811 三十一歳 過去と未来
新年パーティーで、ギリアムの周囲には人だかりができていた。
それはギリアムの一言が理由だった。
「おおっ、その服は一昨年のドラゴンセレクション優勝者の新作では? 私に似合うか不安だったので購入を見送っていたのですが、陛下は見事に着こなしておられる」
「ありがとう。だが、これは私が選んだ、と答えられればいいのだがな。私が恥をかかぬようにと、皇后陛下が選んでくださったのだ。おかげで流行遅れの田舎者と見られずに済んだ」
「ほう、皇后陛下が直々に……」
ギリアムを呼び出すため、モーガン達が派遣されたというのは広く知られている。
そして彼らがただの人質ではなく、皇子か皇女の婚約者候補を見定めるためだという噂も一緒に流れていた。
ではそんな噂が流れている相手が「パメラに配慮されている」とすれば、周囲はどう思うか?
(バークレイ王国との縁談がまとまりそうだという事か!)
――彼らはギリアムが重要な人物になったと思うのだった。
「バークレイ王国はどのようなところでしょうか?」
「孫君は何人おられますか?」
エンフィールド帝国の公爵家に比べれば、バークレイ王家はまだ狙いやすい。
あわよくば取り入ってやろうと、聞き耳を立てていた者達がギリアムに人が集まったのだ。
「さすがに奮発しすぎなんじゃないか?」
そんな光景を眺めながら、アイザックはパメラにボソッと呟く。
洒落にならない額の贈り物をギリアムにした事に不満があったからだ。
だが彼女は気にする素振りを見せなかった。
「あら、エリザベスの婚約者候補として最有力なのでしょう? 最初の印象が大切なので、恥をかかせぬよう身なりを整えていただいただけです。持参金の一部を先渡ししたと思えば問題ないのでは? まさか婚約者を探しているというのは言い訳作りのための行動で、適当な理由をつけて断るつもりだったのではないでしょうね?」
「そんなはずがないだろう。誰よりも子供の幸せを願っているんだから」
アイザックも言われ慣れたからか、パメラの言葉で動揺は見せなかった。
彼の様子を見て、パメラは「ん? 本当なのかな?」と判断に迷う。
「まぁ、いいさ。服はともかく他の物は取り返す事ができる。もちろん、そうならないのが一番かもしれないけどね」
装飾品は奪い返せばいい。
「亡国の王の所有物」というプレミアを付ければコレクターが高値で買うかもしれない。
そう思う事で、ギリアムへの無駄遣いを投資として前向きに考えるようにしていた。
こうしたパーティーでは、ギリアムのように表で話す事もあるが、裏で話す事も多い。
アイザックは、その裏を選んだ。
まずはカイとマクスウェル伯爵を別室に呼び出す。
「さて、なぜ真っ先に呼び出されたかわかるか?」
「ギリアム陛下の帰路も護衛を任される、という事でしょうか?」
ギリアムを護衛し、そのあとは戦場へ戻れという意味も含まれているはず。
深刻な表情で聞かれたので、カイはそう思った。
だが違ったようだ。
アイザックが怒りに満ちた顔に変わる。
「そんな事はどうでもいい! 子供の婚約の事だ!」
アイザックが怒りなら、カイは呆れの表情になる。
「そんな事って……。一応呼び出しの時は詰問するためだったけど、表向きは国賓なのに……」
「子供の問題に比べれば大した問題じゃない」
アイザックは至って真剣である。
カイは呆れながらも、話に応じる事にした。
「まったく、子供達の婚約者を決め始めたというのに、まだそのザマなのか」
「カイ、言葉を慎め。皇帝陛下に失礼だぞ」
彼を止めたのはアイザックではなく、父親のマクスウェル伯爵である。
いくら「俺とお前の仲でいい」と言われたからといって、それに甘えてはいけない。
なにしろ、もう十七年は前の話だ。
あの頃とは立場から何もかもが変わっている。
大貴族の跡取り息子どころか、今では大陸最大規模の帝国の頂点だ。
マクスウェル伯爵は、アイザックの精神を逆撫でするようなカイの言動にヒヤヒヤしていた。
「いや、それはいいんです。一応子供の婚約者になるなら……、親戚にもなりますので」
だが彼の不安はアイザック本人によって否定される。
父親として、子供のために敵意を見せる事はある。
しかし、過去の発言をひっくり返すような事はしなかった。
