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第二章 呉

 プシュー、ゴトッ

 広島県呉市、JR呉線呉駅に到着した電車のドアが開く。

 僕とハルは、銀色に赤の模様が入った呉線電車から降りた。

 今回はさすがに飛行服じゃなくて、僕はジーンズとネルシャツの上に黒のPコート、ハルは、ひざ丈よりちょっと上くらいのチェック柄のスカートに、薄いピンク色のブラウス、その上にダッフルコートを着ている。

 ピコン!

 僕とハルのスマホが同時になった。取り出してみると、「零戦コオー102、V-121『サクラ』搭乗員と整備員ぐる」と書いてある。

《みやび@桃源郷:ヤスさん、ハルさん。久しぶりの呉、楽しんできてくださいね。お土産は戦艦大和のキーホルダーでお願いしまーす。》

「・・・・これは、『お土産ちょうだい』って言ってるんだよね。」

「そうだね。買ってってあげよう。日ごろからお世話になってるし」

 うなずき合う僕とハルだった。

 


 切符を自動改札に通して外に出る。

「お兄ちゃん、お帰り!」

 改札を出るなりかけよって来たのは、弟の永信。となりにいるハルに気づいて、止まる。

「お兄ちゃん・・・・・この人、彼女?」

 ハルの顔がゆでダコみたいになった。

「ち、ちがうよ。ただの友達。」

 声も震えている。

「ふーん、とてもそうは見えないけど。」

『そ、そうかな・・・・』

 僕とハルの声がハモる。

『ハハハハハ・・・・・』

 笑う声にも力が入らない。

「なんか怪しいなぁ。」

 永信はそう言うと、駅前のバス乗り場に向かう。

「帰って来たんなら、佐藤さんにあいさつしとかないとね。」

 バスの中には、軍港のほうに向かう観光客がたくさん乗っていた。

 その中の一人に、永信が近づいていく。肩ぐらいの黒髪をポニーテールにした女の子だ。僕たちも、そっちのほうに行く。

「実、実ー・・・」

 永信が肩を揺さぶる。どうやら、寝ているようだ。

 女の子が、パチッと目を開けた。黒目がちな、きれいに澄んだ目だ。

「ふぁ~あ」

 大きなあくびとともに目覚めて、永信を見た瞬間・・・・・

「遅い!」

 パシッ!

 右手がきれいな弧を描いて、永信の頭にヒット!

 この少女が、永信の親友、初霜はつしもみのりだ。見ている僕とハルに気づく。

「あ、ヤス兄、ひさしぶり。となりの人は彼女?」

 ぐはっ、実もか。

 バスが動き出す。

「だーかーらー」

 説明しようとしたところで、放送が鳴った。

 実がボタンを押す。

 バスを降りたとこは、「自衛隊前」。目の前に、海上自衛隊呉地方隊本部がある。

 入り口の事務所には、カーキ色の制服に身を包んだ職員さんが待機していた。

「すいませーん、自衛隊動態保存艦『長門』艦長、佐藤友弥さんに会いに来たんですが。」

「はい、今ちょうど航海から帰ってくるので、いつもの停泊位置に行けば会えると思いますよ。あと、見学者名簿に名前を書いて、このネームをつけてください。」

 全員、首から「見学」と書かれたネームを下げる。

「あと、構内の『撮影禁止』って書かれているところは撮らないでください。軍機ですので。」

「わかりました~」

 小さいころからここを遊び場にしていた僕と永信、実はごく普通に入るけど、こういうところが初めてのハルは、緊張でガチガチだ。

「ぐっ、軍機って、軍事機密だよね?」

「そうだよ。あんまりないけどね、日本には。」

 横を歩くハルに説明しながら歩くと、護衛艦三隻くらいが余裕で入りそうな大きな桟橋に出た。

 ここが、長門が普段停泊している第五桟橋だ。今、長門はシンガポールまでの研修航海に出ていて、そろそろ帰ってくるらしい。人が集まっている。


 ボーーーーーーーーーーーー!


