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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

秋の短編2017

日曜日のお嬢さま

作者: 鷹枝ピトン

 名門、S家。この度、わたくしの妹が生まれましたので、その執事をオーディションすることになりましたの。三重の書類審査と面接を経て、たどり着いたエリートたち。最終審査はわたくしが赴き、妹にふさわしい執事を選んで差し上げますわ。


「お嬢、こちらが審査相手でございます」


 ひげの老紳士が、書類の束をわたくしに手渡します。このかたは、母がわたくしのために任命してくれた専属執事ですわ。十年来のなかで、気の知れた相手。本音をいえば、同年代の男などがいたら、箱入り人生でも楽しく過ごせたのかもしれませんが、贅沢はいいませんわ。べつに許嫁と結婚したからといって幸せになれないというわけではありませんもの。


しかし、こんなものに目を通したところで、その人の本質がわかるとは思えませんわ。やはり、中身をみるには直接話すのがベスト。わたくしは、老紳士に書類を返すと、お茶を要求しましたわ。この面接部屋に三人の候補者がくるのは、あと一時間後。紅茶でもたしなみながら、待っていましょう。



一時間後。部屋に揃った三人の候補者の顔ぶれは、随分と個性的でしたわ。


「……まずは、左から自己紹介をお願いいたしますわ」


 最左方の男、が椅子から立ち上がり、その名を名乗りました。そして続いて略歴を語ってくれましたわ。


「わたしは、先祖代々森で木こりをして生活をしていました。この度は、街に新しい斧を買い付けに行ったところを、こちらの家の執事殿にスカウトされた次第でございます」


 木こりの男は、たしかにその身なりは木こりとしてのスタンダードの……言いにくいですが、みずぼらしいものでありましたわ。わたくしとしては、下々のものを軽んじることには気が進まない性分なのですが、それでも男のことを、この場には少々不似合いではないか。そう考えてしまいましたわ。


「木こりさん、あなたには家族はいらっしゃって?」


 子どもを育てた経験があるのなら、妹の世話については安心して任せられますわ。しかし、いま現在も幼い娘がいらっしゃるのなら、それは考え物ですわ。なぜなら、専属執事には朝も夜もない、一日中のお仕事なので、ご自宅に帰ることは滅多にできませんの。あまり娘を放っておくと、いつか関係が壊れてしまいますわ。その原因をわが一家がつくってしまうのは、良しとしませんことよ。


 木こりさんは、この質問に対し、顔を曇らせましたわ。


「実は……女房と娘は、事故で亡くしておりまして」


「まあ……それは、さぞお辛かったでしょう……」


 嫌なことを思い出させてしまいましたわ。わたくしは反省し、木こりさんを座らせました。


 後味が悪いですが、次の方に移りましょう。あとがつっかえそうなので。


「それでは、次の、真ん中のかた、よろしくお願いします」


 むくりと、その方は立ち上がりましたわ。随分身長が大きく、毛深く、人間離れした風貌の方です。


「俺は、クマです」


「そうですわよね」


 熊なのですわ。まぎれもなく。なぜ、人の言葉を喋れているのか。そして、なぜ、最終審査まで通っているのか。それが不思議でなりませんわ。


「ええと、クマさん。本日は、なぜこちらに?」


 熊さんは、頭をぽりぽりとかきながら、返答を考えていましたわ。


「子供が、好きなので……」


 まあ。驚きましたわ。人は、いや熊ですけれども、やはり、本質というものは、外見に寄りませんわね。


 思えば、テディベアというのは、子どもに大人気ですわね。熊さん、案外適役なのでは?


 ……寛容すぎますでしょうか。


 熊さんの顔を見ると、わたくしの心持ちもあってか、かわいらしく感じましたわ。危険でも、ない……?そもそも、この最終審査に残っているということは、それまでの審査員が太鼓判を押したということですから、信用してもよいのではありませんか?


