806 三十歳 確信
ギリアムは帝都に向かう間、カイからアイザックの事を聞く事ができた。
(子供の頃は敵対していたどころか、陛下の事をバカにしていたというのに今では俺、お前で呼ぶ仲か。結果を残せば敵対していた者でも受け入れる度量がある。従う姿を見せればそう悪い事にはならんだろう)
そのおかげで希望を持つ事ができて、道中は落ち着いていられた。
だが落ち着けば落ち着いたで、周囲がよく見えてしまう。
「すれ違う馬車が多いと思わないか?」
彼は同行しているメイネル外務大臣に話しかける。
「軍民問わず非常に多いと思います。戦場へ物資を送るだけではなく、戦争中であっても経済活動がかなり活発なのでしょう」
「これが大国の底力か……。私はエンフィールド帝国との戦争を避けるべきだと考えている。三年以上戦争を続けていても、これだけの余裕がある国だ。マカリスター連合では歯が立たないだろう。我々が生き残るためにも、独自路線を進むべきだ。そう確信した」
「以前に伺った陛下のお考え。私も賛成いたします。アルビオン帝国が弱体化したからと気の抜けている者達と共倒れになる必要はありません」
「そう言ってくれると心強いな。アイザック陛下の話を聞く限りでは、きっと耳を傾けてくださるだろう」
その後、ギリアム一行は十二月に入った頃に帝都グレーターウィルに到着した。
まず迎賓館に案内され、旅の疲れを癒してからアイザックと面会する事となる。
「皇子達も同席させたい?」
そこでカニンガム伯爵から変わった提案を受けた。
「交渉には直接参加しません。ただ他国の王との会談を見せて学ばせたいとアイザック陛下はお考えです」
「ふむ……」
ギリアムは悩んだ。
彼にしてみれば、国の命運を左右する大事な交渉だ。
子供の教育の場に利用されるのは正直なところ不愉快である。
だが断ってアイザックの機嫌を損ねるような事はしたくない。
彼にとって難しい選択だった。
それがわかっているので、カニンガム伯爵は背中を押す一言を放つ。
「もちろん、ザック殿下も出席なされます。エリザベス殿下の兄として、ギリアム陛下の事を気にされておられましたよ」
「ザック殿下もか……」
「他の皇子殿下も出席されますが、全員壁際で座って見守るだけです。会談の進み方次第では、ザック殿下の関心を得られるでしょう。上手くいけば、ザック殿下経由でパメラ陛下の後援も得られるでしょう。もし見世物にされて不愉快だと思われておられるのなら、自分をアピールする場だと思っていただきたい」
「オルデンとエリザベス殿下の婚約が進めば、他の皇子との関係も重要になってくるだろう。面識を持っておくのも悪くはないか」
カニンガム伯爵の説得により、ギリアムも前向きに考えるようになった。
「その通りでございます。ギリアム陛下の印象が良ければ、他の殿下とオルデン殿下の関係も良好なものとなるかもしれません。それはバークレイ王国の未来にとってもいいものとなると思います」
「その通りだ。すでにアイザック陛下の呼び出しにも応じている。ならば、こちらはただ前へ突き進むのみ。この話、お受けしよう」
「ありがとうございます。アイザック陛下もお喜びになられるでしょう。では手筈を整えておきます」
「アイザック陛下にもよしなに」
「かしこまりました。それでは観光ができるように手配しておきますので、日程が確定するまで今しばらくお待ちください」
ギリアムの同意により、子供達の同席は認められた。
この時のカニンガム伯爵は自分の言葉を信じていなかった。
(陛下は子供を大事にしておられる。ただの教材にされるんだろうな。可哀想に)
アイザックの命令で説得にきたものの、それだけである。
本当に子供達がバークレイ王国に好意的になるかはさっぱりわからない。
とりあえず、自分の仕事をこなしただけで満足して帰る事にした。
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もちろんギリアムも、観光をしているわけにはいかなかった。
彼なりに必要な行動を取っていた。
その一つが、ウェルロッド公爵家を訪ねる事である。
当主代理のランドルフと、その妻のルシアが応対する。
