第五章 出撃の朝
ピーッ!ピーッ!
移動車の鳴らす警戒音が夜明け前の桑折飛行場に響く。
滑走路には、すでに格納庫から引き出された五機の零戦と一機の九七艦攻が並び、三機の九九艦爆が格納庫から引き出されているところだった。
それぞれの機体に整備員と担当パイロットが取り付いて、機体各部を点検している。
この零戦ミュージアム直属のパイロットは、僕とハルしかいない。僕の「コオ―102」とハルの「Ⅴ―121」・・・・ハルは「サクラ」と呼んでいる。以外の零戦や九七艦攻と九九艦爆、一式陸攻や彗星艦爆、偵察機「彩雲」などの整備はボランティア団体が行っている。
「神崎さん、山ノ井さん、お疲れ様です。」
「あ、栗田さん。おつかれさまです。」
僕にうしろから声をかけてきた男性は、攻撃機をこよなく愛する集団「淵田会」の会長の栗田健春さんだ。現在三十九歳。ちなみに、かつての大日本帝国海軍第二艦隊司令長官栗田健男中将の孫にあたる。
「まだ艦攻は一人だけですけどね、翔鶴の常用機の艦攻部隊には淵田会の仲間たちが待ってますからね。」
格納庫から引き出された九九艦爆にも、整備員が取り付いて検査を始める。艦爆の管理と運行を行っているのは、零戦ミュージアム主催の爆撃機をこよなく愛する会「高橋会」だ。
「どうも、神崎さんに山ノ井さん。今回はよろしくお願いします。」
零戦の陰からにゅっと現れたのは、高橋会の会長山本千絵さんだ。現在二十九歳。ちなみに、大日本帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六のひ孫にあたる。
「千絵ちゃーん!わたしだけ置いてかないでよー!」
滑走路の奥に置いてある艦爆から走って来たのは、山本さんの後席をしている村田成美さんだ。歳は僕と同じ二十五歳。すごい天然な性格で、高橋会のみんなを振り回しているが、飛行機に乗ったとたん人格が変わり、クールな性格になる。
滑走路には、零戦隊、艦攻、艦爆隊の順に並べられていた。すでにエンジンがかけられ、発進を待つばかりの状態になっている。
僕は全部隊の先頭に置かれた愛機に乗り込むと、後ろに並ぶ飛行機たちを見回した。
各機のパイロットが「発進準備OK」の手合図を送ってくる。
「チョーク外せっ!」
両手を顔の前で左右に開く動作をしながら、整備員に指示を出す。
整備員たちがチョークを抱えて脇に下がるのが見えた。
大きく息を吸い込んで、叫ぶ。
「しゅつげぇーき!」
『おぉぉぉぉーー!』
桑折空艦載機隊から、鬨の声が上がる。
左手でスロットルを全開!離陸態勢に入った。
ヴァラララララララララ!
百メートルほど走ると、零戦はふわっと離陸した。計器盤をササッと確認する。
「全計器問題なし!」
飛行場上空を旋回して陣形を整えると、飛行部隊は一路小名浜港の翔鶴に向かった。
離陸後、先陣を切って阿武隈山地を一気に越えた僕は、後方に続く飛行機たちの落伍がないことを確かめ、プロペラピッチを調節した。
朝日が昇り、機体を真っ赤に染め上げる。
「速度上げまーす」
無線で合図を送り、速度を上げる。やがて、遠くにきらきらとした太平洋が見えてきた。
翔鶴からは、艦の位置を知らせる電波が発信されているので、これを頼りに翔鶴を目指した。
《太平洋上の空母翔鶴、現在速度三十ノット。風上に向けて前進中。》
無線機越しに聞こえてくる情報をもとに隊を空母翔鶴に導く。
遠くに、全通式の飛行甲板を持った大きな艦が見えてきた。翔鶴だ。
空母への着艦は、まずは被弾や故障した機体、つぎに、重さがあって滑走距離もとる艦爆や艦攻、最後に、軽い戦闘機。の順に行う。
九九艦爆、九七艦攻が着艦し、いよいよ、零戦隊の番になった。零戦を操縦する「虎徹会」のメンバーの間に緊張が走る。
僕は隊長として、全機が着艦するのを見届けてから、操縦桿を倒した。
スロットルをしぼりながら一気に下降し、機首を上げて三点着陸の姿勢をとる。
ガキッ!
