825 三十一歳 胸中に秘めた言葉
ヴィンセントが降伏を認めなかった理由。
それはアイザックから聞いた話にあった。
――マカリスター連合とは内戦が終わった時の国境線で停戦する。
つまり内戦が終わるまでは国境線が定まる事はなく、停戦もする事はない。
一見するとマカリスター連合に譲歩したように見えて、撤退せよという要請に聞く耳を持たぬ国を攻める口実を作っただけである。
――なぜなら内戦が終わるまでは、攻め込んできたマカリスター連合と講和も一時停戦もしていないという事だからだ。
一方的にアルビオン帝国に攻め込んできたマカリスター連合は、エンフィールド帝国の国土を侵しているのと同じ。
攻め込んできた敵国に反撃を加えるのに大義名分を作る必要はない。
以前ならこれ以上ない美味しい状況だと飛びついていた。
ヴィンセントが見逃すはずがない。
だから理由と共に降伏を認めないという返答を出していたのだった。
「……さすがに問答無用で皆殺しにするような事はしないか」
「後継者に誰かの子供か孫を選ぶつもりなら、その子に恨まれるような真似はしたくないのだろう」
「恨みはまた新しい反乱の火種になりかねないからな」
アルフレッドとブランドンは比較的落ち着いて父からの書状を読んでいた。
だがクリフォードは戸惑っていた。
「他の条件は……、どう思われているのですか?」
書状には降伏を認めない理由だけではなく、ヴィンセントからの指示が書かれていた。
――こちらから攻撃は仕掛けないから、マカリスター連合へ反撃しろ。
それだけなら悩む理由はない。
アルビオン帝国の領土を取り戻すのは優先事項であるからだ。
だがそこには追加でこう書かれている。
――クリフォードを助けたければ、アルフレッドとブランドンは残存兵力を用いてマカリスター連合を攻め落とせ。
アルフレッドとブランドンに対するマカリスター連合への攻撃の指示である。
問題は、そこに二人を助命するとは書かれていない事だった。
問答無用で皆殺しにする気はないが許す気もない。
この命令通りにするならば、二人に付き従ってきた反乱軍がすり潰されるだろう。
最期まで利用できるだけ利用してやろうという考えが透けて見える。
自分だけが助かるかもしれないという事で、クリフォードは気が引けた。
「父上に歯向かったと思われているのはお前も同じだ。子供達の継承順位は横並びになっているはず。ならば最後に少しでも父上の心証を良くして我が子の継承順位を引き上げるべきだ。そう考えれば協力するのも悪くはない」
ブランドンはこの状況をひっくり返すのが無理だと悟り、せめて我が子に少しでも残せるものを残してやりたいと考えているようだ。
多くのものを失ってきたので、最後の最後に残したい大事なものがある事に気づいたのだろう。
後ろ向きながらも、真剣に取り組もうとする。
「私は嫌だ。私に付いてきた者達を死地に送り込むような事はしたくはない」
アルフレッドは乗り気ではなかった。
決定的な敗北を喫したのがブランドンよりあとだった事もあり、まだ敗北を受け入れ切れていなかったからだ。
「だが父上が出した条件は無視できるものではない」
――アルフレッド達が占領したマカリスター連合の領土を反乱軍に参加した貴族に与えてやってもいい。
それはつまり、参加した貴族を処刑せずに生かしておいてくれるという意味であった。
どこまで信じていいのかわからないが、生き残る可能性を残してくれるだけヴィンセントにしては有情である。
付いてきてくれた貴族にチャンスを与えてやれるのならば与えてやりたい。
その気持ちが彼の考えに大きく影響を与えていた。
「それに無意味に領土を失った愚か者としてではなく、領土を取り戻した者として名を残したい。気は進まないが、私も連れてきた軍を使ってマカリスター連合への反撃に力を貸そう」
「だったら素直に力を貸すって言えばよかったのに」
「う、うるさい!」
協力すると言っても、アルフレッドとブランドンの二人は完全に仲直りしているわけではない。
ブランドンが茶々を入れ、アルフレッドが怒る。
よく見かけた光景だが、これもそう遠くないうちに見納めになる。
クリフォードはその事に寂しさを覚える。
(なんでもっと早く和解できなかったんだろうか)
今更そんな事を口に出せはしないので、その言葉は心の中に秘めておいた。
彼はなんとか二人も助かる道はないのか考え始めた。
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「本当によかったのか? 裏切った者を処断しなくても」
「かまいません。生き残る道があるとわかれば彼らも必死に戦うでしょう。そこで戦死してもよし。生き残れば戦果次第で残す。私にとっては損はない選択ですから」
アイザックとヴィンセントの密談。
そこではクリフォードに送った書状について話し合われていた。
「いやらしい奴だ」
「よく言われます」
もっとも、アイザックに「いやらしい」と言っている相手は妻達だったが、そこまでヴィンセントが知る由もない。
「国境線まで退かないマカリスター連合加盟国には攻撃を仕掛ける。そういう解釈でいいのだな?」
「もちろんです。警告は与えた。それを無視するのなら敵対する意思があると判断していいでしょう」
「そもそも、先に内戦を終わらせると思い込んでいるのが悪いという事だな。エンフィールド帝国軍を前線に出していないのは、この時のために休ませていたのか? ……いや、アルビオン帝国軍の力を削ぐためでもあるのか」
「その両方ですね。エンフィールド帝国に牙を剥く元気をなくしている間に、エンフィールド帝国による統治も悪くはないと思ってもらえれば楽になりますからね」
「やはりそうだったか」
内戦を素早く終わらせたければ、もっと積極的にエンフィールド帝国軍を動かしていてもおかしくない。
それをしないという事には理由があるはず。
説明を聞いてヴィンセントは合点がいった。
アイザックの欲は果てしない。
アーク王国とアルビオン帝国では満足せず、マカリスター連合まで併呑するつもりなのだ。
「気持ちはわかる。まずはアルビオン帝国の内政を整えたいと考えるところだが、今の内にマカリスター連合もついでに攻め滅ぼしたほうが、改めてエンフィールド帝国本国から大規模な軍を派遣する手間が省ける分だけ楽だ。ついでで滅ぼされる国には同情を禁じ得ないな」
「国の規模が違いますから。バークレイ王国は撤退を約束したので、マカリスター連合全軍が敵に回るわけではありません」
「味方だと思った者に裏切られる気分を奴らも味わうというわけだな」
ヴィンセントが愉快そうに笑う。
アイザックも彼に合わせてほほ笑んだ。
実のところアイザックにとっては、アルビオン帝国もアーク王国を攻めたついでに侵攻しただけなのだが、そこまで正直に話してわざわざヴィンセントの機嫌を損なうような真似はしなかった。
彼もまさかアルビオン帝国ほどの大国がついでに攻め滅ぼされたなどとは想像だにしなかった。
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