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いいご身分だな。俺にくれよ。 作者:nama

第四章 継承権争い -後始末編- 九歳~十歳

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 ひとまずは外の事は片付いた。
 そうなると、次は内の事に取り掛からなくてはならない。
 こちらの方が難問だった。

(本当にどうしよう……)

 ルシアとは顔を会わせるが、ネイサンを殺して以来ランドルフとはまだ顔を会わせていない。
 他にもやる事はあったが、アイザックはこの状況をなんとかしたかった。

(やっぱり家族だしな)

 自分の事を”家庭内の異物”だと思って悲しんだ事は記憶に新しい。
 それでも、やはり血の繋がった家族は家族だ。
 関係の修復はしておきたい。

 もちろん”許される事で自分の心が楽になりたい”という気持ちはある。
 だが、それ以上に”仲直りしたい”という気持ちの方が強かった。
 何のわだかまりもない、幸せな家族にはなれないとはわかっている。
 それでも同じ食卓を囲み、会話を交わす事のできるくらいにまでは関係改善をしておきたい。

 そこで問題になるのは会う機会がない事だ。
 ランドルフは自室に引きこもっている。
 アイザックは部屋に入らないように言われているので、顔を会わせることがない。
 強引に部屋に入っても、良い結果になるとは思えなかった。

 そのため、アイザックが選んだ行動は――

「お母様、お父様の様子はどうですか?」

 ――母との対話だった。

 食事はメイドが運んだりするので一緒に食卓を囲む事はないが、さすがにトイレや風呂の時は部屋を出てくる。
 アイザックは風呂の時間を狙い、部屋の前で待っていた。

「まだダメよ。立ち直るのにはまだ時間が掛かりそうだわ」
「そうですか……。お母様とは話す時間はありませんか?」
「あんまり長くあの人の傍を離れるのは、ちょっとね……」

 立ち直るのに時間が掛かるのは”ルシアもだ”と感じていた。
 こうして話しているのにアイザックと目を合わそうとしない。
 いつもこうだった。
 祖父母とは違い、関係改善に時間が掛かりそうだ。
 アイザックは肩を落として立ち去ろうとする。
 だがしかし、今回はルシアがアイザックに声を掛けた。

「待って、アイザック」
「はい?」

 ルシアの方から声をかけて来た。
 アイザックが珍しいなと思いつつ振り返る。

 ……しかし、母はモジモジとするばかりだ。
 何か言いたそうだが、何も言って来ない。
「何かようですか?」と聞きたいところだが、そうすれば「何でもない」と言われるかもしれない。
 決意が固まり、話し出すまでは待っていようとアイザックは思った。
 ルシアが口を開くまでに、一分ほどの時間が必要だった。

「少しお話ししましょうか」
「はい」

 ――母からの歩み寄り。

 アイザックがこの機会を逃すはずがない。
 まったく話さないよりは、話した方が良くも悪くも状況が動く。
 仲直りできるなら良し。
 できなかったとしても”仲直りできない”とわかるから良し。
 無駄に希望を持ち続ける方がずっと辛い。
 結果が出るという事は、それだけでありがたい事だった。

 アイザックはルシアに手を引かれ、ルシアの部屋へ行く。
 こうして母に手を引かれるのは久し振りだ。
 まだメリンダとネイサンを殺してから一週間ほどしか経っていない。
 なのに、まるで一年以上も断絶状態だったように感じてしまう。
 今までかなり自分勝手に生きて来たが、精神的には完全に家族に寄り掛かっていたのだろう。
 距離が離れてから、家族との仲の重要さを思い知らされた。

 アイザックは将来的にとんでもない事をやろうとしている。
 だが、前世の記憶があるといっても、下剋上など経験した事のない未知の領域である。
 まだまだ”家族”という精神安定剤を必要としていた。

 母の部屋に着くと、まずは人払いだ。
 そして、テーブルに向かい合って座る。
 空気が重い。

(ヤバイ、何を話そうとしてたか忘れちまった……)