 汽笛とともに入ってきた長門は、タグボートの力も借りながら、第五桟橋に着岸する。そのメインマストには、旭日旗がへんぽんとひるがえっていた。

 艦の最上甲板にタラップが掛けられ、一週間余りの旅を終えた船員たちが下りてくる。

 今回主に操艦したのは、呉市産業・文化遺産保存課の職員さんだ。普段から長門に常駐している自衛隊員は、やり方を教えただけだったらしい。

 ちなみに、この長門は僕らの翔鶴と同じように図面から復元されたものだ。ほかにも、連合艦隊のほとんどの艦が復元され、海自のPRやドラマ、映画の撮影に活躍している。

 航海を終えた長門はその身を故国に休め、次の航海を待っていた。





 作業がひと段落したところで、第一艦橋に向かう。

「佐藤さん、お久しぶりで~す。」

「保信君、ひさしぶりだね。彼女まで連れてきて。」

「違いますから。」

 艦長の佐藤さんは、すぐに僕たちを部屋の中に招き入れてくれた。僕とハルは、今年の夏の終戦記念イベントで、この人と会っている、半年ぶりの再会だ。

 永信と実は、艦内見学に出かけた。

「それにしても『神崎戦闘隊』の隊長と副隊長自らおいでくださるとは」

 となりにいるハルの顔が赤くなる。たぶん僕も同じだ。

「あれは、どっかの雑誌が勝手につけた名前ですから。」

 僕が言うけど、佐藤さんはさらに続ける。

「いやいや、自衛隊うちの内部でも、けっこう有名だよ。この前の飛行も見事だったし。」

 ボーーーーーーーーーーーー!

 外から、汽笛の音が聞こえてきた。

 外を見ると、全通式の甲板を持った空母が二隻、沖へ向かって出港してゆく。

 ハルは、緊張で固まってるから、気づいてないようだ。

「うちの動態保存空母『鳳翔』と『加賀』だよ。実は、この二隻のうち、加賀のほうにも出演オファーが来たんだ。舞鶴の『瑞鶴』にも来たらしいね。」

 佐藤さんが、去っていく鳳翔と加賀を見ながら言う。

「で、どうしたんですか?」

「宣伝にもなるっていうから、許可したよ。ギャラも入るしね。長門は行かないけどな。艦載機を九六艦戦から九九艦爆と九七艦攻に変えなくてはならない。そのために、横須賀に行くんだよ。」

「横須賀?名古屋じゃなくて?」

 これまで、動態保存機の空母への搭載は、岐阜の各務原から離陸させて、空母に着艦させてたはずだ。変更になったのかな?

「いや、各務原からってのは変わらないんだ。でも、名古屋って、民間の港だろ?そこで飛行機の積み込みという『軍事行動』を行うのはいかがなものかって言われちゃって、今国会が大変なんだ。で、軍港の横須賀にしたんだ。」

 へぇ~、国家組織は大変だな。

「そういえば、一つ相談があるんだ。」

 佐藤さんが、ハルのほうを見て言う。

「長門に積んでいる零観と零式三座水偵なんだが、動態復帰できるか見てもらいたいんだ。」

 船尾に設置されてるカタパルトを指さす。

 零観は、「零式水上観測機」、零式三座水偵は、「零式三座式水上偵察機」のことだ。一応、長門には搭載されているが、静態展示だけらしい。

『わかりました、見てみます。』

 二人でほぼ同時に言って席を立った。艦長付きの自衛官に荷物の見張りも頼む。

 荷物から、飛行手袋と革製のエプロンを取り出して、船尾の飛行機格納場所に向かった。

 船尾のカタパルト周辺には、一機の零観、二機の零式三座水偵が並んでいる。

 ぱっと見、飛べそうだった。

 零観のほうから、点検を始める。

 まずは、機体の正面に立って、手でプロペラを回してみる。すんなりと回った。

 (よかった。エンジンは固着してない)

 実はエンジンというのは、定期的に回さないとシリンダー内部のピストンが固着して、使えなくなってしまう。さらに、ガソリンと空気を混ぜた混合気に火をつけるプラグも定期的に交換する必要があるし、プラグ部分にカーボンが詰まると電気が通らず混合気に引火させることができない。

