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第五章

4人で九十九里まで行き、帰ってから一週間が過ぎた。合宿まであと3日しかない。

合宿に持って行く自炊道具に、足らない物があるのに気付いた堀田は、会計係りに相談しようと携帯電話を手に取った…迷っている。本当は星野ひとみに電話したいのだが、山根と仲良くしている姿を見た後なので電話しづらい。迷った末に、安堂ユキの方に連絡した。

ユキはハキハキした明るい声で、いつでも一緒に買い物に行くと答えた。

「星野さんには、私から連絡しときます」ユキはそう言って電話を切った。

堀田はホッとすると同時に、星野に電話出来ない寂しさを感じ、そんな自分を自嘲した。

ユキは、初めて堀田から電話されて有頂天になった。今まで堀田に電話したいのを、ずっと堪えて来た甲斐があった。

(これでやっと、こっちからいつでも電話出来る)

ユキは、江古田のマンションの自室で一人微笑んだ。

堀田の電話を切ると、すぐに星野の番号を押した。星野が教えてくれた番号は、携帯ではなく自宅の電話だった。

(チッ!)ユキは舌打しながら電話をかけた。先に電話口に出たのは、やはり星野の母親広子だった。

「あら、安堂さん!先日はわざわざ銀座まで来て頂いて、有難うございました。あの絵ハガキ、お使いになりました?」

相変わらず、人の良さそうな声だ。

「はい、友達も喜んでました」

そう言いながら、日頃掃除していない机の上に目をやった。いろんなカミクズに混じって、画廊で買った絵ハガキがホコリをかぶっている。

(めんどうだな〜はやく娘を呼んでよ!)

そう思いながら黙っていると「今ひとみと代わりますね」と、やっとひとみと代わった。

「珍しいのね、あなたから電話なんて。どうしたの?」ひとみの声は、母親の声によく似ている。

「さっき堀田先輩から電話があって、合宿用の自炊道具とか足らない物買いに行くことになったんだけど…」

「いつ?私も行った方がいいでしょ」

「堀田先輩が、星野さんは山根先輩と何か用があるから、そっち頑張って下さいって!買い物は私と2人で行くから大丈夫だそうです」

「山根先輩と?サーフィンの事かな…そういえばあなたは、サーフィンやらないの?」

「私はいいんです。他にやることあるんで…」

「じゃあ堀田先輩が、確かに私は行かなくていいって言ったのね?」ひとみの声は不信そうだ。

(そうだよ、あんたは邪魔なの)

心の内でそう念じながら、ユキは星野に告げた。

「はい、2人して仲良く相談してそのほうがいいって事になったんです」

星野はビックリした。安堂の、堀田と個人的に付き合っていると宣言したのも同然な言い方に、これ以上何か言うのは邪魔するようで気が引けた。

星野はアッサリと話を切り上げた。

「アッそうなの、分かったわ。じゃあ悪いけど、2人にお任せするわ。宜しくね」

そう言って星野ひとみは電話を切った。

(大成功!!)ユキは携帯をポッケにしまうと、両手を上げて大きく"バンザイ"をした。


堀田とユキは、上野の不忍池のほとりを歩いている。

「星野さんは、山根先輩とやることあるんで、来られないんですって……」

待ち合わせ場所にユキが一人だけ現れて、そう言った時、誰にとはなく腹がたつのと同時に、全身の力が抜けたような堀田だった。

(今度は2人だけで海に行ったのだろうか?)

あの日星野が、山根とペアを組むと、海辺のラブホテルの前で笑った姿が目に浮かんだ。

堀田がぼんやり歩いていると、

「あっ!お魚がいる!」と、ユキが池の中を指差した。見ると大きな鯉が沢山泳いでいる。

「鯉だよ」そう言いながら、堀田は池の脇にしゃがみこんだ。

沢山の鯉が大きなハスの葉の下で、気持ち良さそうに泳いでいる。いつもながら魚を見ていると気が落ち着いてくる。

寂しさは消えないが、苛立ちは少しおさまったようだ。

「先輩!アンミツ食べません?」ユキが明るく声をかけた。

「アンミツ?」いつの間にか、ユキが隣に並んで座っている。

「この近くに、スゴく美味しい甘味どころがあるんです!先輩アンミツ好きだから、食べさせてあげたくて…それで待ち合わせ場所ここにしたんです」

ユキのくったくのない言葉に、少し気が弾んで、堀田は自分と同じように隣にしゃがんでいるユキの顔をみた。

相変わらずキラキラと目を輝かせながら、ユキが堀田を見て微笑んだ。

(いい感じだな…)その顔に、堀田はすっかり気が緩んだ。星野の事を気にしている自分が、バカらしくも思える。

彼女は今頃、山根とまた楽しくやっているだろう……

「行くか!アンミツ!」堀田はスックと立ち上がった。

その勢いにユキの方がビックリして、後から急いで立ち上がると、「アンミツ!アンミツ!」と、声に出してはしゃいだ。

不忍池わきの公園にある茶店のアンミツは、昔の味がして美味しかった。堀田はまた2つ食べたが、ユキが奢ってくれた。食べ終わると、上野駅近くにある安さで評判の商店街で買い物を済ませた。

「帰りに、先輩の家…寄ってもいいですか?」

上野駅で電車に乗るとユキが聞いた。今日の堀田は、半分気が飛んでいるせいか、それを拒む気はしない。

「いいよ。その代わり荷物頼むな!」と言って、堀田は荷物の重い方をユキに渡した。

渡された荷物をユキは黙って受け取った。

山根が言っていたように、確かにユキのこうした従順さは男にとっては気分が良いものだ。

気分は良いのだか、かえってその女を蔑むような感覚が湧いてくる。

むしろ多少手応えがある女の方に気を惹かれてしまう……どうも男という生き物は難解な感覚をしているらしい。

だから神経質な堀田は、時々自分でも自分を扱いかねている。

この何ヶ月かユキに接しているうちに、堀田は普通なら異性に対して持つはずの、遠慮とか恥じらいを、ユキに対しては何も感じなくなっていた。

それは、他の女には見られないユキの隷属的ともいえる男への接し方と、その反面、時折感じるユキの男に対する妙な恥じらいの無さが、堀田をそのように操作してしまうらしい。

