809 三十一歳 子供達のための勉強会
アイザックはティータイムに子供達の勉強会を行う事にした。
「さて、順番に説明してもいいけど、まずは気になったところを一つずつ質問して答える形式にしようか。ではザック。どこが気になった?」
「……やはり最初の怒っていたのに、すぐ謝ったところが気になりました」
「そうか。あれはマカリスター連合がとても無礼な事を言ってきたんだ。だけどマカリスター連合は、アルビオン帝国が降伏した時点で解散していた。だからパパはマカリスター連合の一員だと思いこんで強く責めた事をギリアム陛下に謝ったんだよ」
まだ幼い子供もいるため、アイザックはできるだけわかりやすく説明する事を心がけた。
「間違いを認めたくないという気持ちは誰にでもある。でも間違いを認めずに言い訳し続ける事はやってはいけない。間違ったという事を受け入れ、正しい方向へ修正するのも大切だ。皇帝だからすべてが正しい。間違いを受け入れないという事はやってはいけないんだ。だからパパは、ギリアム陛下を責めるべき相手ではないとわかったら謝ったんだよ」
「偉いから自分の言う事は正しいと思い込んではいけないという事ですね」
「その通りだ。間違いを認めない者がどうなると思う? 誰も間違いを指摘してくれなくなるんだ。それでは間違い続け、いつかジェイソンやアーチボルド・アークのようになってしまう。人は一人では何もできない。みんなも意固地にならず、時には間違いを認める勇気も必要だと覚えておいてほしい」
「はい」
ザックが返事をすると、アイザックは満足そうにうなずく。
「ではクリス。何かあるかな?」
「アルビオン帝国が降伏して、エンフィールド帝国のものになったというのはわかりました。アルビオン帝国に奪われた領土を取り戻したいというマカリスター連合の気持ちもわかります。なぜそこまで厳しく怒るのでしょうか?」
「それはそうだな――」
アイザックは、クリスが自分の取り皿に取り分けたお菓子に目をつける。
そこから一つフィナンシェを奪い取って食べた。
「あっ……。父上、なぜそのような行儀の悪い真似を……」
クリスは悲しんだ。
自分が取ったお菓子を取られたからではない。
まだテーブル上には様々なお菓子があるというのに、他人の皿から奪い取るような真似をアイザックがした事に悲しんだのだ。
だが、このような行動を取ったのには理由があった。
「ああ、これはクリスのものだったか。知らなかったから許してくれ」
「わからないはずがないでしょう。それに――そういう事ですか……」
しらばっくれるアイザックに怒りを覚えたクリスは、それで気付いたようだった。
「答えを思いついたのなら言ってごらん。間違っていたら訂正してあげるから」
「アルビオン帝国はエンフィールド帝国のものになった。その事を知ったというのに彼らは謝りもせず、知らずにやった事だから領土を渡せと言ってきた。とても無礼な行為です。だから許せなかったのですね?」
「その通りだ。ギリアム陛下は間違いを認め、兵を退くと約束した。他のマカリスター連合加盟国とは対応が違うからバークレイ王国を許す事にしたんだ」
「ギリアム陛下にも間違いを認めて、決断をする勇気があったという事ですね」
「そうだ」
ザックの質問の答えが、クリスの質問にも関わってきていた。
子供達は、一連の流れに意味があるのだと思い始める。
「ではレオン。聞きたい事はあるかな?」
「僕は……、なぜ会談前と態度が急に変わったのかが気になります。もちろん、怒っていたからというのはわかりますが、あまりにも変わり過ぎていたので。少しくらい領土を取られたからといっても、もっと話し合いをして解決する事もできたんじゃないですか?」
「ああ、あれか。あれは公私混同を避けるというやつだ」
「ギリアム陛下とは初めて会う。だからマカリスター連合の返答を聞いて腹を立てていたけど、最初は友好的に接していた。それはなぜかというと、最初から喧嘩腰だともう仲良くなれないと思われてしまうからだ。でも会談前まで、パパはギリアム陛下と仲良くしようとしていただろう? あれは仲良くできるという道を閉ざさないためだったんだ。だからギリアム陛下も『降伏した場合、どうなりますか?』って聞いてこれたんだ。最初からずっと嫌いだって態度だったら、諦めて他のマカリスター連合の国と一緒に戦おうとしていたかもしれないね」
レオンの質問も地味に大切な事なので、アイザックはしっかりと考えながら答える。
「それと状況によって態度を変えるのは大切な事だ。例えばギリアム陛下と友達になったから、ちょっと優しくしてあげようと思うのは人として悪くない。でも政治家としては失格だ。世の中、誠意が通じる者ばかりじゃない。マカリスター連合に奪われた領土は、エンフィールド帝国にとってほんの少しでしかない。でも少しだからと譲ってあげるのはよろしくない」
