810 三十一歳 囲い込み
帝都を観光していたギリアム一行はとある店の存在に気づいた。
「焼きリンゴ、一個五百リード! 目の前で調理するよ!」
特に珍しくもないデザート。
だが、その店の前には人だかりができているのが馬車の中から見えた。
「エンフィールド帝国は戦争中とはいえ豊かだ。たかが焼きリンゴに人だかりができるものか?」
「あの店は特別なのですよ。なにしろエルフが経営していますから」
「エルフが? 確かに出稼ぎ労働者として各地で働いているという話は聞いていたが街中に店まで出していたとは」
案内人の説明を聞いてギリアムは驚き、興味を持った。
「ご覧になりますか? 味は普通ですが珍しいものを見られると思います」
「そうだな。せっかくだから見せてもらおうか」
その様子を見て取った案内人が見学へ誘う。
断る理由もないので、ギリアムは誘いに乗った。
「アイザック陛下のご客人だ。道を開けてくれ」
そういって案内人は店へと先導する。
ただの貴族でも気を遣うのに、アイザックの客人ともなれば人だかりが避けるのは早い。
店までの道がすぐさま開けられた。
「焼きリンゴ、十人前」
「あら、普通の味だけどいいの?」
「聞こえてたんですか? 勘弁してくださいよ。魔法で作っているとはいえ、やってる事はリンゴを焼いているだけじゃないですか」
「それはそうだけどね。でもあんたの分だけ倍額だよ」
店員はエルフの女だった。
軽口を叩けるくらいだ。
人間との関係は良好だというのは一目瞭然である。
知識として知っているのと、実際に見るのとでは大違いだ。
ギリアム達、バークレイ王国の人間はカルチャーショックを受ける。
「さぁ、アイザック陛下のお客人。エルフが調理する焼きリンゴを見ていってください」
そのエルフはリンゴを持つと空中に放り投げた。
そして魔法で細かく切り刻む。
「おおっ!」
さらにもう一人のエルフが切られたリンゴを炎で焼く。
「おおっ!!」
豪快な調理法に驚きの声があがる。
先に並んでいた人々からも感嘆の声が漏れていたので、ギリアム達だけが反応して恥ずかしい思いをするという事はなかった。
エルフ達は何度か繰り返し、大皿に完成した焼きリンゴが盛りつけられた。
魔法で雑に切ったように見えたのに、すべてイチョウ切りで大きさが揃えられている。
「貴族用の部屋がちょうど空いているから案内するよ」
エルフによって店の二階へと案内される。
部屋は落ち着いた雰囲気の装飾で飾られ、テーブルとイス、あとは皿やコップと空っぽの水差しがあるのみだった。
ギリアム達は「水は?」と思ったが、魔法によってコップと水差しが水で満たされる。
この一連の流れにギリアム達は驚かされてばかりだった。
「ではごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます。では陛下、こちらへどうぞ」
案内人がギリアムに席を勧め、彼が座ったのを確認すると他の者達も着席していく。
「念のために毒味役はおられますか?」
「私がやりましょう」
護衛の一人がギリアムの分を小皿に取り分け、いくつかをランダムに取って食べる。
問題はなさそうなので、ギリアムの前に皿を置いた。
「エルフの魔法で作った焼きリンゴか。戦争中だというのに、エルフをこんな風に使うとは……。なんとも贅沢な逸品だな」
――特製ソースなどもかけられていない、ただ焼いただけのリンゴ。
シンプルなお菓子ではあるが、あの大道芸のような調理方法に価値がある。
エルフの手によって作られたという事実だけで高級な菓子へと変わった。
ギリアムは興味深く一切れ口に運ぶ。
「フフッ」
彼の口から楽しそうな声が漏れる。
「確かにただの焼きリンゴだ」
「そうでしょう。ですが人が並ぶほど人気の店なのです。夏場は果物を凍らせて売っています」
「他の店ではできない貴重な体験ができるのだ。私もまた調理しているところを見てみたいと思ったくらいだ。客が来るのも不思議ではないな」
大道芸人のように芸で人を集める。
商品を買わないと見れないので、貰えるかわからないチップと違って自然と店の売り上げにも繋がる。