 話す機会があれば、色々と話したかった。
 なのに、こうして向かい合うと頭の中が真っ白になってしまった。
 とりあえず、最近あった事を話す事にする。

「色々考えた結果。僕は曽爺様のようになる事を目指す事にしました」
「えっ、曽お爺様って、あの……」

 先代当主であるジュードはルシアもよく知る人物だ。
 あのような人間になると言われて絶句する。

「僕は……、普通の人と違います。それを生かして曽爺様のようになろうと思います。そうすれば、もう誰もウェルロッド侯爵家には手出ししてきません。みんな幸せに暮らせます」
「アイザック……」

 アイザックは前世の記憶がある異常な子供という意味で言っている。
 だが、ルシアは違った。
 アイザックの言う「普通の人とは違う」を、ウェルロッド侯爵家の血を引き、ジュードのような才能を引き継いだ事だと受け取った。
 そして、その才能を使って家族を守ろうとしているのだとも。

「お父様とは、いずれゆっくりと話したいと思っています。でも、今はダメそうですね」
「ええ、まだメリンダさんとネイサンの事を引きずっているみたいよ」

 ルシアは悲しそうな顔をする。
 元々、両親は貴族にはめずらしい恋愛結婚だ。
 愛している相手がふさぎ込んでいる姿を見るのは辛いのだろう。
 この事に関しては、アイザックも申し訳ないと思っている。
 考えていたのは後継者争いに勝つ事だけで、家族の反応までは想定していなかった。
 もう少し配慮できていれば、今のような状況にはなっていなかったはずだ。
 ここでアイザックは、母にどうしても聞きたかった事を聞く。

「お母様は……、僕の事を嫌いでしょうか? なんとなく避けられているような気がするのですが……」

 母は今まで父の傍にいた。
 それは夫婦仲が良いという事であり、喜ばしい事だ。
 しかし、それは”アイザックがいなければ”という前提である。
 確かに今はランドルフの方が心配だろう。
 だが、息子をほったらかしにしているのは母親としてどういうことなのか?
 その事がどうしても気になっていた。

「…………」

 ルシアはモジモジとしている。
 何か言おうとしているのだろうが、それを言っていいものかどうか迷っているのだろう。
 なんとなくアイザックはその事を察した。

「いえ、やっぱりいいです。ただ、僕はお母様やお父様を見捨てるような事はしない。その事だけを覚えておいてください」

 ――母の答えを聞くのが怖い。

 答えを聞かなければ”嫌われていない可能性”を心の片隅に持っていられる。
 だがここで「嫌いになった」と言われてしまえば、きっと心が傷付く。
 アイザックは傷付く事を恐れて、部屋を出て行こうとした。
 そこで、立ち上がったルシアによって腕を掴まれる。

「待って、……もうちょっと待ってて」

 ルシアはアイザックを抱き締める。
 胸の谷間に顔を挟まれるが、アイザックはエロイ気分にならなかった。

(懐かしいとか安らぐとか、なんかそんな感じだな)

 抱き締められたことによって、母の体が震えている事に気付く。
 それだけではなく、動悸が激しいのもわかった。
 とりあえず、何か言いだすまでは待とうとアイザックは思った。

 アイザックはしばらく待った。
 しかし、ルシアが落ち着く気配はなかった。
 鼻をすする音などが聞こえて来たので、むしろ悪化していると言える。

「嫌いじゃない」

 ようやく絞り出すようにルシアが話し出した。

「嫌いじゃないわ。でも……、あなたの顔を見ると泣きそうになってしまうの……」
「そうですか……」

(そりゃあ、自分の息子が人殺しとなると……。教育をミスったと泣きたくなるよな)

 悲しい事実だが、自分がやった事なので受け入れざるを得ない。
 だが、ルシアが泣きそうになってしまう理由は、アイザックが考えているような理由ではなかった。

「”よくやってくれた””ありがとう”。あなたを見ると、そんな言葉が口から出て来そうになるのよ。ダメな事だってわかってるのに……」
「へっ?」

 予想外の返答にアイザックは間の抜けた返事をしてしまう。
 まさか感謝されているなんて思いもしなかった。

「メリンダさんやネイサンの事は嫌いじゃなかった。……けれど、居なくなってくれて嬉しかったの」
「えぇ……」

 アイザックは優しいと思っていた母の意外な一面にドン引きしていた。
 確かにメリンダが居なくなって嬉しいだろう。
 もしも自分が母の立場なら、今頃小躍りしていたところだ。
 だが、それはアイザックだから。
 優しくて大人しい印象の強かった母がそんな一面を見せると大きなギャップを感じてしまう。

