807 三十一歳 急転直下
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!
ギリアムが持ったアイザックへの第一印象は「物腰柔らかな男」だった。
「お呼び立てして申し訳ありませんでした。国が大きくなると、周囲に『自分から出向くなどとんでもない』と止められてしまうのです。アーク王国あたりでお会いできればよかったのですけども。大きな権力を持って不自由になるというのも不思議なものですね」
宮殿の入り口まで直々に出迎えにきたアイザックが、そう言って困ったように笑う。
アイザックにはヴィンセントのような権力に比例した傲慢さがない。
むしろ簡単に踏み潰せる小国の王相手でも、年長者として敬う態度を見せるなど、好感の持てる姿にギリアムは好印象を抱いた。
「エンフィールド帝国から見れば、バークレイ王国は地方領主程度の規模しかありません。家臣が止めるのも仕方がない事だとわかっております」
「そう言っていただけると助かります」
そう答えながら見せるアイザックの笑顔は、ギリアムに安心感を持たせた。
二人は会議室に向かう途中、雑談を続ける。
「子供達に見学させる件を了承いただき感謝しています。妻達に『そろそろ子供達にも政治を教えてやってくれ』と強くせがまれましてね」
「奥方に?」
「ええ、他国の王と交渉する貴重な機会を無駄にするなと言われまして。これまでは私から出向く事が多かったので、この機会を逃したくないようです。結婚前は、こんな事を頼んでくるタイプではなかったのですけどね」
「子供が生まれると、女は母親に変わって強くなります。我が子のために必死なのでしょう」
この会話で、ギリアムは「アイザックも妻の尻に敷かれる事もある普通の人間だ」と思った。
ヴィンセントに勝った男という事で警戒していたが、こうして実際に話してみると噂とは違った印象を受ける。
(噂では、敵には容赦せず手段を選ばない凶悪な君主というイメージだったが……。こうして会ってみると印象は大違いだ。きっと身近に知恵者がいて、本人は周囲の意見を取捨選択するのが上手なタイプなのだろう。誰の意見を聞き入れるのかはバランス感覚が重要になってくる。その感覚が優れているのなら、話を聞いてもらえる可能性もあるか)
ギリアムはこれからの展開に希望を持った。
アイザックが優れた為政者であればあるほど、無駄な戦端を開く事などないはずだからだ。
戦争を仕掛けるより、降伏交渉で済ませたほうが双方にとって利益があるのは自明の理。
アイザックならば賢明な判断をしてくれそうだった。
しかし、無条件で信じるのもよろしくないとわかってもいる。
(いや。サンダース子爵夫妻も噂とは違って、落ち着きのあるたたずまいをしていた。見た目に騙されてはいかん! ……だがそれでも、話の通じる相手かもしれないと願う事は悪い事だろうか)
アイザックを悪鬼羅刹の如く嫌う者もいた。
だが、それは元ファラガット共和国系の商人達からの情報なので、逆恨みも入っているだろう。
逆にカイ達からはエルフやドワーフに関する事柄以外でも、アイザックが仁義と慈愛に満ちた人物であるかのようなエピソードを聞く事ができた。
しかし、そちらは身内贔屓が含まれているはずだ。
――どちらを信じればいいのか。
――どちらを疑えばいいのか。
ギリアムは大いに悩まされた。
信じたいものを信じようともするし、それではいけないとも思う。
だが、ここに来るまで見てきたものは、アイザックが賢君として統治している事を証明しているものばかりだった。
そのため、彼はアイザックを信じたいという方向に気持ちが傾いていた。
とはいえ油断はしない。
ここから自国だけでも助かる道筋を見出さねばならないからだ。
「そういえば多くの贈り物をありがとうございました。妻達も喜んでいましたよ」
「それはよかった。真珠は飾りだけではなく、健康にもいいと言われておりますので、薬として服用するなど幅広い利用価値がございます。サンダース子爵夫妻にも長寿を願って贈らせていただいております」
(『陛下とリサ妃との思い出の品を送ってくるとは嫌味か?』と咎められるような事にならずに済んだか)
ギリアムは普通の宝石も贈っていたが、エンフィールド帝国ならいくらでも手に入るようなものだから効果は薄かっただろう。
海沿いの国という立地を活かした特産物を持ってきてよかったと安心する。
「その事も伺っています。二人の年齢的にも健康が気になる頃なのでありがたいと感謝していたところです」
妻達はギリアムが心配したように「リサの思い出の品じゃないか」と嫉妬したりもせず、真珠を素直に喜んで受け取っていた。
ただパメラだけは「真珠の粉って、ただのカルシウムじゃない。潰すなんてもったいない」と他の妻達とは少し違う事を言っていたが、真珠自体には喜んでいた。
「私はファラガット地方に行った事があるので、新鮮な海の魚をまた食べたいですね。川魚も悪くはないのですが、やはり時々泥臭さを覚える時があるので」
