第三章
桜の花が散っている。
ユキは花にも興味はない。
大学の校門を入ると、いかにも新学期が始まる雰囲気がムンムンしている。
色々な部活動やセミナーのチラシを手に、拡声器の声が呼びかける。
右も左もわからない新入生を数人の何らかのクラブの学生が取り囲んでいたりする。
その光景…カコマレタ新入生のテレタヨウナ、困ったような、桜色の頬が…ムンムンした雰囲気を作りだすらしい。
ユキは桜には興味がないが、その下で、自分を取り囲んできた三人の学生には、とても興味を持った。
スキー部の学生だった。三人共、それぞれ個性的なイイオトコだ。
(こいつらと一緒ならスキー部がいいかも!入部するか……でも、もう少しこの気分を楽しんでいよう〜)
と、思っていると、軽やかな若い女の声が、そんなユキの気分を一瞬で吹き飛ばした。
「私、スキー部に入りたいんですけど!」
その声に、今まで自分だけに集中していた三人の男達の目が、一斉にその女に移動した。
「部室どこですか?」爽やかな口調が似合っていた。
スラリとした細身の体にすっきりとした目鼻だち、見るからに人目を引きそうで、ショートカットがよく似合っていた。
男達の目がユキに向くことは二度となかった。彼らの頭からユキの存在がすっかり消えた。
「これから部室に戻るところだから、一緒に行きましょう!」三人は見事なほど素早く、彼女を即して歩き出した。
ユキは一人、桜の木の下に残されている。
散り敷いた桜のはなびらが、ホコリと一緒になって風に吹き飛ばされていた。
男達のいなくなった木の下はただの空き地になった。
大学に通い始めてひと月が過ぎた。
週末、実家の母によばれたので、千葉に向かう途中、御茶ノ水に立寄り、スキー用品の店を覗いてみることにした。
置き去りにされたことで、かえって奴らへの興味がわいていた。
実家の母親に頼んで、スキー部にかかる諸費用を貰って来るつもりだ。(結構お金かかるんだ…)それを確認すると千葉に帰る為、総武線の電車に乗った。
そこでユキは思いがけない顔を見つけた。桜散るあの日、ユキを取り囲んだ三人の男達、その中の一人(たしかスキー部の部長と名乗っていたっけ)三人の中でも一番背が高く、ちょっと危なげな雰囲気がユキ好みの顔だった。(コイツどこへ行くのかな)そう思い、すこし離れたところから、しばらく様子を見ることにした。
だがその緊張は、あっけなく終わってしまった。彼は2つ目の駅で降りていった。錦糸町だった。
(こんなに胸が熱くなるなんて!生まれて初めてだな〜)とユキは思う。
(来週は絶対、スキー部に入ろう!)そう決意した。
まだ歩きなれない学内は、同じような今風のコンクリートの建物が幾つもあって、うっかりすると間違えそうになる。
裏門に一番近い建物と聞いていたので、やっとそれとわかった。
あまりパッとしない流行らない病院のような建物だった。
ユキにとって大学生活は、テレビのドラマのように、華やかでなければと思っていたので、そのくすんだクリーム色の建物を見て、ちょっとがっかりした。もしあの日、電車の中で彼と出会っていなければ、きっとこのまま引き返していただろう。
やっと見つけた部室のドアには小さな字でスキー部と書いた白い札がかかっている。
ドアを開けて中を覗くと、部員なのか、数人の男女が座って、お菓子を食べながら雑談している。
その中に彼はいない。黙ったまま彼らを見ていると、後ろから肩をたたかれた。聞き覚えのある軽やかな声は、振り向かずとも誰だかわかる。
入学式の日、三人の男達を一瞬で連れ去った、あの彼女の声だ。
(今度はもっとはっきりと顔を見よう)ユキは急いで振り向いた。
ヤハリよく見ても、彼女はカッコイイキュートな美人だ。その素敵な顔が、にこやかにユキに微笑んでいた。
「あなた、入部するの? あの時彼達、コトワラレタって言ってたけど、気が変わってくれて良かったわ! 私、星野ひとみ、よろしくね」
ユキは仕方なく、黙ってうなずいた。さっきまでお喋りしていた部員達がこちらを見た。その中の一人が声をかけてくれた。
「入部の申し込みですか?こちらへどうぞ!」