今も、ほんの半日ユキと連れだっていただけなのに、長年連れ添った古女房といるような気分で、堀田はユキと歩いていた。


電車を降りると、駅前で稲荷寿司を買い、途中の自販機で缶ビールを買った。お金はユキが払った。

家に着いたが、主家には誰もいない。

「親戚の家に行ってるから、誰もいないよ」堀田が中庭を通りながら言った。ユキは黙っている。

夏の長い日はまだ暮れずにいて、暑い夕陽がカッと中庭に照りつけている。窓の少ない建物の中は暗くて、そのコントラストと静けさが、白昼夢のような気分にさせる。

堀田のすぐ後について歩いて行くと、微かに汗の臭いが鼻をつく……ユキは昔からこの男独特の匂いに、たまらなく体が反応してしまう。

一番最初にそれを感じたのは小学四年生の時だった。

その時は、追いかけっこのはずが、気がつくと男の子の上に馬乗りになって、自分の微妙な部分を男の子にこすりつけていた。

男の子は泣き出したが、ユキは今と同じ臭いを感じ、妙に気分が良かった。

「入レヨ」堀田はそう言って畳に荷物を放り出すと、勉強机の椅子に腰を下ろした。

「結構疲れたよな〜やっぱ、こうゆう時は車だな〜俺も免許取るかな…そう言えば、お前、車運転できるんか?」

シャツを脱ぎ、ランニング一枚になって、堀田は汗を拭き始めた。切り取ったような正方形の窓がオレンジ色に彼のシルエットを映し出している。

相変わらず白昼夢の中にいるユキに、堀田の言葉は聞こえてこない。ウットリとした顔で堀田の顔を見ていた。返事をしないユキに一瞬戸惑った堀田は、缶ビールの栓を抜いてユキに渡した。

渡すと自分も一気にゴクゴクと喉を鳴らして飲み始めた。冷たい喉越しが気持ちいい。

疲れているせいか、いつもより回りが早く、気だるい眠気を感じる。

……窓の外から、セミの声がする……。

クーラーの無い部屋は西陽を受けて暑い。時折入ってくる窓からの風だけが、少しだけ暑さを柔らげてくれていた。

沈みかけている窓の夕陽を見ながら、2人で黙ってビールを飲む…。

堀田はボンヤリと九十九里の海を思い浮かべていた。微かに小さな2つの影がある…山根と星野だ。

堀田はその影を振り払おうと、二本目のビールを開けた。

いつの間にか、ユキが立ち上がり、堀田のすぐそばに寄ってきた。ユキはかがみこんで、指先で堀田の白い首筋をソッとなぜると、堀田の唇に息がかかる程に自分の顔を寄せて、堀田の目を覗き込んだ。

「星野さん…どうしてるのかしら……」堀田の耳元で、ユキは低い声で囁いた。

一瞬、堀田の頭の中に、星野と山根の絡み合うすがたが浮かんだ。突然凶暴な衝動が堀田を襲い、堀田はユキの唇を自分の唇でふさいだ……畳の上に落ちるように重なって、2人は乱暴にお互いの服を脱がし始めた。

夕陽が沈んだ…薄闇が2人のシルエットを隠している。

お互い相手の顔も見えないまま、夢中で重なり合う。2人の呼吸がだんだんと激しくなっていく……

「コンドームが無いんだ…」途中で堀田が心配して動きを止めた。

「外に出すよ」いかにも慣れたように耳元で堀田が囁く。

堀田は今時の若い男女の多くがそうであるように、高校生になる頃には、同級生との関係で、すでに男の性のふるまいは身に付けていた。年上で水商売上がりの、近所の主婦と付き合ったこともある堀田は、今までユキが接してきた男達のような、未熟な性ではなく、性の楽しみ方を知っていた。挿入した後はゆっくりと快感を楽しんだ。ユキは、初めての体感に震えるような衝撃を覚えた。

堀田が果てる瞬間、「マサキ……」と、初めて堀田の名前を声にした。そう呼びながら、ユキは堀田の背中に両腕を回して、しっかりとしがみついた。

マサキの呼吸があらい…男の体の重さを自分の体に受け止めながら、

(これが本物の恋なんだわ!私の恋人……)とユキはウットリと余韻に浸っていた。

太股に"マサキ"が残した液体の生ぬるいヌメリを感じる。甘い気分でいるユキとは関係なく、堀田はすぐにユキの体から離れて、何事もナカッタかのように服を着始めた。

ユキは、見えない"マサキ"の顔が、なぜか不快そうなのを感じてゆっくりと起き上がった。

「俺シャワー浴びてくる。お前どうする?そろそろ家の連中も帰ってくるし…」

堀田がもう帰れと言っているのが良く分かった。

ユキは少し悲しい気がしたが、これからのことを考えると、大人しく帰る方が良いと自分に言い聞かせた。

「私、もう帰らなくちゃいけないから、気にしないで」

そう言いながら身仕度を始めた。髪を結び直しているユキを見ながら、

「ゴメンナ…」と、"マサキ"が低い声で言った。

髪を直し終わったユキは立ち上がって、堀田の前に立つと、"マサキ"に向かって、しごく当然といった顔つきで答えた。

「イイノヨ…それより今度からコンドーム使いましょうね、私買っておくわ」

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