だからカイもアイザックを信頼して友人として接し続ける事ができたのだ。
これは当人同士の事なので、マクスウェル伯爵が詳しく知らないのも仕方のない事だった。
「そんなに子供を婚約させるのが嫌って顔をしなくても……。ジュディスさんとブリジットさんがそろそろ出産だろ? 年に二人以上のペースで子供が増えているのに、年に一人か二人のペースで婚約者を決めていたら手遅れになるぞ」
「わかっている。だからこうして話を持ち込んでるんじゃないか」
「……もちろん受けるよ。ポールやレイモンドだけじゃなく、俺のところにも話を持ちかけてくれて嬉しいよ」
「それは当然だろ。友達なんだから」
アイザックはカイに「お前はネイサンと一緒になって俺の事をいじめていたよな?」と、過去の事を持ち出して責めて自分の都合のいいように動かすような事を一度もしなかった。
口先だけではなく、行動で友人である事を証明してくれている。
カイには、その事が何よりも嬉しかった。
「子供の交友関係を考えると、エリス皇女か?」
「そうなるな。お互いに知っていて、嫌っていない相手という条件に合致しているのなら問題はない」
「そういう理由ならば、こちらも歓迎だ。よろしく頼むよ。親父もそれでいいだろ?」
「断る理由がない。よろしくお願いいたします」
アイザックは断腸の思いで決断したものの、カイの息子との婚約話はスムーズに進んだ。
マクスウェル伯爵の態度を見る限り、娘に酷い扱いはしないだろうし安心である。
それにまだ身近に置いておける相手なので、アイザックも妻の同席なしでギリギリ話を進められる相手でもあった。
他にも様々な相手と話を行い、アイザックは最後に三人の若者を呼び出した。
――ロイ・ウィンザー、マイク・ハリファックス、ウィリアム・クローカー伯爵。
ロイとマイクは親交があるが、クローカー伯爵とは顔を一度か二度合わせた程度である。
この三人の組み合わせで呼び出された理由がわからず、不思議そうな顔をしていた。
「マイク、お前の望みを叶えてやろう」
「僕の、ですか?」
そう言われて、余計にマイクは首をかしげる。
アイザックの言葉に心当たりがなかったからだ。
「戦場に出たいと言っていただろう? 本当に戦場へ連れていくわけじゃないけど、アルビオン帝国へ連れて行ってやる事はできる。どうだ?」
「行きたいです! 連れていってください!」
マイクが前のめりになって頼み込む。
アイザックはうなずく。
「ロイとウィリアムもどうだ。私の同行者として次世代を担う若者達に戦場の空気を吸わせるくらいはさせてあげられる。もちろん、実戦への参加はまだ禁止だけどね」
「行かせてください! 陛下から見る世界の一端を感じてみたいです!」
クローカー伯爵がマイクよりも強い口調で頼んだ。
「戦争となると、未経験でいきなり戦場へ立たねばならない事もあるでしょう。戦場へ出る前に前もって雰囲気を知る事ができるのはありがたいので同行させてください」
ロイは冷静にアイザックの申し出の意味を読み取り、その価値を理解して同意する。
三者三様の反応ながらも、みんな経験を積みたいという気持ちは同じだった。
「アルビオン帝国北部の制圧が、春か夏頃に終わりそうらしい。アルビオン帝国はリード王国の二倍から三倍の国土を持つと言われているから、すべてが終わる前に捕虜の処分を済ませておきたい。ザックやクリスも連れて行って、私が捕虜をどう処分するかを見せようとも思っている。人の上に立つ者としての考えなどを君たちにも一緒に学んでほしいと思っている。よろしく頼むよ」
「陛下のお姿、しかとこの目に焼き付けます!」
「この機会を無駄にはしません!」
「しっかりと学ばせていただきます!」
「戦場の雰囲気を感じ取るだけで戦場には出ないからね。それと戦場で戦いたいとか言い出したら、もうこんな事は提案しないから、よく覚えておくように」
「はい!」
若者らしい力強い返事を聞いて、アイザックは満足そうに微笑みを浮かべる。
戦場に出たかったマイクだけではなく、アイザックの役に立ちたいクローカー伯爵、何もしないままでいいのかと不安だったロイも、アルビオン帝国行きを喜んでいた。
アイザックも彼らの喜ぶ姿を見れて嬉しい気分になっていた。






