833 三十二歳 新たな教材
少し時間を置いてアイザック達が到着する。
ハーミス伯爵達は隠れる事なく、今度は最前列で出迎える。
「やぁ、ハーミス伯。お土産は気に入ってもらえたかな?」
「今後、これ以上の喜びを覚える事ができないだろうと思えるほど極上でした」
「皆さんの苦労に少しでも報いる事ができたのならよかった。ぜひ楽しんでください」
「ありがとうございます」
まるで新しいおもちゃをお土産にした親子の会話のようなものに聞こえる。
だが二人の年齢は親子逆であるし、穏やかな雰囲気になるようなお土産でもなかった。
「引き渡すと約束しましたからね。その約束を守れてよかった。あなた方の家族が帰ってくるわけではありませんが、少しでもその魂が安らぎを得られるように祈っています」
「陛下の祈りならば、きっと家族のもとへ届くでしょう」
その辺りにいるただの修道士よりも、聖人アイザックの祈りのほうが効果はあるはずだ。
忙しいはずのアイザックが家族のために祈ってくれると聞いて、ハーミス伯爵達は感動に打ち震える。
「さぁ、今日は楽しみたいでしょうし、軽い会食程度にしておきましょう」
「いえ、奴らはしばらくフューリアスの隣の牢に入れておくだけにするつもりです」
「なるほど、恐怖を与えるつもりですか。……強制するつもりはないですが、子供だけはできるだけ苦しませずに終わらせてくれると助かります」
「……どうするかを相談しておきましょう」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という感情なのだろう。
ハーミス伯爵はアーク王家全員を憎んでいるようだ。
それは幼子にまで及んでいるらしい。
アーチボルド達をどう扱うかは彼らに一任しているので、アイザックはこれ以上の口出しを控えた。
「ところで、今回は帝都で降伏の調印をするためにヴィンセント陛下も同行されています。宿敵と呼べる相手だが、今は礼を尽くして歓待してやってください」
「かしこまりました。民衆は彼を憎んでいるでしょうが、私達はより憎い者が身近におりますので、ヴィンセント陛下に対しては強い恨みはございません。喜んで歓待いたしましょう」
「よろしく頼みます」
(どうやら無駄な心配だったようだな。遠くの敵よりも、味方だと思っていた相手に裏切られ、辱められたほうが恨みも強くなるか)
以前ならばヴィンセントのほうが憎かっただろうが、今はアーチボルドに対する憎悪が遙かに勝っているようだ。
それでも悪感情がまったくなくなったはずがないので、この確認は無駄ではない。
もっとも、アーチボルドのために開かれる歓迎会の準備に忙しくて、ヴィンセントにまで危害を加える余裕はないはず。
この心配は杞憂だろう。
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「父上、アーチボルド陛下はどうなったのですか?」
夕食後、ドウェインがアーチボルドについて尋ねる。
王都に戻ったというのに、彼の姿をまったく見かけないからだ。
他の子供達も彼の事が気になっていたのか、アイザックに視線が集まる。
「残念ながら、彼は……、アーク王家は全貴族の反対によって処刑される事になった」
「では僕達と年の変わらないお孫さんはどうなるのですか?」
「処刑される」
「そんな……」
自分達と年の近い子供も処刑されると聞いて、子供達はショックを受ける。
彼らが何かを言う前に、アイザックは先に動いた。
「先に言っておくが、彼らを助けてほしいと頼まれても無理だ。それだけアーチボルドが酷い事をしてきたのだからね」
アイザックは子供達に、アーチボルドがやってきた事を教えた。
中でも「ハーミス伯爵達への仕打ち」に関しては丁寧に教える。
「彼らには復讐の権利がある。それを止める事はできるが、私は止めたくはない。完全にアーチボルドが悪いからだ。……さて、王命に逆らう行動を取ったハーミス伯だが、なぜ処罰してはいけなかったのか? その理由がわかるかな?」
「長年同盟を結んでいたリード王国との同盟をやり直そうと主張するのは間違った事ではないからです。少なくとも処罰されるような事ではないと思います」
「むしろ宿敵であるアルビオン帝国と同盟を結んだアーチボルド陛下のほうが裏切り者ではないでしょうか?」
年長者だけあって、ザックとクリスの二人がすぐさま答えた。