アイザックは、またしてもクリスのお菓子を取り上げる。
今度はお皿ごとだった。
「なぜならマカリスター連合は他人の物を奪い取っても反省しない連中だからだ。パパはさっきクリスのお菓子を一つ取った。クリスがさっき一つくらいならあげるよと言っていたら、今度はこうやってお皿ごと奪われる事になる。国が違えばほんのちょっとでも譲れない事もある。だから強気に『返せ』と言う必要があったんだ。レオンだってマルスやアルバインと『おもちゃを返して』って喧嘩していただろう? それと同じで意思表示するのは大事な事なんだ」
「それは小さい頃の事です」
「パパから見れば、まだまだ小さいよ」
アイザックは笑顔を見せながらクリスの皿を返す。
その時、さっき食べたフィナンシェと同じものを皿に置く。
こうやって、ちゃんと補償する必要性を見せるためだ。
「じゃあ次はマルスいってみようか」
「えっと、それでは……。なんで同盟を結ばなかったんですか? エリザベスと婚約する相手がいる国なら同盟を結んであげてもよかったと思います」
マルスの「エリザベスと婚約する相手」という何気ない言葉がアイザックの心を傷つける。
だが、今は子供達に教育を施す時間だ。
傷ついている暇はない。
「それはみんな――マルス達が大きくなった時のためだよ」
アイザックは「みんな」という言葉を言い直した。
すべて子供達のためであって、その他大勢は含まれないからだ。
「同盟国とはいえ、他国は他国。エンフィールド帝国とは関係のない王がいる国があれば、いつか敵に回るかもしれない。平和な時代でも戦争というのは王の考え一つで起こるものだ。例えばジェイソンのようにね。だからマルス達が大人になった時、戦争をせずに暮らせるように敵を潰しておこうと考えている。だからバークレイ王国も同盟ではなく、エンフィールド帝国の貴族になるのなら受け入れると言ったんだ。国境は少ないほうがいいからね」
「僕達のためですか?」
「そうだよ。パパの代で敵になりそうな相手を倒しておいてあげるつもりだ。子供が安全に暮らせる社会を作るのは大人の役目だからね」
アイザックは優しく微笑む。
ギリアムによって出鼻をくじかれはしたが、子供達のために頑張っていると伝えられた事はよかった。
最大限の収穫は得られなかったが、最低限の収穫は確保できた。
彼はひとまず満足する事にした。
「ではアルバイン。なにか質問はあるかな?」
「マルスの話の続きなんですが、僕達の暮らしを良いものにしようと頑張ってくださっているのはわかります。ではマカリスター連合の人達の暮らしはどうなるのでしょうか? みんながみんな悪い人ばかりではないと思います」
アルバインの質問は、アイザックも答えにくいものだった。
しかし、まだ子供だと思っていたのに、相手の側になって考えられるほど成長している事自体は喜ばしい事だった。
「それはその通りだ。だけどさっきも言ったように、悪い王様がいると多くの人が不幸になってしまうんだ。ジェイソンは悪い王様になろうとしていた。もし放っておいたら数えきれない人が不幸になっただろう。ロレッタも処刑されていただろうし、レオンも生まれてこなかった。悪い王様を倒す時に被害が出るのは仕方ない。それをどれだけ少なくできるのかを考えないといけない」
「……僕達もそうならないように気をつけないといけないという事ですね」
「その通り。強い権力を持つという事は、重い責任を持つという事でもある。どうしても責任を背負いきれないというのであれば、皇族や貴族である事を捨てて平民になるしかない。こうして美味しいお菓子を食べられるのも、いつか背負う責任の先払いに過ぎない。どうしても責任を背負う事ができないと思ったのなら正直に言ってほしい。趣味に興じながらゆっくり過ごせるような、田舎の領主の地位を用意してあげるからね」
「……責任から逃げなくて済むように頑張ります!」
「ああ、期待しているよ」
アイザックは涙が流れそうになった。
いつの間にか子供達が立派になっている。
自分が子供達の年の頃は「どうやって国家転覆してやろうか」という事しか考えていなかっただけに、子供達が真っ直ぐに育っている事が嬉しかった。
あとで妻達にこの話をしてやろうと思いつつ、次へと進む。
「ではバリー。質問したい事はあるかな?」
「ええっと……」
バリーは困った。
聞きたい事は、だいたい兄達が先に質問していたからだ。
だが、一つ思い浮かんだ。
