827 三十一歳 想定外の返答
アイザックの言伝をギリアム経由で聞いたマカリスター連合各国首脳部の反応は似たようなものだった。
「国境は内戦が終わった時の占領地で決める? 太っ腹ではないか」
「そう思わせて、反乱軍の兵をできる限り引き付けさせるつもりかもしれんぞ」
「攻撃が激しくなれば防衛に兵を多く割くからな」
「我々の力を利用しようというのだ。ならば協力してやって対価を堂々ともらえばいい」
彼らはアイザックの言葉を都合よく受け取っていた。
反乱軍の軍を分散するために利用されるのなら、その対価を受け取るチャンスである。
旧領を取り戻すだけではなく、更に多くの領土を手に入れられるかもしれない。
浮かない顔をしているギリアムとは対照的に、彼らは色めき立った。
「相手は、あのヴィンセントを降した男だ。欲張らずに彼の歓心を買うほうが利益になるのではないだろうか」
ギリアムの脳裏には、カニンガム伯爵が見せた表情が浮かび上がっていた。
あれはアイザックの言葉通りに進めては危険だという忠告のはず。
ならば安全策を取ったほうがいい。
マカリスター連合は長年苦楽を共にした仲間だ。
はっきりとした事は言えないが、それでも慎重に進めたほうがいいと伝えた。
「奪われたものを取り戻すだけだ。それくらいなら問題ないだろう」
「東西からの挟撃による反乱軍鎮圧の手助けをするのだから無償ではな」
だが、彼らはギリアムの言葉を真剣に受け取らなかった。
彼らがギリアムの言葉を思い出したのは、アイザックからの使者が来た時だった。
「アルビオン帝国を攻める前の国境線まで兵を退けだと! 散々利用した挙句にすべてを取り上げる気か!」
当然、彼らは激昂した。
自分達の旧領を取り戻すための出兵とはいえ、反乱軍の鎮圧に役立ったのは確かである。
それなのにアイザックは感謝の言葉もなく、ただ領土を返せとだけ言ってきた。
「こちらにも被害は出ている。返して欲しければ相応の見返りを用意するべきだろうがっ!」
バークレイ王国には婚約を持ちかけておきながら、自分達には何もない。
せめて戦争で出た被害の補償金くらいは払うべきである。
そこに領土を返してもらう分を上乗せするのが常識だろう。
しかし、アイザックはそれをしなかった。
不満が出るのも当然だった。
彼らは軍を下がらせるつもりはなかった。
アイザックが次の条件を出してくるまでは。
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ウォリック公爵率いるエンフィールド帝国軍も西進する。
アルビオン帝国軍と共にマカリスター連合が侵攻してきている地域まで軍を進める。
これもすべて侵攻計画のためだった。
マカリスター連合は五つの国で構成されている。
南からバークレイ王国、サウスウォルド王国、メルブリーク王国、コッテスモア王国、エクスモア王国の五か国だ。
最南端のバークレイ王国はエンフィールド帝国軍に占領地を明け渡すと約束しているため、攻撃対象は残る四か国である。
そこでウォリック公爵は、最初にサウスウォルド王国を狙う事にした。
アルビオン帝国軍やクリフォード率いる反乱軍が各国軍を国境に引き付けている間、南から一気に北上する槌と金床戦術を使うためだ。
戦争続きで疲れているアルビオン帝国軍やマカリスター連合軍と違い、エンフィールド帝国軍は休養ができている。
更に補給物資も潤沢に集積されているため、他国では考えられない侵攻速度で攻め落とせるはず。
早い段階で決着は付くだろう。
だがその前にやらねばならない事がある。
――最後通牒の返答待ちだ。
両軍が向かい合う状況になった今、前もって通告していた返答を待つのみである。
これで兵を退くならよし。
そうでないなら攻撃を仕掛けるだけだ。
サウスウォルドからは早めに返答の使者がやってきた。
――王太子リチャード。
彼が本物である事は、アルビオン帝国の外務大臣であるフレイバーグ伯爵が確認した。
とはいえ、ウォリック公爵も「引き下がる事を選んだ」とは安易に考えなかった。
なぜなら「サウスウォルドの国王はケチだから絶対に抵抗する」という話を事前に聞いていたからである。
王太子を送り込んできたのも、断固たる決意を伝えるためだろうと思っていた。
「我々はアイザック陛下の要求に従い撤退する事に致しました」
「嘘だっ!」
リチャードの言葉を、フレイバーグ伯爵が全力で否定して睨む。
「そう言っておいて奇襲を仕掛ける気だろう!」
「まさか。こちらにはエンフィールド帝国と戦争をする気はありません。これはジョニー陛下の決断です」
まだロイ達に近い年頃ではあるが、リチャードはフレイバーグ伯爵に負けじと睨み返す。
