805 三十歳 心の浮き沈み
色々と話し合った結果、無条件でエンフィールド帝国の要求を受け入れるとはならなかった。
アルビオン帝国が降伏した事など、マカリスター連合が知る由もない。
それが事実であったのなら、エンフィールド帝国側も早く情報を伝えるべきだった。
落ち度はエンフィールド帝国側にもあった。
そうした主張を中心に、旧領を取り戻す交渉を行おうとしていた。
マカリスター連合加盟国が一致団結すれば、アルビオン帝国の侵攻を防げるだけの力は確かにあった。
だが、しょせんは中小国の集合体に過ぎない。
どこか一か国でも切り崩されれば、立て続けに離脱する国が出てくるだろう。
そうなるとエンフィールド帝国の攻撃を防ぐ事などできなくなる。
(その最初の一か国目がバークレイ王国というわけか)
今ならわかる。
――バークレイ王国を寝返らせるために、エリザベスを賭ける価値があったのだと。
エンフィールド帝国に呼び出されるのも、周囲に気付かれぬよう直接交渉するためだろう。
――詰問するために他国の王を呼び出す。
この傲慢極まりない行為の裏で、寝返り工作をしているとは誰も思わないはずだ。
(アゴで使うかのように呼び出されるのは不愉快だが、それだけ重要視されているのなら本当にエリザベス皇女との婚約は結べるだろう。そうなればエンフィールド帝国内で見下される事もないか)
ギリアムがそう考えていられるのは、やはりモーガン達の存在によるものだった。
4Wを二人も送り込んでくるほど、バークレイ王国の事を重要視しているという事でもある。
大人しく従うのなら悪いようにはしないと、アイザックが言外に含めているようにしか思えない。
バークレイ王国はエンフィールド帝国の属国になるしかないだろうが、ただ滅びるよりはずっといい。
(このチャンス、無駄にはできんぞ)
小国には小国の生き残り方がある。
千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
ギリアムは、マカリスター連合から離脱しようと心を決めた。
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九月末。
ギリアムはカニンガム伯爵と共にエンフィールド帝国へ向かう事にした。
留守中は帰国した王太子エリオットに任せる。
「いいか、ウェルロッド公達には媚びておけ。その上で媚び過ぎず、男気にあふれる頼りがいのある相手だと思わせるんだ。もちろん、知的で審美眼にも優れているところをアピールするんだぞ」
「そんな無茶な……」
「いいからやれ。媚びすぎても見下されるからほどほどにな」
エリオットは「モーガン達に媚びを売りながら、媚びへつらう事のない頼もしい男を演じろ」という無茶振りをされて困る事となった。
彼らが好むタイプがわからないので、媚びるだけでも難しいというのにどうしろというのか。
しかし、エリザベスを迎え入れる事ができるチャンスである。
やれる事はやるしかない。
だが結果的に、そのような心配をする必要はなかった。
「普通だな」
「平凡だ。だからいい」
エリオットは年の近いアイザックと比べられ「そこそこ優秀そうな普通の王子」というだけで高評価を得る事ができたからだ。
もし彼がアイザックのような人間であれば「こんな奴がいるところにエリザベスを嫁入りさせる事はできない」と思われていただろう。
時には一般的な基準から逸脱していない事が評価に繋がる事もあった。
だが、その事を海の上のギリアムが知る由もなかった。
フィッシュバーン侯爵領の港に到着すると、そこで一泊する事となった。
ギリアムの供回りは二百名ほど。
それだけではアルビオン帝国兵が暴走した時に対処できないので、エンフィールド帝国から護衛が出されていた。
「マクスウェル伯爵家のカイ・マクスウェル・ルメイ男爵です。護衛はお任せください」
護衛にはカイの部隊が派遣された。
彼が派遣されたのにはわけがある。
「ウェルロッド公から貴公の経歴は聞いている。頼りにしているぞ」
もちろん、若くして敵将を打ち取ったというだけではない。
――カイはアイザックと敵対していたものの、功績を挙げて和解し親友ポジションを勝ち取った数少ない男である。
彼を護衛に付ける意味。
それはアイザックからのメッセージのようにしか思えなかった。
(敵対していた者でも結果を残せば相応の扱いをする。そう伝えたいのだろう。ここまでお膳立てされておきながら、それを理解できない者ならば、きっと見捨てられるに違いない。私はちゃんとアイザック陛下の意図を理解している。だから大丈夫だ)
ギリアムは、そう自分に言い聞かせる。
モーガン達を派遣した時からそうだ。
アイザックは多くのメッセージを言外に含めて散りばめている。
きっとそれは娘を嫁がせる価値がある家なのかを測るためだろう。
(少なくとも、これだけわかりやすいメッセージを見逃すような愚か者ではないという事を証明しないといけないぞ)