上手いやり方だとギリアムは思っていた。
「我らのように遠方から来た者には珍しさ以上に驚きがある。エルフが人間の街で店をやっているというだけではなく、それが人気のある店だったとは。恐怖心で人々から距離を置かれているものだと思っていたぞ」
「最初はそうでした。ですがインフラの整備から始まり、重傷者の治療などを行っていくうちに距離が縮まったのです。彼らが気安く接してくれるという事もあり、早い段階で両者の間にある壁は取り払われました」
「だろうな」
先ほどの店員も気安い態度だった。
さすがに王族とは思わなかっただろうが、貴族とわかっている相手にも変わらぬ態度を見せていた。
平民であれば、すぐに仲良くなれるはずだ。
「しかし、あの態度は良いところではあるが悪いところでもある。貴族の中には不快に思う者もいるだろう。問題にならぬうちにやんわりと指摘しておいてやったほうがいいのではないか?」
だが貴族は違う。
プライドの塊のような者もいるので、地位の定まらぬエルフ相手に気安い口の利き方をされて不満に思う者もいるだろう。
その事をギリアムは危惧していた。
しかし、それはいらぬ心配だった。
「エンフィールド帝国貴族であれば、そのような事はいたしません」
「フランドル侯爵だったか。だがあれは代表者であって、エルフ全員が貴族扱いというわけではないのだろう?」
「そういう意味では身分を持たぬエルフのほうが多いですね。ですが先ほどのお方は違います。皇妃ブリジット殿下のご母堂ですから」
「……は?」
案内人の言葉を理解できず、間の抜けた声がギリアムから漏れる。
「いや、さすがに皇妃殿下の母君がこのような店で働いているはずが……。ないでしょう?」
秘書官の一人が質問するが、案内人は首を振った。
「事実です。まだ若く働ける年齢なので、娘の仕送りで余生を暮らすような生き方はしたくないとお考えだそうです。アイザック陛下が街道整備などで遠くに行かせるのではなく、帝都に住みながら働けばいいと話して、この店で働くようになったと伺っております」
「おぬし……。皇妃のご母堂にあんな言葉遣いを……」
ギリアムは案内人の態度に驚く。
彼のせいでギリアムも「普通の焼きリンゴだな」と言ってしまった。
さすがに聞かれてはいないだろうが、知られればとんでもない事である。
巻き添えになってしまった形になるとはいえ、あまり愉快な状況ではなかった。
「些細な事はお気になさらぬお方なので問題ありません。爵位を与えられる予定だったのですが、政治に巻き込まれるのが嫌だと辞退されたそうです。ギリアム陛下の立場を明かして挨拶をされるよりは、ただ美味しかったと伝えたほうが喜ばれるでしょう」
「そうか、ではそうしよう」
(私にはわからん複雑な事情があるのだな)
そう考え、非難する事をやめた。
「変わっているな。平凡な者であれば、娘婿の権威を傘に着て悠々自適の生活を過ごしていただろうに」
「そこが我々との大きな違いかもしれません。交流再開当初から暮らしやすさ以上のものを求めてきたりはしていませんでしたから」
「エルフとは欲がないのだな」
ただお菓子を食べにきただけだというのに、エルフに関する事を色々と知る事ができた。
ギリアムの脳裏に、ふと疑問が浮かぶ。
(そういえばここに護衛とかはいるのか? 不用心な……。いや、エルフがいるから誰も襲いはしないか)
ブリジットの両親も自分で身を守れるだろうし、他の店員もいる。
ある意味、王宮以外では最も安全な場所かもしれない。
そう思うと、心配などした自分がなんだかバカらしく思えてきた。
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店を出て次に案内された場所は、ドワーフの店だった。
こちらは出かける前からギリアムが希望していた場所である。
「お待ちしておりました」
貸し切りとなった店にはドワーフだけではなく、立て巻きロールの美女まで待っていた。
「エンフィールド帝国皇后パメラ・エンフィールドです。以後お見知りおきを」
「バークレイ国王ギリアムです。お初にお目にかかります」
(どうして皇后陛下までここに!?)