「その通りだ。まずみんなに覚えておいて欲しいのは、皇族や王族の力は強いという事だ。気に入らない者を簡単に処罰する事ができる。アーチボルドのようにね。でも自分と反対の意見を持っているから気に入らないといって処罰してはいけない。なぜならみんなが同じ意見を持つ事ほど恐ろしい事はないからね」
アイザックは子供達に優しく諭すように教え始める。
「パパがママ達のお土産を選んでいた時、みんなが『それはよくないよ』と教えてくれた事を覚えているかな? 自分一人ではなく、みんなの意見があったからより良いお土産を用意できたんだ。もしパパが自分の考えに固執して意地になっていたら、あのお土産は買えなかった。他人の意見を聞けば、自分の考えの良し悪しを判断する事ができる。常に『あなたの意見には反対だけど、あなたが意見を主張する事には賛成だ』という気持ちを持っておきなさい。周囲の意見は自分の間違いを正す事ができる最大のチャンスなのだから」
アイザックは自分なりの言葉にどこかで聞いた名言を混ぜて話す。
隣で話を聞いていたモーガンは「ほう、こうやって教育しているのか」と感心し、ウィンザー公爵は「子供の頃はとんでもない暴走を繰り返していたが少しは反省したのだな」とアイザックの成長に感心していた。
ザック達の教育になるので横から口出ししたりはせず、彼らは黙って様子を見守っていた。
「そして何よりも忘れないで欲しいのは、いつか間違えてアーチボルドのような事をしてしまうかもしれないと恐れて行動しなくならないように気をつける事だ。自分で考えて行動して恨みを買うのを恐れてはいけない。まずは自分なりに考えて行動する。それを間違っていると言われたら、どう間違っているのかを考える。それでも自分なりに正しい考えだと思ったのなら貫き通す。周囲の意見を聞いてばかりではいけないんだ。周りの顔色を窺ってばかりいると、悪い企みを吹き込む輩が近づいてくるからね」
(……本当に反省しているのか?)
パメラを奪い取るために周囲の意見を無視して突き進んだ男が、今では偉そうに「そういう事をやっちゃだめだよ」と子供に語っている。
自分の経験から反省して語っているのならいいのだが、まるで他人事のように話しているので、ウィンザー公爵は強い疑問を持った。
「ハーミス伯爵達は義の人だ。彼らは私利私欲にとらわれず、アーク王国のために動いていた。それをアーチボルドは踏みにじった。彼に道理はなく、理性もない。彼らが国を思って誠実な行動を取っていると考えもせずに私心で秩序を乱した。彼に少しでも人を思いやる気持ちがあれば、こうはならなかっただろう」
――仁・義・礼・智・信。
五常と呼ばれる精神的基盤。
アーチボルドは、そのすべてに反する行いをした。
無能である事は罪ではない。
だが独りよがりな行動で他人を踏みにじるのは罪である。
(そして何よりも、フューリアスの無礼な振る舞いは絶対に許されない行為だったからな!)
クレアとの婚約をリサの出自を理由に断られた事を、アイザックはまだ根に持っていた。
独りよがりな行動で他人を踏みにじってはいるが、アイザックはそう思われないように周到な準備をしている。
アーチボルドとは違って民衆に支持されているのは、イメージ戦略を上手く活用しているからだった。
「アーチボルドの行動は、みんなにも反面教師としてしっかり学んでおいてほしい。愚かな行動は自分だけではなく、家族にも危険が及ぶという事を」
「はい!」
みんなが威勢よく返事をする。
素直で良い子達だと、アイザックは頬が緩む。
「でもまぁ、どうしても意見が合わないから大臣を交代させるとかなら問題はない。アーチボルドのように相手の家族を処刑したり、とんでもない屈辱を与えるような事をしなければ、そこまで心配する必要はないだろう。命のやり取りをしなくてはならないほどの屈辱を相手に与えてしまったら……。拷問したりせず、さっさと処刑しなさい。生かしておけばハーミス伯爵達のように復讐の機会を与えてしまう事になるからね。やってしまったのなら後腐れなく始末する事だ」
「……はい」
最後の最後で血生臭い話になってしまった。
子供達も引いている。
(お主は孫にどんな教育をしてきたんだ? いい話を最後に台無しにするなんて)
(知らん、勝手に育ったと言ったではないか)
(こんな事では三代の法則どころか、当たり年が続く事になるぞ)
(私はそれでもかまわん。国が安定するのならな)
ウィンザー公爵とモーガンがアイコンタクトで会話をする。
長年社交界を牛耳ってきた彼らでも「そんな彼らでもアイザックはヤバイ」というのは共通する思いだった。