「ウィンザー公は慣れぬ船旅で少し体調が優れなかったようですが、ウェルロッド公は元気にしておられます。新鮮な魚や貝などに舌鼓を打っておられましたよ」
家格でいえばバークレイ王家のほうが上。
しかし、家としての力はウェルロッド公爵家のほうが圧倒的に上だった。
そのためギリアムは下手に出る事にした。
(ウィンザー公が話していたというサンダース子爵夫人に関する噂をカニンガム伯に確認したが、彼は否定しなかった。それどころか遠回しに『彼女を敵に回すべきではない』という態度を見せていた。という事は、あの噂は事実なのだろう。ならば今でもアイザック陛下に影響を与える存在のはず。機嫌を取っておいて損はないはずだ)
その判断は、カニンガム伯爵の言動に影響を受けていた。
なにしろ彼は「ルシア黒幕説」の噂を流した主犯格の一人である。
「彼女は普通の人ですよ」と答える事を渋ってしまった。
そのせいで、ギリアムは「ルシアはエンフィールド帝国の女性の中で一番ヤバイ奴だ」と思いこんでしまっていた。
「ウェルロッド公も年齢的に、そろそろ遠出は厳しいはず。元気にしていると伺えて安心できました」
ギリアムにはランドルフが応対する。
二十年前ならば、当主の妻としてマーガレットが応対していたかもしれない。
だがモーガンが半分隠居したような状態になっていたため、彼が応対するようになっている。
マーガレットも息子の成長を喜び、今では完全に任せていた。
「バークレイ王国は奪われた土地を取り戻すためにアルビオン帝国に攻め込んだだけ、という事情は伺っております。ギリアム陛下を直接呼び出すような事まではしなくてもとは思いましたが、アイザック陛下にもお考えがあるのでしょう。遠路はるばるお越しくださりありがとうございます」
ランドルフは、ギリアムの労をねぎらった。
その姿にギリアムは好感を持った。
「私が小国の王という立場だというのもありますが、エンフィールド帝国に降伏して、傘下になったアルビオン帝国に攻め込んだ理由を説明しろ、と呼び出されたという事情があります。それにウェルロッド公とウィンザー公という大物二人を実質的な人質として差し出されたのです。そこまで丁重な扱いをされたのであれば、一方的に呼び出されたと思う事はありません。皇帝の面子で呼び出さざるを得なかったのだと理解しているつもりです」
(サンダース子爵は噂通り、礼儀を重んじる武人タイプか。妻が策略家なのでバランスが取れているのかもしれんな)
ランドルフに関し、道中でカニンガム伯爵やカイから話を聞いていた。
当時も侯爵家後継者だというのに、武芸に関しては超一流の騎士を一突きで打ち取る豪の者らしい。
彼の二つ名も「剛勇無双」「豪槍」「天下無双」「猪突猛進」「勇将」など勇ましいものばかりである。
温和で落ち着きのある雰囲気を纏っているが、それも強者の余裕からだろう。
そしてギリアムが好感を持ちやすくなっているのは、ランドルフに関する噂をカイから聞いていたからだった。
『サンダース子爵が戦場に出なくなったのは内戦が終わってからです。エリアス陛下を救えなかった事を悔いて剣を折ったからだ、と噂されています』
王が崩御した時、忠臣が後を追って殉死するというケースもある。
国難の時だったので、ランドルフは剣を折るだけで殉死まではしなかったのだろう。
だが彼ほどの勇士が武人の命である剣を捨てたのだ。
それはほぼ命を捨てたのと同意義である。
エリアスに殉じたと言えるだろう。
彼のような家臣を持ちたいものだと、ギリアムが好意的に見るのも当然の事だった。
「名目こそ糾弾のためではありますが、エリザベス殿下との婚約の可能性もあると伺っています。お近づきの印にささやかな贈り物をご用意しました」
ギリアムが合図すると、一抱えするほどの大きさの箱を従者が差し出した。
ウェルロッド公爵家の使用人が箱を受け取り、ランドルフの前に置く。
「我が国で取れた真珠です。ご笑納ください」
「真珠ですか。海の貝から取れると聞きますが……。ほう」
「まぁ、素敵」
箱を開くと、ランドルフとルシアが感嘆の声を漏らす。
「白や黒の真珠は存じておりますが、ピンクやグリーン、金色のものまであるなんて」
(よし、やはり女性には宝石の贈り物が有効だったようだな!)