「あっ! 内戦が終わった時に占領している地域で国境を決める。最初は怒っていたのに、なんでそんな事を言ったんですか?」
「それはいい質問だね」
頑張って質問したバリーの事を褒める。
そして、それは重要な質問でもあった。
「ではまずバリーはどう思った?」
「……言っている事が反対だなと思いました」
「他のみんなは?」
「同じ事を思いました」
ザック達もバリーと同じように不思議に思っていたようだ。
ならば、答えを教えてやるしかない。
そのほうが「パパ、カッコイイ」と思ってくれそうだったからだ。
「あれは最後のチャンスをマカリスター連合に用意してあげたんだよ。他人のものを奪っておいて、ごめんなさいもできない相手を許す事はできない。でも一応相手は知らなかったらしいから、一度はチャンスをあげようと思ったんだ。さてここで一つ問題だ。なぜ最初に使者を送って、撤退の意思を確認するのか? マカリスター連合はエンフィールド帝国に侵略してきた国であり、期限は内戦が終わる時までだ。気づいた事を一つずつでいい」
だがアイザックは直接答えを教えなかった。
子供達の手で導き出せるようにヒントを与える。
ハイ、最初に手があがったのはマルスだった。
「内戦を終わらせなければ、いつまでも国境を決める事はありません」
「攻めてきたっていう事は、こっちもやり返していいんですよね? だったら取られたところを取り返します」
「それなら取り返すだけじゃなくて、国を攻め落としてもいいんじゃないかな?」
クリス、レオンと続けて考えを言葉にしていく。
「じゃあ相手の国を攻め落としてから内戦を終わらせれば、マカリスター連合の土地はエンフィールド帝国のものって事?」
ザックが答えを導き出す。
アイザックはニヤリと笑った。
「その通りだ。エンフィールド帝国に攻め込んだ以上、両国の関係は戦争中だ。その事を忘れて自分の意見しか言わないような相手を隣国とするつもりはない。これはさっきも言った未来の敵を取り除くためだね。好き放題土地を奪ってもいいんだなんて考えをする王様とは仲良くできない。反乱軍と戦わせて反乱軍を消耗させる事もできるし、そのあとで仲良くできない国を滅ぼすのもやりやすくなる。ちゃんと土地を返してごめんなさいしてきたら、その国は許してあげてもいいかもね」
「おぉー」
子供達がアイザックの深謀遠慮に感心する。
「契約書を書く時と同じ。そこに書かれている金額にばかり注目するんじゃなく、他の条件もよく見てサインしないといけない。悪賢い人間に騙されないように気を付けるのも大切なんだよ」
アイザックは子供達の尊敬を集めて気分良くなった。
「ではドウェイン。聞きたい事はあるかな?」
「ありますけど……。兄上達とは違うんですけどいいですか?」
「もちろんだとも。なんでも聞くといい」
「それでは……」
聞いてもいいと言われても、ドウェインはおずおずとしていた。
(そんなに質問しにくい内容があったかな?)
アイザックは不思議に思いながら、息子が口を開くのを待った。
「お父様はギリアム陛下から渡された書類を見て笑っておられましたよね? あれは困ったから笑って時間を稼いだのですか?」
――ドウェインの質問は、アイザックの図星を差すものだった。
「……なんでそう思ったんだい?」
「お母様達に『子供達に早く婚約者を決めてあげてよ』とか責められている時とかに、とりあえず笑って誤魔化して答えを考えているのと同じみたいだったから」
「ドウェイン、そういう事は言わないであげなよ」
「……よく見ているね」
本当に子供達は親の姿をよく見ていた。
レオンがドウェインに「空気を読め」とたしなめるくらい、よく知られていたようだった。
これはこれでアイザックは辛い。
しかし、答えると言った以上、子供達には誠実に答えてやりたいという気持ちもあったので正直に答える事にする。
「それは、そうだ。人によってはアゴをさすったり、頭を掻いて考えたりする人もいる。パパの場合は笑う事が多いのかもしれないね」
「ではなんで困ったんですか?」
「ギリアム陛下が追及をかわす答えを用意しているとは思っていなかったからだよ。あれはギリアム陛下が見事だったね」
「そうだったんですね」
仕方なく答えたものの、アイザックは子供達に「笑って誤魔化す人」という認識を持たれた事でショックを受けた。
これは由々しき事態である。
(パメラ達に子供達の見ている前で厳しく追及するような事はしないでくれと伝えておかないと)
そもそも、叱られるような事をするなという話ではあるのだが、アイザックはそうは思わなかった。
今回は子供達に多くのものを教える事ができたが、教わる側だけではなく、教える側も学ぶところがある勉強会となったようだ。