なお、ギリアムが「そろそろカイも一回帰国させてやらないとな」という理由で彼を護衛に付けられたと知る事はなかった。
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ギリアムがアルビオン帝国の帝都スタリオンに立ち寄る事はなかった。
彼ら一行は、そのまま東へと向かう。
この時、彼はある事に気づいた。
「馬車の揺れが少ないな」
彼は秘書官に話しかける。
そう、馬車の中で話ができる程度の揺れ。
その事に改めて驚かされた。
「道がよく整備されていましたが、それだけではないようですね」
「アルビオン帝国は街道の整備に多額の資金を投入していたようだな。他国を踏みにじっておいて、自分達だけ繁栄を享受しているとは」
そう思うと、先ほどまで快適だった旅路が不快に思えてくる。
「もしアイザック陛下が歴代アルビオン皇帝のように弱者を踏みにじるような者であったのなら……。膝を屈する事になっても、距離は取り続けたほうがいいかもしれんな」
アイザックは一代で皇帝にまで登り詰めた男だ。
尊大で傲慢な人間に違いない。
美女を七人も娶るほど欲深いのが、その証拠だ。
「自国だけは助かるかもしれない」と儚い希望を持っていた自分を叱りつけたくなる。
「アルビオン帝国ですら屈する事を選んだ超大国の皇帝アイザックとは、どのような者なのだろうな」
「……私如きには想像もできません」
希望を失った代わりに不安を覚えながら、ギリアム一行は東へと向かう。
アーク王国に入ったところで、彼はふと疑問が思い浮かんだ。
そのため、ホテルに着いたところでカニンガム伯爵に尋ねる。
「ここはアーク王国だったところでは? それなのに街道が整備されている。アルビオン帝国は、アーク王国の街道まで整備していたのか?」
「ああ、この道ですか」
カニンガム伯爵がフフフッと笑った。
「この道は我が国で整備したものです。アルビオン帝国でも国境から帝都や港までを優先して整備しております」
「エンフィールド帝国が? アーク王国どころかアルビオン帝国まで整備する時間があったのか? これだけ長い道ならば、かなり過酷な労役を課しても厳しいはずだ」
「それができるのです。エルフの力を使えば」
カニンガム伯爵が胸を張って答える。
「エルフの力といえば、戦争で利用する事が真っ先に思い浮かぶでしょう? ですがアイザック陛下は違いました。陛下は街道の整備、治水工事、崖崩れが起きそうな山肌の補強。そういったところにエルフを投入したのです。種族間戦争の原因を考慮し、平和的な工事に限定して彼らの力を利用しています」
「エルフの平和利用? リード王国が交流を再開したという話は聞いていたが、エルフをそのように使っていたとは……」
「ドワーフも同じく装備に関しては輸入数を制限しています。戦争に直結するような事は可能な限り避けています。彼らが直接戦ったのは、ファラガット共和国から奴隷にされた同胞を救い出す時だけでした。アイザック陛下は平和を愛されるお方なのですよ」
「エルフやドワーフの力を利用していないのか」
ギリアムであれば、エルフやドワーフの力を利用してアルビオン帝国と戦っていただろう。
そうした事をせず、相手に細やかな配慮をし続けられるのは立派なものだ。
意外と仁君なのかもしれない。
この話をしていると、またしてもギリアムの頭に新たな疑問が思い浮かぶ。
「ではエルフやドワーフの力を使わずにアルビオン帝国に勝ったという事か?」
「うーん、まったく使っていないというわけではありません……。エルフに魔法で攻撃させたり、ドワーフの兵に突撃させたりしたわけではないですね。戦争中に負傷兵の治療や、こうして街道の整備などしてもらっていますので。ですが、アイザック陛下の知略によって勝利を収めたと言っても過言ではないでしょう」
「なるほど、それはそれは……。とても素晴らしいお方のようだ」
ギリアムの口から「化け物」という言葉が出そうになったが、なんとか我慢した。
(これはとんでもない化け物だぞ……。エルフやドワーフの力を使って圧倒したというわけではないのなら、それはエンフィールド帝国の力だけでヴィンセントを降したという事だ。どうすればあの尊大な皇帝の心を折る事ができる? そんな化け物の相手が私にできるのか?)
カニンガム伯爵は、さも当然であるかのようにアイザックを語る。
だが、その業績を初めて聞いた者にとっては、そのさり気ない言葉の一つ一つに仰天するほど驚く要素が散りばめていた。
風の噂で聞くアイザック像、エンフィールド帝国像とは違う。
ギリアムの困惑は、より強いものへとなっていった。
「〇〇歳になっても一人だったら私達付き合おうね」と、特に約束していない人がクリスマスに誘ってくれて忙しくなるかもしれないので、予定を空けるために執筆時間を削るので金曜日はお休みです。