ギリアムの心臓がバクバクと音を立て始める。
ここでパメラと出会うとは完全に予想外だったため、心の準備ができていない。
アイザックに影響力を持つと思われる相手だけに緊張をせずにいられない。
「今日はこちらにお越しになられると伺って、プレゼントをご用意いたしました。どうぞ、こちらへ」
パメラが先導して歩く。
その間、何をプレゼントされるのか不安だったが、すぐに服飾コーナーに連れてこられた事に気づく。
「エンフィールド帝国では背丈に合わせた既製服というものが作られておりますの。ギリアム陛下は遠い国からお越しになられたので、我が国で流行しているパーティー用の服をご用意するべきだと思ってお待ちしておりました」
「それはそれは、皇后陛下の気遣いに感謝いたします」
ギリアムとしても新年パーティーに顔を出して「田舎者がきた」と思われる事は避けたかった。
その悩みを解消してくれるというのだから、パメラの気遣いには心から感謝していた。
「娘がお世話になるかもしれないお方ですもの。恥をかかせるつもりはございません」
パメラがニッコリと優しい笑顔を見せる。
三十を過ぎているというのに衰えぬ美しさを持つ彼女の笑みには、ギリアムもドキリとさせられた。
「こちらとしてはお断りする理由はございません。婚約するかどうかはアイザック陛下次第です。よしなにお伝えください」
「はい、もちろんです」
パメラとしても娘の婚約者探しは重要だとわかっている。
だからギリアムを見定めるために自らここへ来たのだ。
子供の婚約に関しては、アイザックが頼りにならないどころか、足を引っ張りかねないからである。
それからしばらく、ギリアムに合う服を探した。
彼の側近で参加する者の礼服は店員が探す。
パメラが親身になって流行に沿ったものを選び抜くと、採寸をして終わりだった。
「既製服は体に合わせるだけの調整をして終わりです。オーダーメイドと違って、こういう急ぎの時に便利なのでエンフィールド帝国内では既製服を扱う店が増えております」
「採寸をしてから完成まで何週間も待つのは確かに長い。こういうものがあると便利ですな」
「それでは装飾品も見てみましょうか」
「皇后陛下の目利きは確かなものです。ではお願いしましょう」
あまり飾り立ててパーティーで悪目立ちするのは避けたかったが、パメラが選んでくれるというのだ。
断って機嫌を損ねるような事はしたくない。
だが最初は仕方なく聞き入れたが、すぐにその考えは変わった。
「これは素晴らしい。美しい上に気品まで感じられる素晴らしいものだ!」
ドワーフ製の品々は、どれもが目を惹かれるものだった。
あれもいい、これもいいと次々に目移りしてしまう。
迷いがちなギリアムのために、パメラがエンフィールド帝国貴族に好まれる組み合わせなどを教えていた。
彼女の気遣いに、ギリアムは「これだけセンスのいい娘がいればどれだけよかったか」と、つい思ってしまう。
一通り選んだあと、どうしても気になる一角があった。
「あちらも見てみますか?」
「是非!」
それは武具のコーナーだった。
やはりドワーフ製の武具には興味が惹かれる。
ギリアムはそちらへ向かい、剣を手に取ってみる。
「そういえば、ドワーフ製の武具は他国と売買しないという話をお聞きしたが?」
「そちらは貴族向けの装飾品として切れ味を落としたものとなっております」
「なるほど」
ドワーフの店員が説明するとギリアムは納得する。
彼は剣を鞘から半分ほど抜くと、店員の言葉に疑わしいものを覚える。
「本当にこれで切れ味を落としているのか? 買ってから禁制品だったと咎められるのではなかろうな?」
刀身のあまりの素晴らしさに、そう問いかけてしまう。
「当店の品はすべて問題なく販売できるもののみとなっております。ご安心ください」
「これでか……」
(我が国で作っているものとは雲泥の差だな)
装飾だけではない。
