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第四章

「安堂ユキさん」

名前を呼ばれて目が覚めた。ユキは興味のない状況にいると、いつも眠ってしまう。今も部活の最中、夏期合宿の最終取り決めで、みんなの意見を聞いているうちに眠てしまっていた。

ユキがビックリして立ち上がると、椅子が大きな音をたててガタッと倒れた。隣の席で女子部員がクスッと笑う。その向こう側に星野ひとみが座っていた。彼女の顔はユキの方を見ない、真っ直ぐ前を見ていた。

「新入部員は現地での雑用係をすることになっています。安堂さんは、星野さんと一緒に会計の方、お願いします。」

(お金預かるの面倒でヤダナ〜)と思ったが、『思ったことは口にしてはいけない』が安堂家の流義なので、口から出た言葉は「わかりました」だった。

星野と組めといわれて、ユキはかなりショックだったが、星野の方は、相変わらず前を見たままで、ユキの方に顔を向けることはなかった。ユキは星野に無視されたような気がして、気分が悪かった。

「だとすると、安堂さんと私は同じお部屋になりますか?」星野が静かな声でたずねた。

「そうですね。女子は人数が少ないので、大きめのお部屋2つに割り振りますが、同じお部屋にします。その方がやりやすいと思いますので」先輩の女子部員、酒井が普通に答えた。

(星野は自分と同じ部屋がイヤなのかな?)ユキは何となくそう思った。何でも悪い方に受け止める、それも安堂家の流義だ。

夏期合宿は海で足腰を鍛えることになり、部長の堀田が提案した九十九里浜が、合宿場所となった。廃校になった小学校を改築した、町営の安い宿が、海岸のすぐそばにあるらしい。

体育館もついているので、かなり快適に過ごせそうだった。もっとも、金持ちの行く大学なら、夏でもオーストラリアあたりで合宿するかも知れないが、この大学にそんなことを言い出すヤツは誰もいない。

部活が終わる頃、星野がユキの席にやってきた。

「一緒に会計や現地で雑用係するみたいね。どうぞよろしく」

そう言って、ニコッと笑った。ユキは世の中の魅力的な女は、みんな大嫌いだが、それでも…その顔を見るとつい気を許してしまう…そんな笑顔だっだ。

「明日、一緒にお昼ご飯でも食べましょうよ。学食でいいかしら?いかが?」と、星野ひとみはユキの顔を覗きこんだ。イタズラっぽい、よく動く目の色は茶色で綺麗に輝いていた。見つめられた時、男子にそうされた時と同じような恥じらいを感じて、ユキは戸惑った。

(何で同性なんかに気を惹かれてるんたろう?)

初めての経験にユキは、自分をどうしていいのか分からずにいた。

気が付くと、ただ真っ赤になってうなずいている自分がいた。

(私変だ!男にだってこんなふうにはナラナイノニ……ドウカシテイル)ユキは知らない自分を覗いたようで、急に不安な気持ちで一杯になった。

「じゃあ、明日12時に学食で!」

ユキの複雑な気持ちとはまったく無関係に、星野ひとみは軽やかに身をひるがえすと、サッサといってしまった。その素晴らしい後姿をジッと見つめている自分に気付くと

(やっぱり変だ)と、思うユキだった。体の奥がウズウズしていた。

今日も錦糸町までイッテミヨウ。ただし、今までみたいに偶然頼りじゃなく、確実にしよう…ユキは、今ちょうど目の前を横切り、部室から出て行く堀田の後を、そっと追うようにして歩き始めた。

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