 ルシアもアイザックの困惑を感じ取ったのだろう。
 説明を始める。

「本当はメリンダさんとも結婚するって聞いて辛かった……。けれど、侯爵家同士の婚姻という事もあって何も言えなかったの。メリンダさんが亡くなって”あぁ、これであの人は私だけの物だ”って、どうしても思ってしまうの……。酷いわよね……」

 ルシアはアイザックをギュッと抱きしめる。
 理由はアイザックにも納得できる内容だった。

”恋愛結婚だったのに、結婚後すぐに別の女を妻に迎え入れた”

 例え婚約がダメになって可哀想だったとはいえ、メリンダを妻として迎え入れるのは優しさの度を越している。
 やはり、その事に不満があったのだろう。
”貴族同士、家同士の繋がりは大切だから”と我慢していたのかもしれない。
 ルシアが侯爵家や伯爵家の娘だったのなら「結婚を認めない」と突っぱねる事もできたはずだ。
 だが、子爵家の娘という事もあって言えなかったのだろう。

 今まで抑え込んでいた不満。
 それが、メリンダとネイサンの死によって喜びへと変わった。
 だが、そんな感情を持ってしまう自分に、ルシアは嫌悪感を抱いてしまっていた。
 だから、自分の本当の気持ちから顔を背けるために、自然とアイザックから離れようとしていたのかもしれない。

「僕は酷いとは思いません」

 アイザックもルシアを抱き締め返した。

「お母様も貴族や侯爵家の跡取り息子の妻という以前に、感情を持つ一人の人間であり一人の女です。ライバルが居なくなってホッとしてもおかしくありません」

 アイザックはフォローする。
”〇〇という以前に××である”というのは便利な詭弁である。
 心のどこかで許しを求めているルシアのような者に対して、特に有効な言葉だ。

「……本当に? 酷い母親だって思ったりしないの?」
「僕は自分の手で兄上達を殺しましたよ。お母様とは比べ物にならないほど酷い息子です」
「フフフ、そうね。本当に酷い子。……ありがとう」

 ルシアはアイザックの頭を撫でる。
 最後にこぼした言葉は非常に小さな言葉だったが、抱き締められているアイザックにはちゃんと聞こえていた。

 この母との会話はアイザックに思うところがあった。

(パメラと結婚して、他にも可愛い女の子を集めてハーレムって考えてたけど……。やっぱりマズイのかな……)

 ――権力者になれば、当然子供を残すために大勢の妻を持ってもいい。

 そう考えていたが、母の姿を見ると少し考えさせられる。

(まぁ、これは大きくなってから考えよう)

 今はまだハーレムがどうこう言える年齢ではない。
 アイザックは問題を先送りにした。

「ねぇ、アイザック。ここで話した事は――」
「もちろん、誰にも言いません」

 ルシアに言われるまでもない。
 このような内容を言い触らす事などできるはずがない。
”常識知らず”という扱いをされているアイザックでもわかる事だ。

「僕は僕でやる事があるので大丈夫です。お母様はお父様との時間をゆっくり過ごしてください」
「ありがとう、アイザック」

 アイザックは額にキスをされた。
”母に嫌われていない”という事もわかったので、純粋に嬉しい。

(それにしても、この家のみんな重いもの背負ってんだなぁ……)

 祖父母もなかなかヘビーな話をしていた。
 父とも何か重い話をしなくてはいけないのではないかと思うと気が重い。
 もしかしたら、呑気に見えた前世の両親にも子供では気付かない何かがあったのだろうかと思い返してしまう。

「これから湯浴みするつもりだったのだけれど、久し振りに一緒に入る?」
「いえ、それはやめておきます」
「一丁前に恥ずかしがっちゃって」

 ルシアが微笑む。
 アイザックだけにでも、心中に秘めた思いを打ち明ける事ができて少し気が楽になったのだろう。

(俺一人で完璧にできる事じゃないけど、今度は家族の笑顔を守れるように気を付けよう)

 新たな決意を胸に秘め、アイザックは再び野望への道を歩み始める。
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