて来週末、江ノ島でバーベキューやるそうだよ」

「錦糸町〜、錦糸町〜」混雑したホーム側のドアが開いて、人に押し出されるように、ユキの返事も待たず、堀田は電車の外にいた。

「行きます。行きま〜す!楽しみにしてま〜す」ユキのその声を消すようにドアが閉まった。

「次の停車駅は亀戸、亀戸…」車内放送の声がユキの頭にボンヤリと響く。

(次には、彼の家だな)亀戸駅で電車を降りると、ユキはちょうどホームの反対側に滑りこんできた中野行きの電車に再び乗り込んだ。

堀田の家は錦糸町の駅から、15分ほど歩いた昔の下町にある。2階建の日本家屋は、今にも壊れそうなほどに古い。ただ下町にしては割と広く中庭が付いていて、玄関のある主家と中庭をはさんだ離れに別れていた。堀田は生まれた時からずっとこの家で育った。中庭をぬけた離れの2階が堀田の部屋だ。1階は風呂場とトイレであまり日が射さない。薄暗い廊下から狭くて古い木の階段が堀田の部屋まで伸びている。両親と妹は割と日当たりの良い主家のほうに住んでいる。

家に着くといつものように、堀田は自分の部屋に上がり、急いで部屋の入り口にある水槽を覗いた。本格的な水槽には、あまりシラレテイナイような地味な魚が大小泳いている。堀田は感情のないすまし顔で、ただ水を横切っていく彼らを見るのが心地よかった。小さい頃から…今でも、魚達のいる水辺が大好きで時々は散歩にいく。ヘタな人間といるよりよほど楽しめた。だかこの楽しみはまだ人に話したことはない。そこまで話し込むような、友人を持つ気になれなかったのだ。

今日も長い時間、水槽を見ている。

小さい魚が、いきなり堀田の目の前まで突進してきた。ガラスの壁でUターンして泳いで行く、魚の尾ビレを見つめると、急に安堂ユキのことが頭を横切った。

(安堂…か、変なヤツ……)

ただし、今のところ魚達ほどにはユキに興味はない堀田だった。

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