序章
「おまえとは、もう寝ない」
マサキはそう言った。
ユキはビックリしてマサキの顔を見た。
マサキはさっきと同じ顔で、うまそうにアンミツを食べている。
(コイツ、何?冗談のつもり?)
ユキは怖い目でマサキを睨んだ。
ユキには最高級イヤな言葉だから、ちょうどすくい上げたさくらんぼを落としてしまった。
さくらんぼは転がって、床の上に落ちた。
あんみつを食べ終わったマサキが立ち上がった、「帰る」
それは、いつもマサキが用がすんでユキの体から離れる時と何も変わらなかった。
(こんなのってない…)
ユキは立ち上ったマサキを見て頭の中が真っ白になった。
体を泳がすようにして歩き出すマサキのTシャツの袖をつかんだ。
やっとの思いでしゃべる、「また電話する…ネ」
「でも、やらないよ」
「それってセックスしないってこと?」
ユキの頭からそこにいるマサキ以外の人が消えた。
(もうできない……モウデキナイ…モウデキナイ…モウ‥)
白くなった頭の中でその言葉だけがグルグルと回る。マサキが回転木馬に乗っている…
にこやかに笑いながら白馬に跨り手を振りながらクルクルと回っている…
マサキは気味悪そうにユキを見ると勢いよく振りほどき、速足で店の出口に向かった。
マサキの背中いっぱいに、今まで経験したことの無い得体の知れないドロドロした黒いものが張り付いた。
マサキはそれをふりきるように肩をひとふりするとすばやく外に出た。
行き場の無い黒い塊が、出口に残るマサキの残像を見つめるユキの目から、
ヌルヌルと体の中に入り頭の奥の一番深い部分にゆっくりとトグロをまいた。
「あのう…閉店なんですけど…」
店員が困って声をかけるまで、ユキはボンヤリと座っていた。
誰も居なくなった店のレジで店員がせかすようにこちらを見ている。
ユキは席を離れ、ヨタヨタとレジの前に立った。
「千2百円です」
「えっ?・・・アンミツ」
「お2つでございますよね」
「あっ、はい…」
(私アンミツおごる約束で呼び出したんだ)
お金を払ってユキは外に出た。誰も居なくなった店の中にマニュアルどおりの声が響いた。
「アリガトウゴザイマシタ」