尾部のほうから着艦フックが着艦ワイヤーをつかんだ音がして、零戦がグッと引き止められた。
「お疲れ様です!」
みやびが駆け寄り、着艦ワイヤーを外すと、僕は計器盤の片隅にある「着艦制動鉤巻き上げ装置」を動かし、着艦フックを上げた。
タキシングでエレベーターまで移動。主脚にチョークがかませられる。
ヴィーー!ヴィーー!ヴィーー!・・・・・・・
警戒音とともにエレベーターが下がり、僕は零戦ごと格納甲板に取り込まれた。
所定の場所でエンジンを切り、機体の周りをぐるっと回って点検。
「異常なし・・・・っと。」
「ヤスさん!信さんがこの後、到着の報告に艦橋に来るようにとのことです!」
伝言を伝えてくれるみやびに機を預け、ラッタルを上る。甲板右側にある艦橋に入った。
第一艦橋、通称「昼戦艦橋」。昼間の航行や戦闘の指揮をとる場所だ。
艦橋内には、近代化改造の際に取り付けられた「ボイラー調整タッチパネル」と「艦内状況把握モニタ」がある。その向こうの艦長席に信さんが腰かけていた。
そちらに近づき、海軍式の敬礼をする。
「零戦隊、艦攻、艦爆隊。全機到着いたしました。問題は特にありません。」
「わかった、ご苦労様。しばらくは発艦する予定ないから、ゆっくり休んでね。」
信さんが紙包みを取り出して、僕に渡した。
「ちょっとしたお菓子だよ。みんなで食べてね。」
「ありがとうございます!」
艦橋を辞した僕は、さっきもらった紙包みを抱えて食堂へと下りて行った。
ガチャ
食堂に入ると、もうすでにみんな来ていて、朝食のカレーをほおばっているところだった。
「あ、ヤスー、お帰り。ヤスの分もあるよ。」
ハルが、自分のとなりの席を指さす。
「おっ、ありがとう。さすが副隊長、気がきくねぇ。」
みんなにお菓子を配り終わったところで、カレーに手を付ける。
モグモグ、モグモグ、ゲホゲホッ・・・・モグモグ・・・・
今朝起きてから物を口に入れなかったから、おなかはペコペコだ。一心不乱にカレーをすくっては口に運ぶ。
パチン!
「ごちそうさまでした。」
米一粒たりとも残さずに食べ、最後に手を合わせる。翔鶴のごはんは毎回おいしい。作ってくれてる主計課に感謝だ。
最上甲板に行くと、整備員たちが輪になって座り込んでいた。手には、ラムネの瓶を握っている。僕の機体の機付き長であるみやびもいた。
「どうも、おつかれさまです。」
「おー、ヤス君にハルちゃんかい。いつも空の上で大変だねぇ。」
「いえいえ、そっちこそ揺れる空母の上での整備、お疲れ様です」
整備員さんからもらったラムネをのどに流し込んで、ちょっと雑談。ハルは、どっかに行ってしまった。
「僕の零は最近調子がいいんですよ。いつも整備してくれてありがとうございます。」
これはヨイショでもなんでもなく、ほんとうのこと。最近僕の機体は舵のききもいいし、エンジンも素直に応じてくれる。
「いやいや、大事に使ってくれるヤス君のおかげだ。ほんっと無理した形跡ないもんなぁ。」
ほかの整備員さんたちもうなずく。
太陽はすでに頭上高く昇り、鉄製の装甲が施された飛行甲板は結構熱くなってくる。
僕はゆっくり立ち上がると、艦橋に通じるラッタルを上った。
艦橋には、信さんとハル、整備長の隼人さんも来ていた。
「あ、やっと話し終わったんだ。いっしょにお茶しない?」
ハルが差し出すコップを受け取った。紅茶の香りが僕の鼻をくすぐる。
「ちょうどこの前アールグレイのファーストフラッシュが入ったから、取り寄せたんだ。」
ハルは意外にも紅茶が好きだ。行きつけの紅茶屋さんが都内に五件、福島県内にも七件くらいある。
カップをもって近くの椅子に座ると、ガラス越しに海が見えた。この翔鶴は、現在大湊沖を通過し、日本海へと抜ける津軽海峡を航行中だ。
「次の寄港地は、舞鶴。だな。」
艦長役の信さんが海図を確認しながら言った。
「そこで自衛隊の瑞鶴と合流ですね。」
「そうだな。」
窓の外にはキラキラと光る海、こうして翔鶴の朝は明けていくのだった。
保信「保信とぉ!」
春音「春音とぉ!」
みやび「みやびのぉ!」
三人『次回予告~!』
―♪守るもせむるも黒金の 浮かべる城ぞ頼みなる・・・・・・・
みやび「さて、今回も始まりました次回予告!なんか、手紙が届いてるんですけど・・・・・・」
保信、封筒に入った手紙を受け取り、調べる。
保信「あ!これ作者さんからだ!」
春音「どれどれ・・・・・・・」
ガサガサッ(封筒を開ける音)
春音「えーっと、『本日は、わたくし七日町糸から重大なお知らせがあります』」
みやび「なんなんですか?」
春音「『わたくし、七日町糸は、本日を持ちまして、文筆活動を長期間、休止させていただきます。』」
保信、みやび「えええええっ!?」
春音「まだあるよ。『理由は、テスト勉強によるものです。今回赤点取るとマジでヤバいです。』」
みやび「作者さん・・・・・・・いったい何が・・・・・・・」
春音「『よって、七日町糸は、いったん姿を消します。しかし、いつか不死鳥のようによみがえって見せます。それまでしばらくお待ちください。』だって。」
保信「だったらしょうがないね。」
春音「ちなみに、『休止期間は、一週間ほどを予定しています』だって。」
三人『ずこっ』(椅子から転がり落ちる。)
保信「全然すぐじゃん。と、いうわけでハル、次回予告お願い」
春音「わかった。次回は、舞鶴で翔鶴と妹の瑞鶴が再会!それでは皆さん」
三人『お楽しみに~!』