 エンジンというのは、結構気難しい部品なんだ。特にこういう古いものは。

 ハルは、コックピットに体を滑り込ませ、あちこちのスイッチやレバーを操作する。座席から立ち上がって、僕に声をかけた。

「機器もちゃんと操作できるし、舵もきくみたい、こっちは大丈夫だよ。」

「じゃぁ、エナーシャを回してみるか。」

 二人で、始動クランクを差し込んで、回してみる。ちゃんと回った。

「状態は結構いいね。」

「そうだな。」

 その時、後ろから声がした。

「ヤス君じゃん!久しぶりだね~!こんなに大きくなって、彼女まで連れてきて。」

 後ろを振り返ると、帝国海軍の第三種軍装に身を包んだ女の人が立っていた。

「長門さんですね。お久しぶりです。後、こいつは彼女じゃありません。」

 彼女こそ、この戦艦「長門」の艦魂である長門さんだ。

「彼女じゃないの?へえ~」

 長門さんは、しばらく考え込んだ後、ポンと手を打っていった。

「そうか!もう結婚してるのか~!」

 僕とハルの顔が一気に赤くなる。

「そんな関係じゃありませんから!」

「あっ、確かに指輪してないもんね。」

 まったく、このヒトは・・・・・・どうしてすぐに話をそっち方面に持ってきたがるのかな~

「あ、あのっ、初めまして。桑折空戦闘機隊神崎中隊二番機搭乗員、山ノ井春音です。よろしくお願いします!」

 桑折空という言葉に長門さんが少し反応する。

「桑折空・・・・・・・ああ、翔鶴の新しい航空隊だね!そこの神崎中隊の副隊長さんか~。噂は翔鶴からかねがね。よろしくね!」

「はい!」

 ハルと長門さんががっちりと握手を交わす。その様子を、瀬戸内の太陽が見下ろしていた。





「ヤス。やっぱあったよ。」

 ハルが零観の機体の一部を指さした。

「やっぱり。」

 補修箇所が見つかった。まず、タンクからエンジンにつながるパイプの一部がない。計器類にも、欠落があった。そして、水上機には致命的な主フロート支柱の破損が見つかった。これじゃあ、着水したとたんにバキッと折れてしまう。

「まあ、御年六十歳以上だから仕方ないと言っちゃ仕方ないね。」

 零式三座水偵にも、同じように点検を施した。

 そばで見ていた佐藤さんに、補修が必要な箇所と、復元は十分に可能だということを伝えて長門を辞した僕たちは、僕の実家に帰ってきた。

 今日から一週間くらい、ここで過ごすことになる。

 でも、ひさしぶりに実家でくつろげると思ってたのに・・・・・・・・






 佐藤さんからは零観たちの整備を指導してくれるよう頼まれるし、永信と実の宿題手伝わされるし。正月はほとんどつぶれた。

 水上機扱ったことないから、零観のフロートに関してはなんも言えなかったし、年上の自衛官に物言うのって、緊張するからいやなんだ。

 初詣で引いたおみくじは「凶」正月早々、幸先が悪い。

 あ~~~~~~あ。

 心の中でため息をつく、僕だった。


保信「保信とぉ!」

春音「春音とぉ!」

みやび「みやびのぉ!」

三人『次回予告~!』

―♪守るもせむるも黒金の 浮かべる城ぞ頼みなる・・・・・・・

保信「さて、今回は僕とハルが呉に行くだけでした。」

みやび「派手な飛行シーンを期待していた皆さん、ごめんなさい!」

春音「それにしても、長門はすごいねぇ。」

保信「僕は大和も見たことがあるけど、もっとすごいよ。ところでハルは、太平洋戦争中の日本の戦艦の名前全部言える?」

春音「えーっと、金剛、榛名、比叡、霧島、扶桑、山城・・・・・・あとなんだっけ。」

保信「金剛、榛名、比叡、霧島、扶桑、山城、伊勢、日向、長門、陸奥、大和、武蔵。」

春音「おおー、すごい!」

保信「ほかにも計画だけで実現しなかった超大和型の尾張、紀伊とか空母になった大和型三番艦の信濃もあるよ。」

みやび「ヤスさんの軍オタ力半端ないですね。」

保信「ちなみに、真珠湾攻撃時の南雲機動部隊の空母六隻全部言えるけど、聞く?」

みやび「遠慮しときます。」

保信「じゃあ、日露戦争の時の日本海海戦の話とかは?」

みやび「また今度で。」

春音「そろそろ次回予告しないと、放送時間すぎるよ!ほら、スタッフさんたちを見て!」

 スタッフ、手で「まいて」という合図をする。

保信「次回は、真珠湾攻撃九十周年記念行事のアメリカ側の代表が来日します!」

みやび「それでは皆さん」

三人『お楽しみに~!』

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