武器としてもドワーフ製のほうが圧倒的に優れている。
武器の専門家でなくとも、そうわかるほどの差があった。
彼は鞘から完全に剣を抜く。
「刀身だけでも美しい。だがそれ以上に全体の調和が取れている。一部ではなく、剣全体を見て本当の美しさがよくわかる。武器としても優れているが、装飾品として飾っておきたくなる美しさだ。見事な職人技だと認めよう」
「ありがとうございます」
「ギリアム陛下は美術品を集めるご趣味がおありですか?」
パメラがギリアムに問う。
彼はどう答えるか迷ったが、正直に話す事にする。
「アルビオン帝国との戦争に集中するため、美術品を集める資金はあまりありませんでした。ですが価値のある物を見定められるようには気をつけています」
国庫について触れる事に抵抗はあった。
「金のない国に娘はやれない」と言われるかもしれなかったからだ。
しかし、パメラならそんな事は言わないという雰囲気があったので正直に話してしまった。
パメラはフフフッと笑う。
「アイザック陛下だと『剣は切れればいい』と美術品としての価値を見出さなかったでしょう。実用性を重視するのも大事ですが、私は審美眼も大事だと考えております。ギリアム陛下が審美眼を持ったお方で安心いたしました」
ギリアムもニコリと笑う。
「小国の王が美術品に興味を持ち、大国の皇帝陛下が実用性を重視する。なんとも不思議なものですな」
「本当に。縁というものは不思議なものだと思います」
パメラがそう答えると、二人とも声を出して笑った。
それから話を弾ませながら、色々と気になったものを見ていった。
「やはり最初に見た剣が気になるな。あれの値段は?」
「五千万リードになります」
「五千万リードか。……よし、あれを買おう」
他国で恥をかかないため、予算は多めに持ってきているので買って帰る事ができる。
本当は追加でいくつか買って帰りたかったが、帰りの予算まで使い果たす事になってしまう。
帰国の費用を無心するようでは、より恥ずかしい事になる。
ギリアムは一本だけ買う事にした。
「それではギリアム陛下が興味深く見ていた他の品々もすべてまとめてくださる」
その時、パメラがとんでもない事を言い出した。
「皇后陛下、それは――」
「剣一本と言わず、興味をお持ちになられた物はすべてお持ち帰りください。護衛の方々に剣を帯びさせる事で、バークレイ王国の方々を見る周囲の目も変わりましょう。世の中には異国から来た方々を、文化の違いを考えもせず厳しい目で見る者が残念ながらいます。最初に言いましたよ。娘がお世話になるかもしれないお方に恥はかかせないと。持参金の一部だと思ってご笑納ください」
パメラには有無を言わせぬ迫力があった。
まるで断る事は許さないと言わんばかりに。
(なぜ我が国にそこまで娘を送り込みたいのだ? この国の皇女を娶るほどの価値はないと思うが……)
帝室の事情など知らないギリアムにとって、パメラがなぜここまで力を入れるのかがさっぱりわからなかった。
それだけに厚遇してもらうのが怖くなってくる。
しかし、パメラの提案を断るには、条件が旨すぎた。
「両国の関係を良きものにするためにも、新年パーティーで相応の格好をせねばなりません。今回は皇后陛下のお言葉に甘えるといたしましょう。もし婚約が成立するようであれば、エリザベス皇女を大事にすると約束いたします」
ギリアムの返事を聞いて、パメラから迫力が消え去った。
「ありがとうございます。今後ともよしなに」
「こちらこそ」
また二人は合わせて笑う。
だが今回のギリアムは「なんでこんなに厚遇してくれるんだろうか?」という不気味さによって、少しぎこちない笑いとなっていた。
彼は婚約者候補に逃げられないよう、パメラが囲い込みをしようとしているとは思いもよらなかった。
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