真珠には主にルシアが反応した。
彼女の反応を見て、取り入る事に成功したとギリアムは心の中でガッツポーズを決める。
「こちらはすべてラウンドと呼ばれる球形に近い最上級のものをご用意いたしました。真珠はバークレイ王国の特産物の一つであり、我が国を知っていただくきっかけになれば幸いです」
「このような素晴らしいものをいただけるとは。ギリアム陛下のお心遣い痛み入ります」
ランドルフも喜んでいた。
昔ならば「このようなものいただけません」と答えていただろうが、彼も息子が王になって十年は経っている。
お近づきになりたい者からの贈り物には慣れていたので、素直に受け取る。
「奥方様もお気に召してくださりましたでしょうか?」
念のため、ギリアムはルシアにも確認する。
すると、彼女は困った表情を見せた。
「ええ、とても素晴らしいものだと思います。ですが私に似合うかどうか……」
ルシアは「もういい年だし、宝石で派手に飾り立てるのも……」という意味で言った。
だが、ギリアムには違うように聞こえていた。
(サンダース子爵夫人はあまり飾り気がない。大きな宝石をいくつか付けているだけだ。……真珠では物足りないという事か! もしや、国を差し出せという意味だったりするのだろうか?)
彼は肝を冷やした。
ルシアの答えが「これっぽっちの真珠よりも国ごとよこせ」と言っているように聞こえたからだ。
「でもリサ妃殿下は喜ばれるかもしれません」
「リサ妃殿下に?」
思わぬ人物の名前が出たので、ギリアムは聞き返した。
「ええ、実は昔陛下が――」
ルシアは、アイザックがリサに真珠のイヤリングをプレゼントした時の事を話した。
真珠はリサにとって、アイザックとの思い出の品。
だから彼女への贈り物として喜ばれるだろうと説明する。
(なるほど。贈り物として気に入りはしなかったが、その礼として情報は渡すという事か。意外とフェアな人物なのかもしれないな。……いや、違う! 本当にフェアな人物であれば、カニンガム伯も恐れはしない。この言葉にはもっと裏があるはずだ!)
ギリアムは必死に考える。
ランドルフは直接的な物言いをするが、ルシアは婉曲的な表現をする。
彼女の言葉の意味を考えるべき時だった。
(そうか、そうだったのか! リサ妃には喜ばれるが、他の妻達には喜ばれないという意味だ! リサ妃との思い出の品であれば、真珠を見るたびに二人の親密な関係を見せつけられるような気分になるかもしれない。その事を教えてくれているのだ! やはり彼女は従う者には寛大な態度を見せる程度にはフェアな精神を持っているのかもしれんな)
――ルシアからの忠告。
それはギリアムにとって、ありがたいものだった。
献上品は真珠だけではないとはいえ、それでもメインは真珠である。
だが贈り物としての名目を変えれば、他の妻達にも十分贈り物として通用するはずだ。
「実は、真珠は装飾品として使うだけがすべてではありません。粉末にして少量食べれば解熱薬にもなるだけではなく、美容にも有効なのです。飾りに使う以外にもご婦人方に喜ばれる物だと自信を持っております」
「あら、そうなのですか。でもせっかく美しい真珠なのに粉にするのは惜しい気がしますね」
「その場合は、また新しいものをご用意させていただきますとも」
美容にも効くと聞いて、ルシアは真珠に興味を持ってくれたようだ。
彼女の反応が、リサ以外の皇妃達にも有効だと証明してくれているように思えた。
(この売り文句であれば受け入れられるという事か。先に会っておいてよかった。この様子なら、アイザック陛下にも上手くとりなしてくれるだろう。根回しは重要だ。次はウィンザー公爵家に向かうとしよう)
「孫の婚約を考えるだけでも心が弾みます。お二方はいかがでしょうか?」
「ザック殿下達がすでに婚約しているので、エリザベス殿下の婚約は喜びよりも安心という気持ちが強いですね。陛下は子供の数が多いので、ふさわしい嫁ぎ先が見つかったのならそれに越した事はありません」
「私も同感です。ただ少し遠い国へ嫁ぐのが寂しいと思うくらいでしょうか」
「孫君が多いと、そういう心配もあるのですね」
二人の答えを聞いて、ギリアムは安心した。
二人とも結婚に反対はしていない。
むしろ子供が多すぎて、ふさわしい嫁ぎ先があるのかを心配している。
それならば、バークレイ王国は数多い子供の一人を嫁がせる先として、選択の一つに入ってくる。
モーガン達を人質に送る口実ではなく、本当にオルデンとエリザベスの婚約が成立する可能性もあった。
特にルシアが反対していないのが、彼にアイザックとの会談が成功するという確信を与えていた。
今年も残りわずかとなりました。
今年はコミカライズの新シリーズ連載開始など、色々とあった一年でした。
来年もいいご身分だな、俺にくれよシリーズをよろしくお願いいたします。
おそらく次回は5日か9日に投稿いたします。
皆様も良いお年をお迎えください。