彼は秘書官に命じてフレイバーグ伯爵に書類を渡させる。
「これは、まさか……。本物のサイン!? ありえない! あのジョニー陛下が損害を受け入れるというのか!」
「アイザック陛下の要求を受け入れて無条件で撤退する」と書かれた書類の署名を見ても、フレイバーグ伯爵はまだ信じられない様子だった。
「そこまで強情なお方なのか?」
アルヴィスがフレイバーグ伯爵に尋ねる。
それはそこまで否定する理由を知りたがっている他の者達の心情を代弁していた。
「強情も何も、ジョニー陛下と言えばケ……、吝嗇……、倹約家で有名なのです」
さすがに正面切って「ケチ」と言うのはフレイバーグ伯爵も避けた。
それでもジョニーのエピソードを語るのはやめなかった。
・花で腹は膨れないので宮殿の庭園を、すべて野菜に植え替える。
・高価な絹ではなく、麻や木綿の服装を好む。
・炭を使うのをもったいないと言って、できるだけ炭を使わずに済むよう、湯たんぽ用の湯を沸かし終わると火を消す。
他にも様々なエピソードがあるが、その中でもフレイバーグ伯爵にとって強烈な思い出があった。
「茶のおかわりは出涸らしを出されました!」
「それはあなたがアルビオン帝国の大臣だからですよ。さすがに他国の使者には、ちゃんとしたものを出していました」
先ほどは冷静だったリチャードも、さすがに父の恥ずかしいエピソードを語られて顔を赤面させていた。
だが今の話を聞いても、キョトンとしている者が二人いた。
「それが何か問題でも?」
「捲土重来を目指して節約していただけでは?」
――ウォリック公爵とアルヴィスの二人である。
彼らは貴族らしからぬ苦境に立たされていた経験があるため、ジョニーの節約ぶりに理解を示す。
「領土を奪われたのだ。奪い返すための軍費を貯めるために出費を抑えていたのではないか?」
「収入が減ったのなら減ったなりの暮らしをするしかないですしね」
なぜか息子のリチャードよりも、この二人のほうがジョニーに理解ある反応を見せる。
「あ、あぁ、なるほど。反攻に備えていたというわけですか。アルビオン帝国の者を歓迎できなかったというのも理解は……できます」
フレイバーグ伯爵は戸惑いながらも二人の意見に理解を示した。
しかし、ケチで有名になるほどだ。
実際は、アルビオン帝国以外の国の使者に対しても似たような対応をしていたのだろう。
だが、せっかく大人しく軍を退いてくれるというので、これ以上心証を悪化させるのを避けた。
「まぁ、だいたいはそんな感じです」
リチャードは「そうだったのかな?」と疑問に思いながらも、悪くない解釈をしてくれたので二人の意見に乗った。
見栄を張れるところで張っておいて損はないからだ。
「このまま拒否して国を失うような博打はできないという苦渋の決断。私は尊重します。領土の明け渡しの際には、サウスウォルド王国軍とのいざこざが起きないよう細心の注意を払うようにいたします」
ウォリック公爵は、フレイバーグ伯爵から聞かされていたジョニーへの偏見から反転して親近感を持つようになっていた。
「ご理解いただきありがとうございます。私がこちらに派遣されたのは、その明け渡しの際の条件なのです。戦争で焼け落ちた家屋などの賠償を求められるのかどうか、といった詳細な点を詰めるためです。その確認が済み次第、我が軍は即座に撤退いたします」
「かしこまりました。では主にアルビオン帝国側の要求となるでしょうし、フレイバーグ大臣と話を進めてください。こちらからは必要だと思う話になったその都度、意見を出させていただきます」
占領地がどのような土地かわからないため、それを理解しているフレイバーグ伯爵に交渉を任せる。
ウォリック公爵としては「領民を連れ去るな」など、後々困りそうな点について口出ししようと考えていた。
これは元々外務大臣のフレイバーグ伯爵に任せたほうがいい案件ではある。
それに新たな問題が生じたのでそちらに考える時間を割り振りたかったからだ。
(サウスウォルド王国は絶対に退かないと言われたから、そのつもりで侵攻計画を立てたというのに……。これではメルブリーク王国を相手にした計画を立て直さなければならないではないか。大国のアルビオン帝国の大臣というから信用していたのに、フレイバーグ伯は少し頼りない男だな)
もしヴィンセントがウォリック公爵の考えを聞けば「やっぱりそう思うか?」と答えていただろう。
彼も「命じられた事は問題なくこなすが、それ以外は頼りないな」と思っていたからだ。
フレイバーグ伯爵も貴族としては間違った考えをしているわけではない。
だが、一般的な貴族の枠から外れている者達の行動にまでは考えが及んでいなかったようだ。