 そのとき、木こりが立ち上がりました。


「まってください、お嬢様!!!この、クマに、決して心を許してはなりません!!!」


 おとなしそうな印象があった木こりでしたが、その発声には同一人物とは思えないほどの力がこもっていましたわ。


「と、いいますと?」

 

 木こりさんをここまで変貌させた理由、聞かずにはいられませんわ。


「さきほど、わたしは、家族を事故で失ったと申しましたが……この熊に、襲われたのです!!!」


「まあ……」


 見かけどおりの、経歴だったということですの?わたくしは熊さんを見て、真相を伺います。


「確かに、俺はこの木こりの家族をいただきました。恥ずかしながら……子どもと若い女性の肉が、大好きなのです……。なんせ、不器用なもので、告白するのが遅れてしまい申し訳ありません」


 超危険生物が館に侵入していましたわ。子ども好きが食べ物の話だったとは。わたしは、パンパンと手を叩きます。すると、部屋のドアが開き、槍を持った警護たちがあらわれ、クマを囲みました。


「お嬢さま、なぜ熊が……?」


 警護隊長が、疑問を抱きます。しかし、わたくしにはそれにこたえられるだけの情報がありませんでしたので、ひとこと叫びましたわ。


「やっておしまいなさい!!!」


 警備隊長は頷き、警備兵たちとともにとびかかりました。そして、次の瞬間。


 血しぶきが舞い……。


 警備たちが、肉塊となって吹き飛ばされましたわ。


 熊がした動作はただひとつ。腕を横にふるっただけ。しかしその爪は、単純な攻撃力により、一気に大人数の命をかりとりました。


 木こりが立ち上がります。


「やはり、俺がやらなくては!!!」


 かたわらに置いていた石斧を持ち、木こりさんがクマに飛び掛かります。クマは片手でそれを防ぎますが、やはり研ぎ澄まされた職人の一撃はすさまじく、深い傷ができてしまいました。


「俺、男は好きじゃないんだけどなあ……」


 熊は大きくあくびをして、牙を覗かします。アレに噛まれたら、絶命間違いなしですわ。木こりさんは、汗を流しながらも、再び斧を振り上げます。


 ことを見守る私の背後から、老紳士が現れます。


「お嬢さま、ご無事ですか?実は、あのクマは審査員やほかの候補者を喰らい、蹴落とすことでここまで残ってきたのです。、そこでこの館で確実に討伐するため、腕に覚えのある二人の男を両隣に同席させたのですが……」


 ひとりは、木こりのことでしょう。恨みのある彼なら、あるいは、クマですら倒してしまうかもしれません……。


 木こりが、クマの腹に斧を叩きこみます。腹筋が、斧をとらえ、離しません。木こりは必至で斧を抜こうとしていますが、叶わず、そこへクマの顔が迫ります。


「いただきます……」


「くそうっっっ」


 血の噴水が舞い上がります。


「ぐううう……?」


 ぐらりと倒れる熊さん。とっさによける木こりさん。わたくしたちは、何があったのかと呆然としています。


 誰が、クマを仕留めたのか?その答えは、クマの右隣りにありました。


「あなたは……?」


「猟師、です。以後お見知りおきを」


 猟銃からあがる煙をふっと吹く男。ハンチング帽をかぶり、ニヒルに笑う男。彼は面接に来ていた三人目の男でした。


「やはり、これからの時代は、銃ですね」


 老紳士がひげを撫でます。木こりは、気が抜けたのか、その場に倒れこみましたわ。










「それが、あなたの専属執事との最初の出会いでしたの」


 わたくしは、今年で十六になる妹に語りました。


「へえ……あいつがねえ?ていうか、なんで姉さん、その展開で、そっちと結婚したのよ」


 わたくしはふふっと笑います。実はわたくしはこのときの男らしい姿に心打たれて、妹の専属執事に任命すると同時に、そのかたにプロポーズしたのです。


「おい……もう寝る時間だ。電気を消すぞ」


 執事、こと、わたくしの夫が呼びかけます。


「はあい、あなた!」


「馬鹿夫婦」


 妹がつぶやきます。


「あなたも恋をすればわかりますわよ」


 わたくしは、妹を残し、毛深い夫とともにお風呂に向かいました。今日は古傷をやさしく撫でてあげましょう。



明日は、月曜日→https://ncode.syosetu.com/n9709eh/

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