「新鮮な海魚を食べられるのは海沿いの国の利点ですね」
「昆布やワカメなどの海草も美味しかったですし、貝なども醤油を垂らして食べるととても美味しかったので、家族を連れて海へ行ってみたいと思っているんですよ」
「ならばアルビオン帝国の内戦が落ち着いたらお越しください。カニやエビといった魚以外の海産物もごちそういたしましょう」
「それは楽しみですね」
雑談をしながら会議室に着くと、子供達が待っていた。
彼らはアイザック達の到着を知らされており、みんなで出迎える。
「こちらがバークレイ国王のギリアム陛下だ。ギリアム陛下、こちらがザック、クリス、レオン――」
(思っていたよりも数が多いな……)
見学に出席するのは、十歳式を迎えていないバリーやドウェインといった子供も含めて七名の皇子だった。
せいぜい二、三名だと思っていたのでギリアムは面食らった。
だが表情には出さず、笑顔だけを見せる。
「みんな利発な顔立ちをされておられますな」
「中でもザックには会わせたかったんです。ギリアム陛下は同母妹が嫁ぐかもしれない相手の祖父ですから。今回の会談を通じて人となりを知ってもらえればと思い、同席の許可を求めたのです」
「そういう事ならば大歓迎です。エリザベス皇女にはまだ幼いためお会いできないでしょう? ザック殿下と面識を持っておいて損はないですから」
そういって、ギリアムはザックに微笑みかける。
「本日は見学を許可してくださりありがとうございます! 勉強をさせていただきます! よろしくお願いいたします!」
緊張したザックは、大きな声で返事をする。
声が大きくなってしまった事で赤面し、一礼すると自分の席まで戻っていった。
さすがに弟達は、公の場で兄をからかったりはしない。
彼らも今は緊張していたからだ。
ただアイザックだけは微笑ましい姿に頬を緩ませていた。
「では始めましょうか」
アイザックがそういうと、お互いにテーブルに向かい合って座る。
「まず、そちらから送られてきた主張についてですね」
マカリスター連合からの主張は、事前にエンフィールド帝国側に渡されている。
アイザックにすぐ会えなかったのは、それを大臣達と精査する時間も必要だったからだ。
もっとも、その時間自体は短いものではあった。
アイザックの考えは、マカリスター連合の主張がどうであれ、すでに決まっていたからである。
彼はカニンガム伯爵から書類を受け取ると、それを叩きつけるようにギリアムの前に放り投げた。
「論外だ。こんなものを持参して、よくおめおめと顔を出せたものだな。盗人猛々しいとはこの事だ」
――急転直下の状況。
驚いたギリアムがアイザックを見る。
先ほどまでの友好的な表情は消え、真顔になったアイザックがいた。
(公私をここまで簡単に切り替えられるものか!?)
ついさっきまでのアイザックなら「この条件を受け入れられません」と言ってきそうなものだった。
そこからエンフィールド帝国側の要求を伝えてきそうなものである。
だが今は違う。
アイザックに交渉の意思は見えない。
――まるでマカリスター連合との戦争を望んでいるかのように。
今度はザック達を見る。
彼らも急展開についていけていないようで戸惑っている様子だった。
こうなるという話を聞いていなかったらしい。
(もしや『戦争を仕掛ける時は、こうやって吹っ掛けるんだぞ』という教材にするつもりなのではないだろうな!)
――子供達の教育の場にする。
その言葉は嘘ではないのだろう。
ギリアムは腰を据えた交渉を予想していたが、アイザックは戦争を仕掛けるつもりらしい。
彼はカニンガム伯爵に「なぜ教えてくれなかったのか」という不満を籠めた視線を投げかける。
視線を向けられたカニンガム伯爵は、視線を受け止めながら肩をすくめて見せるだけだった。
「口を開く時はよく考えてから開く事だ。次の言葉次第で会談は終わりとする。遠路はるばる呼び出しておいて申し訳ないとは思うが、死刑執行書にサインして自ら提出したのはそちら側だ。それ相応の覚悟があってやってきたのだろう? よもやこんな主張を受け入れられると本気で思っていなかっただろうな?」
――子供達にとって、初めて見る父の冷徹な姿。
まだ幼いバリー達は怯えていたが、年長のザック達は「必要に応じて、こういう態度を取る事もある」と覚悟しており、驚きはしていたが普段は見せない皇帝としての父の姿を受け止めていた。
そしてアイザックは「パパは他国の王にも厳しく接する事ができるんだよ。カッコイイだろ?」と子供達に今の姿を見せられた事に満足していた。
バークレイ王国側にも動揺は広がる。
だが、ギリアムは事前に準備していたものが役に立つ時がきたと少し余裕があった。
(この状況をひっくり返す切り札は――これだ!)
彼は秘書官に一枚の紙切れをエンフィールド帝国側に提出させる。
それはこの状況をひっくり返し、バークレイ王国を救う事ができるであろう唯一の切り札だった。






